表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/539

失ったもの、取り戻すべきもの

この作品を若くして逝った我が友と読んでくださる全ての方に捧ぐ

 私の名前はシャーリィ=アーキハクト。この世界に広がる広大なケファロニア大陸に覇を唱える大国、ロザリア帝国の大貴族アーキハクト伯爵家の長女としてこの世に生を受けました。間も無く9歳になる、所謂伯爵令嬢です。

 お屋敷で両親と妹、そしてたくさんの従者の皆さんと一緒に暮らしています。




 父ダグラスは美しい金髪に優しげな容姿が特徴の地方の小さな男爵家生まれの婿養子。はるかに格上で帝国有数の名門であるアーキハクト伯爵家に入り母の強い要望によって当主となった珍しい経歴の持ち主です。

 貴族的には大出世ですね。幼いころから武芸に触れて持ち前の正義感から魔物相手の戦いへ積極的に参加して、数々の武勇伝を帝国にとどろかせた武勇に秀でる猛者として知られています。それでいて相手が誰であろうと身分で差別せず分け隔てなく接して領民を慈しみ善政を行う自慢のお父様。

 いわゆる貴族社会の面倒事も笑顔で熟し、他の貴族からは妻の力で成り上がった貴族として批判する声もあるみたいですが私はそんなお父様が大好きです。




 母ヴィーラは燃えるような赤い髪と勝ち気な容姿でアーキハクト伯爵家の一人娘として生を受けました。

 ですが生まれながらに破天荒な方で窮屈な貴族生活に嫌気がさしたと10歳の時に家を飛び出して冒険者となり、冒険者ギルド最高の証であるプラチナランクに最年少で駆け上がっただけでは満足せず、猛者が集う未開の北方大陸で縦横無尽に暴れまわって名を馳せ『剣姫』と称されるまでになった帝国貴族界の異端児。

 最後は偶然北方大陸に視察に来ていたお父様に一目惚れして半ば強引に婿養子としてアーキハクト伯爵家に迎えた、我が母ながら何とも豪快な方です。

 結婚して私たちを出産してからは少し落ち着いたとのことでしたが、今でも領内の賊や魔物の討伐があれば嬉々としてついて行こうとしてお父様たちを困らせる姿からは落ち着いたとの表現が正しいのか、あるいはもっと凄かったのか。娘としては疑問です。




 そんなお二人の間に生まれたのが私シャーリィと、妹のレイミ。2歳年下のレイミはお母様譲りの美しい紅い髪と可愛らしい容姿で将来美人さんに育つことを確信してしまうのは姉である私の贔屓でしょうか?

 まだまだ年相応に甘えん坊でいつも私の後ろをついて回り、私のやるとこなすことすべて真似をする姿が可愛くてたまりません。

 命の次に、いや命よりずっと大切な妹です。うん。悪い虫がついたら?そうですね……ちょっとお話をしたくなるくらいです。ええ。もちろん怖いことはしませんよ?ちょっとお母様の書斎から剣を借りるだけです。姉なら当然の感情ですよね。

 おねえさま、おねえさまと慕ってくれるこの娘を護るためにお母様から剣術を学び始めたんでしたっけ。いつも優しいお母様も稽古の時は悪魔でした。娘に稽古をつけるのが楽しいのはわかりますが、私は護身術程度を意識していたのに……冒険者になるつもりはないんですけどね……。

 毎日毎日扱かれて貴族令嬢らしからぬ体力と身体能力を持ってしまいました。懐かしいなぁ。




 そして両親を慕うたくさんの従者の皆さん。専属の仕立て屋職人のエリサさんは優しくて美人さん。その娘さんであるエーリカは、私の数少ない友人でした。

 衛兵団長のエドワード卿は母が北方で暴れまわっていた時からの付き合いらしく、強いのはもちろん、誰にでも気さくで優しい人でした。

 ただ、良いお歳なのにまだ結婚なされていないとか。人柄も家の格も良いのに。不思議です。

 いつも穏やかな笑顔を浮かべて庭の手入れをする庭師のロウ。私にとってはお爺ちゃんみたいな人です。

 かつてはお母様と各地を転戦し、軍でも一目を置かれていた執事のセレスティン。色々迷惑をかけてしまっていますね。今度労わないと。



 こんな幸せな日々がこれからもずっと続くと思っていました。そのささやかな願いは、私が九歳になった誕生日に突如として終わりを迎えます。




 屋敷に踏み込む無数の賊、飛び交う怒号と悲鳴。燃え盛るお屋敷。庭師の皆さんが大切に整えていたお庭は踏み荒らされ、大切な人達は次々と賊によって命を落としていきました。

 眠っていた私たち姉妹はお母様に起こされ、乗り込んできた賊をお母様が抑えている間に逃がされました。私はレイミと一緒に屋敷の中を逃げ惑いましたが、突然床が崩れて下の階へ落ちてしまいました。

 息ができないくらい身体中が痛みましたが、上から泣きながら私を見下ろすレイミが視界に入ると体を奮い立たせて叫びました。



「おねえさま!」




「私は大丈夫だから逃げなさい!裏門から逃げて!早く!」




 レイミは泣きながらも頷いてその場を離れていきました。それを見届けて周囲を見回すと炎に囲まれて何処からも逃げ出せない。それがはっきりと分かる状況でした。短い人生だったなと思いつつレイミを逃がせたことだけが救いだと諦めかけていた時、ふとここがお母様の書斎であることに気付けたのは奇跡でしょう。

 お母様から万が一に備えた隠し通路が書斎にあると聞かされていましたから。

 私は記憶を頼りにカーペットを剥いで床を見ると一ヶ所だけ色が違うタイルがあり、それを力一杯踏みつけると大きな音を立てて床が開き地下通路への隠し階段が現れたのです。何処へ続いているか分かりません。

 ですが、迷っている時間はありません。大きな音を聞いて賊が来るかもしれないから。靴が脱げて裸足のままでしたが、私は構わずに薄暗い地下通路を走りました。





 どれだけ走ったでしょうか。裸足だったため足は傷だらけでもう感覚も無くなりつつあります。それでも私は歩きます。生き延びるために。

 そうしてしばらくすると地下通路の出口が近いのか、微かに明かりが見えてきました。私は感覚の無くなった足を引きずり、出口らしき木製の扉を開けました。

 そこには寂れた教会がひっそりと建っていました。助けを求めようと一歩踏み出した瞬間、力が入らずに私は倒れてしまいました。とっくに私の体は限界を迎えていたのです。

 助かると安心してしまったのがいけなかったのかもしれません。急に眠くなり、身体から力が抜けていくのを自覚しました。





「お父様……お母様……レイミ……」




 私にはただ譫言のように言葉を発することしか出来ませんでした。ゆっくりと目蓋が降りていく時、誰かが近寄ってくるのが見えたような気がします……ああ、でも限界です……レイミが無事でありますように…。

 最後に私は祈り、目を閉じて意識を手放しました。









 なにやら物音がしたので外に出てみれば随分と良い服を着たお嬢さんが倒れているではありませんか。

 腰まで伸びる美しい金髪に整った顔立ちは類い稀な美人に成長することを感じさせるものでした。それに、羽根を模した髪飾りをつけている。一点ものでしょうね。

 私が男で特殊性癖の持ち主だったら欲情していたかもしれません。女ですから問題ありませんが。まあ、こんな子供に欲情するような奴は山ほどいますがね。

 こんなクソ寒い日に裸足でボロボロになってる様子を見る限り、余程の事情があると察せられます。じゃなきゃ中々スリリングなお嬢さんです。さて、どうしたものか。

 見たところ良いところのお嬢さんみたいだし、下手に扱えば貴族様がうるさい。権力持ってる奴は大抵執念深いので。特大の厄介事です。見なかった事にして我関せず、これが一番です。特にこの街では。

 私のようなたまに殺しとか危ないものを扱うだけの清廉潔癖なシスターには関わりのないこと。さっさと部屋に戻って一杯やりますかね。

 でも、ああ何でしょうか。今思えばこの時私は余程機嫌が良かったんですかね。その女の子を抱き抱えて教会へ運び込んだのですから。





「これ、絶対に厄介事でしょうねぇ。なんでこんなことしてるのか……」








 温暖な気候を有する帝国にしては珍しい雪の降り積もる冬の日、後に帝国の暗黒街で名を馳せる少女がその数奇な運命を辿る第一歩となった。


ここまで読んでくださったあなたに最大限の感謝を。もしもあなたの暇潰しの一助となれましたら、望外の事でございます。お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。あなたの人生に安らぎと幸福が訪れますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 妹と一緒に逃げていればよかったのに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ