勇者と魔王の会談
憂鬱な気分のシャーリィ=アーキハクトです。帝都であれだけやり合ったマリアと交渉するために私はマナミアさんを連れて十五番街へやって来ました。
今回はベルを連れていません。相手はマリアと蒼光騎士団、更に魔族です。マナミアさんと私ならいざとなれば空を飛んで逃げる事も出来ます。
マナミアさんから事の真相を告げられた私はすぐにマルコさんを呼び出して、情報を共有しました。マルコさんは随分と驚いていましたよ。
まあ、無理もありません。聖光教会上層部は基本的に私腹を肥やすことしか興味がない集団ですが、希にマリアみたいな存在が居るので注意が必要であると説明しました。
そして今回の件は、後ろ楯として私が話を付けると。マルコさんも同行すると言ってくれましたが、先程の理由から丁重に断りました。マルコさんを連れていけば話がややこしくなるでしょうし。
マリアとの交渉材料でお金や権威などは何の意味もありません。ただ妹の聖奈による無差別攻撃は全く無関係な組織まで刺激して、十四番街の治安を一気に不安定化させた。このままでは、夥しい死傷者が出ると言う事実を突きつけてやることだけです。
私からすれば混乱は大歓迎なのですが、無関係な人間を巻き込んで大量の死傷者が出るとなれば間違いなくマリアは及び腰になります。まあ、後は交渉次第ですが。
「今日は最悪な日ね。朝からのお仕事で疲れているのに、貴女と会わなきゃいけないなんて」
「同意しますが、断られなくて安心しましたよ」
十五番街にある聖堂の一室で私はマリアと対面しています。会議室と思われる広々とした室内には蒼光騎士団はもちろん、魔族らしい気配を持つ者が大勢居ます。私はマナミアさんを連れているだけ。東洋の言葉を借りるならまさに四面楚歌ですね。実に刺激的です。
「私は来るものを拒まない信条なの」
「それにしては物々しい歓迎ですね。刺激的です」
ちなみに私達の間には仕切りが用意されて、お互いに顔が見えないようにされています。助かりますね、顔を見ると殺意が湧くので。それはマリアも同じでしょうが。
「帝都での一件、忘れたとは言わせないわよ」
「それはお互い様では?いえ、違いますね。今日はマリアと喧嘩をするために来たわけではありません」
長居はしたくないし、さっさと本題に入りましょう。
「それは良かったわ。喧嘩を売りに来たとしたらどうするか迷ったもの」
「お互いに不干渉が一番ですよ。さて、今回の用件を端的に言えば仲裁でしょうか」
「仲裁?」
マリアの声から戸惑いが感じられました。周りの反応は……蒼光騎士団の面々は無表情ですね。
「単刀直入に言いますよ。十四番街で暴れまわっている貴女の妹、それと魔王軍を速やかに退かせてください」
「戯れ言をほざくな、勇者。小賢しい貴様のことだ、妹様を派遣した真意を知っていよう」
口を挟んできたのは緑色の肌を持つ大男、確かオークチャンピオンのロイスでしたか。相変わらず威圧感が半端ではありません。
「主様を無意味に挑発しないで貰えるかしら?ああ、ごめんなさい。オークの小さな脳みそじゃそこまで考えられないわね」
「ほざくな、天使風情が!」
うーん、マナミアさんを連れてきたのはある意味失敗でしたか。いや、牽制になるから成功かな?
「マナミアさん、そこまでです」
「ロイス、ありがとう」
「はっ」
「ふふっ、分かったわ」
それぞれ従者を宥めるまでがセットですね。
「ロイスが言ったように、ちゃんと理由があるの。貴女が言っていたことは正しかったわ。これは舐められないようにするための処置よ」
「順調に裏の常識を理解しているようで何よりですが、今十四番街で何が起きているか正しく理解していますか?」
「……どういう意味?」
やはり知らなかったみたいですね。
「妹さん、つまり聖奈ですか。彼女が行っているのは無差別殺人です。相手はマフィアだけですが、組織を問わずに片っ端から殺害しています。それが何を意味するのか」
「待って、無差別!?そんな報告は聞いていないわよ!?」
「妹の手綱くらいしっかり握って貰いたいものですね。つまり、全く無関係な人間が大勢死にましたし、組織間の緊張が高まって無用な抗争を誘発させています。
まあ、十四番街の混乱が望みなら大成功と言えますが?」
そう、混乱が目的なら最良の手です。ただし、マリアが無用な犠牲を望むとは到底思えませんが。
「あの人間共はお嬢様に対して無礼を働いた。相応の報いを与えることは間違った行為ではあるまい、勇者よ」
鎧騎士、確かデュラハンのゼピスでしたか。四天王の二体が居るだけでも威圧感がありますね。
「同意します。舐めた態度を取った相手をぶっ殺す。この町では日常茶飯事です。それこそ茶菓子を楽しむような気楽さで他者を殺す町ですから」
シェルドハーフェンですからね。支配者が強ければある程度の治安は保たれていますが、そうでない場所は酷いものです。黄昏だって例外ではありませんから頭が痛いのですが。
「ならば問題はあるまい」
「先ほども言いましたが、マリアに舐めた真似をしてしまった組織は私の傘下の組織でして、充分な報いを受けて深く反省しています。私は彼らの代わりに詫びに来たのです。
そして、重要なのは全く無関係な犠牲者がどんどん増えていると言う事実です。確かに私たちは裏社会の人間、貴女から見ればゴミ同然でしょうが存在する故に保たれる秩序もあるのですよ」
「私は混乱を望んでいるわけじゃ!」
まあ、そうでしょうね。
「ならば、手打ちにしましょう。妹さんを引き上げさせてください。後始末は私と傘下の組織が請け負います。そして、これは手打ち金です」
金貨の詰まった袋を差し出すと、露骨に嫌そうな気配が漂いました。
「賄賂は受け取らないわよ」
「手打ち金と言いましたよ、マリア。実家や教会からの支援金が不足しているのでしょう?黙って活動資金の足しにすれば良いのですよ」
内戦の勃発で東部閥の有力貴族であるフロウベル侯爵家に資金援助をする余裕はありませんし、献金が減っても贅沢を止められない聖光教会上層部は資金を浪費している状態。それに伴ってマリア達は活動資金の確保に難儀しているのは知っています。
マリアが個人的に経済活動をしていれば話は別でしたが、ちょっとした資金でも活動に投じてしまう悪癖があるから無理でしょう。
「……貴女からの資金援助は……」
「黙って受け取りなさい。でなければ、私達は安心できません。良いですか?マリア。私は手下の尻拭いのために来ているんです。貴女が資金を受け取らなければ、私のメンツは丸潰れですよ。
何ですか?私が暴れまわっても良いのですか?派手にやりますよ?」
マリアと真正面から衝突するのは避けたいのですが、こちらにも体面がありますからね。
「……分かったわ。ゼピス、聖奈を連れ戻して」
「御意のままに」
「これは有志からの義援金として受け取ります。それと謝罪もね」
「好きにしてください。では、お互いのために長居はしません。これで失礼しますよ」
「シャーリィ」
席を立った私にマリアが声をかけました。
「……ありがとう」
「ふん……迷惑をかけたのはこちらです。これで貸し借りは無しですよ」
それだけ答えて私は足早に教会を後にしました。
「ご苦労様、主様」
「金貨百枚を無駄にしました。マルコさんにはこれまで以上の活躍を期待したいところです」
傘下を持つのも良し悪しですね、全く。




