出撃
マーガレットとの事情聴取を終えたシャーリィはレイミを伴い西部外郭陣地へと足を運んだ。既にそこでは大勢の将兵が慌ただしく行き交い、中心では総司令官であるマクベスが号令を発していた。
「歩兵団は乗車急げ!悠長にしている時間はないぞ!いつ敵のラッキーパンチが降ってくるか分からないのだからな!」
既に黄昏は二度の砲撃を受けているが、どちらも黄昏を囲むように建設された外郭陣地から更に外れた場所に着弾している。
だが、その際に発生した巨大な火柱を伴う爆炎は砲兵隊が装備しているどの野砲よりも遥かに巨大であり、その事が将兵を戦かせていた。最早猶予はない。速やかに砲撃している敵を排除しなければ街に甚大な被害が出る。これが暁将兵の共通認識である。
「マクベスさん」
「これは、お嬢様」
「状況は?」
「はっ。現時点で我が方に被害はありませんが、このままでは時間の問題です。よって、最低限の防衛戦力を残し砲撃してくる敵に対して総攻撃を行います」
「敵情は?」
「『猟兵』からの連絡によれば、敵は黄昏西部二十キロ地点にある廃線に機関車二両によって牽引された巨大な大砲で砲撃中。周辺には近代装備を有する敵部隊の展開も確認されており、数は少なくとも五百を下ることは無いかと」
「こちらの投入兵力は?」
「歩兵六個大隊六百名と戦車隊の総力を以て敵地を猛撃、これを撃滅します。既に戦車隊は先発しており、歩兵団も馬術に長けた者は騎兵として同行させています」
「問題ありません。全車両の投入を許可します。速やかに対象を排除、可能ならば列車砲と呼ばれる敵の大砲を奪取します。ただし、これはあくまでもオプションであり基本方針としては敵兵器の破壊と敵戦力の殲滅を優先します」
「はっ!お任せを!搭乗急げーっっ!!」
複数台のジープ、そして半年前からレイミの提案により生産が始まった軍用トラックに次々と将兵が乗り込む様子を見ながら、シャーリィはレイミと一緒に指揮所に広げられた地図に視線を移す。
「あの軍用トラック、とても有用ですね。レイミの提案を採用して正解でした」
「ジープでは積載量に問題があります。トラックは馬車に代わる新しい輸送手段となるでしょう。ただ、問題もあるみたいですが」
レイミは車両群を見つめるドルマンへ視線を向けた。ドワーフ達が各車両に取り付き最終チェックを迅速に行っている。
「その通りだ。ライデン社の連中と頑張っているが、仕様書にあるスペックを発揮するには根本的な技術力が足りん。結果、部品の一つ一つは完全なオーダーメイドだ。当然手間隙は掛かるし、コストだって跳ね上がる。とても大量生産できるような状態じゃない」
黄昏にあるライデン社の工場及びドルマン率いるドワーフチームの工房が他の生産開発を後回しにして生産に邁進したが、半年でトラックとジープを数台ずつ生産するのがやっとと言う有り様である。その上掛かった費用も膨大で、交易を担当しているエレノアが頬をひきつらせてしまうレベルであった。
「へそくりが恐ろしい勢いで減りましたが、必要な投資であると理解しています。それに、工業技術力は確かに向上しているでしょう?」
「まあな。部品の規格化もある程度進んでいる。無駄な工数を減らす努力は怠っていないからな。だが、それでも限界があるのは間違いないが」
「構いません。現に必要な数を揃えることが出来ましたし、今回の戦いで有用性を立証できます。後はアクシデントへの対処法ですね」
「初陣だからな、不具合があるのは当然だ。だが、出来れば壊すなよ。今の段階じゃ戦車より高いんだからな」
「分かっていますよ、ドルマンさん」
「それと、もし列車砲とやらを鹵獲するなら作業員も捕まえてくれ。操作法を聞き出すだけでも幾らか手間を省けるし、もしかしたら奴等の技術者も居る可能性があるからな」
「わかりまし……」
シャーリィが答えている最中、再び雷鳴のような音が鳴り響く。
「来たぞーーーっ!」
「伏せろ!伏せろーーーっ!」
「退避ーーーっ!」
作業に当たっていた者達が散り、将兵はその場に身を伏せた。レイミはシャーリィを抱き抱えるようにして側にあった塹壕へ飛び込む。次の瞬間、大地を揺るがす轟音と共に外郭陣地を飛び越えた砲弾が黄昏の市街地に落下。巨大な爆炎を挙げる。
「ああ!街へ落ちたぞーーーっ!」
「なんてこった!街に被害が出るなんて!」
「消火活動と救助急げーーーっ!」
「各班は訓練通りに行動開始!状況を直ぐにシャーリィお嬢様へ伝えて!」
黄昏が直接攻撃に晒されたのは初めてである。だが、平素から訓練に励んでいたお陰かエーリカ率いる自警団や黄昏に残っていた将兵が速やかに対処を開始する。
砲弾は西武外郭陣地の側にある住宅街の一角に直撃。住宅数棟と非常用食料倉庫一棟を吹き飛ばした。
塹壕へ飛び込んだことで衣服が汚れたが、気にもせずシャーリィは爆炎の挙がる市街地を見つめる。そして視線を側に居たレイミへ移した。
「レイミ、生存者は必要ありませんね。彼らは敵です。殲滅する必要があります」
「問題ないかと。製造元のライデン社はお姉さまの傘下にありますし、ドルマンさん達なら多少時間はかかっても解析できる筈です」
「レイミの賛同が得られて何よりです。貴女は直ぐに避難を」
「なにを仰有っているのですか?これから戦地へ赴くお姉さまをただ見送れと?その様な真似は出来ません」
「しかし、貴女はオータムリゾートの幹部ですよ?ついここまで連れてきてしまいましたが、工業王と揉めることになりますよ」
「問題はありません。リースさんも情勢を正しく認識しています。同盟者として共に戦います。それに、シェルドハーフェンに於ける工業の大半をお姉さまが牛耳れば、オータムリゾートにも利がありますから」
「……分かりました。お義姉様には改めて書簡を出します」
「おーいシャーリィ!準備できたぞーーーっ!」
ルイスの声を聞き、姉妹は共に頷く。
「ではレイミ、また力を貸してください。ふざけた真似をしてくれた敵に天罰を与えますから」
「大切な前哨戦ですからね。しっかりと勝利を収めて手鼻を挫いてやりましょう」
シャーリィはレイミを伴い戦闘部隊と一緒に出撃。目標は今も砲撃を続ける列車砲。暁と工業王による前哨戦が今始まったのである。




