宰相はKY
仁亜は客間に着くと、護衛してくれた二人にお礼を言った。彼らはまだ仕事が残っているので一旦退室した。
その一人、ソルトさんに去り際にお礼を言われた。先日の球体の発光を見た際に持病の胃痛が治ったという。
近衛隊(騎士団とはまた別の組織で、主に王族や来賓の護衛をするエリート集団だそうだ)に所属したものの、何かと問題を起こす同期に付き合わされ胃の調子が悪かったらしい。
まあさっきの騒動で再発したんですけどねハハハ、と苦笑された。同期ってセルゲイの事か。アイツ短気そうだもんな。
その近衛隊をまとめてるアイザック隊長って、改めてすごい人なんだと思う。胸触られたけど。
・・・・・・・
客間と言われて案内されたが、五つ星ホテル並みの豪華な部屋だった。奥の寝室には大人二人は余裕で寝られる大きさのベッド。
…あとでこっそりダイブしよう。
寝室の隣にはドアがついていて、開けるとその先も寝室があった。どうやらこの客間はファミリー向けのようだ。
特にやる事もないので、仁亜は部屋にある絵画や花瓶を眺めていた。
またお腹が鳴ったが、今度はグゥーッと大きな音が出た。本格的にお腹がすいてきたと感じた所で部屋がノックされ、許可すると侍女長のシータが入ってきた。
「さあニア様、晩餐会の前にお召し物を変えさせて頂きますね」
「やった!ありがとうございます。ん?その手にあるのはまさか…」
「先にこちらをお着け致しますね」
「ぎゃああああああ」
まさかと思ったもの、それはコルセットだった。仁亜の叫びも虚しくシータはキツく締め上げていった。この装備は早々に廃止してもらわねば、と思った。
・・・・・・・
素敵なドレスを着させてもらった仁亜は、迎えに来たアイザックと共に晩餐会の会場へと向かっていた。こんな経験は二度と出来ないだろう。気分も高揚する。
「嬉しそうですね、ニア様」
「ふふっ、なんだか良家のお嬢様になった気分です〜。実際はただの平凡な異世界人なんですけど」
そう笑顔で自虐する仁亜を見て、アイザックは立ち止まった。
「…そんな事は無いと思います」
「え?」
「…………とても綺麗で…『すまない、そこをどいてもらえるか!!!』」
突然後ろから焦ったような男の声が聞こえた。アイザックは無意識に仁亜の腰に手を回し、自身へと引き寄せた。そのまま声の主に話しかける。
「宰相様、どうなさったんですか。今日は休暇日では?」
男はこの国の宰相、シュルタイスであった。
「ああ、アイザック。ちょうど良かった、お前にも後で連絡しようとしていた所だ。
…実は妻が妊娠してな」
「!それは…おめでとうございます」
「また王に報告すると共に、しばらく自宅の警備を強化してもらおうと思ってな。お前の近衛隊の連中も逐一借りる事になるだろう」
「承知致しました」
「悪いが、早く王へ報告して自宅へ戻りたいのでこれで…ん?そちらの女性は?」
ようやくシュルタイスは仁亜の存在に気づく。
仁亜は(以前球体の中から見えた人だ、近くで見るとますます中性的なイケメンだな)と彼を見る。
お互いにじっと見つめ合う。こういう時って目下の者から名乗るのがマナーだよね、と思い仁亜は営業スマイルになる。
「はじめまして。仁亜と申します。渡り人?みたいです?」
こんな曖昧な自己紹介があるか、と自分自身にツッコミながら挨拶した。
「見事なアホ毛だな。そうか、君が渡り人か。…申し訳ないが、急いでいるので失礼する」
そう言いながら、慌てて去っていった。
(え、宰相様って隊長さんが言ってたから偉い人だろうけど…自分は名乗らずに行っちゃったよ!失礼な!ってかアホ毛の存在に触れるなああああああ)
実はドレスを着用する際に髪もセットしてもらったが、アホ毛は直らなかった。シータさんも不思議がっていた。
他の前髪の下に隠れるようにピン留めしてもらったが取れてしまったようだ。相変わらず『ノ』の字のまま存在感を主張している。無念。
ピョーン、ピョーン、とアホ毛を手で弾いたりいじっている仁亜に、アイザックは笑いを堪えながら言った。
「…ニア様、ひとまず会場へ向かいましょうか。王は遅れそうですが」
「そうですね。あ、そういえばさっき何か話しかけていませんでした?」
「!いえ、何も…」
仁亜は気づいていないが、彼は先程自分が言いかけた事を思い出して動揺していた。
どれくらい動揺していたかというと、仁亜を腰に抱いている事をすっかり忘れているほどに。
アホ毛に気を取られていた彼女もその事にようやく気づき、赤面して離れるまであと三秒。