売られたケンカは買うのがグー
客間へ案内します、と一人の軍服の男に言われ、仁亜は廊下を歩く。
アイザックは王の護衛があるので、先に中庭からいなくなっていた。
「自己紹介が遅れましたね、ニア様。私はソルトと申します。後ろの仏頂面はセルゲイです」
名前の通り当たり障りのない塩顔の男に、仁亜はよろしくお願いしますと営業スマイルで返した。
その後ろで仏頂面と言われた男は、仁亜を見ながら不満げな顔をしている。
「あーあ、オレも早く隊長みたいに王の護衛をしたいのに…なんでこんな得体の知れないアホ毛女についてなきゃいけないんだ」
「アホ?!えっ?!」
仁亜は慌てて頭を触る。すると前髪の一部がクルンと『ノ』の字に上向いていた。直そうと手ぐしで整えたがピンと跳ねたまま。
気づかなかった…こんなに強力な寝癖は初めて。これは恥ずかしい。
「…気づいてなかったのかよ。渡り人っていうから期待してたのにな。
実際は身だしなみにも気をつかえねぇ、ヘラヘラした緊張感のない間抜け面女か。ないわー」
そう言われて、仁亜はカチンときた。初対面の男にここまで侮辱される謂れはない。
「おい!セルゲイ失礼だぞ…うっ胃が」
と、体を丸めたソルトを無視し、仁亜は手をクロスして腰に持っていく。着ていたTシャツを、下から引っ張り上げて脱いだ。
Tシャツの下には胸元が大きく開いたキャミソールワンピ。流石にこれだけだと露出が多いので、普段はその上からTシャツを着ていた。
胸が最新の寄せて上げるブラのおかげでさらに強調されている。そのワンピ姿のまま、仁亜はセルゲイに向かって勢いよく壁ドンし、胸を近づけた。
「ちょ、な、なんだお前その格好は!好色女か?!」
セルゲイは突然現れた双丘に顔を真っ赤にしている。わかりやすいヤツ。仁亜は口の端を上げた。
「あらー。間抜け面女の胸を見て動揺しちゃってー。かわいいでちゅねー。おっぱい揉みたいのぉー?
私の護衛っていうから期待してたのにこんなヘタレなんてねぇ。ないわー」
「なっ…!」
セルゲイは口をパクパクさせたまま固まっている。
「…お前達、何をしている?」
そこへアイザックがやってきた。
「セルゲイが暴言を吐いたのでニア様が怒っていました」とソルトが胃をさすりながら答えた。
「な、ソルトてめぇ!」
「…セルゲイ、今日はもう帰れ。少し頭を冷やすといい。わかったな?」
「クッ……はい……」
窘められたのが悔しかったのだろう。セルゲイはキッと仁亜を睨みつけた後、その場から去っていった。
アイザックは溜息をついて仁亜のほうを向こうとし…視線を逸らしながら話す。
「…彼が何か失礼をしたようですね、戻るのが遅れて申し訳ない」
「いえ、私も大人げなかったです。カッとなっちゃって。今度謝らなくちゃ」
「次に何かありましたら直ぐに私を呼んでください。先程、王からしばらく貴女の護衛をするよう命じられたので」
「大丈夫ですよ。接客業をやってるので絡まれるのは日常茶飯事で。やられたらやり返せっていうのが女将の口癖でしたし」
ヘラッとした顔で仁亜は答えた。
「強いのですね、貴女は」
アイザックもつられて少しだけ目尻を下げる。
「えー、コホン、ニア様。そろそろ何か羽織ったほうが…」
ソルトに言われ、慌ててTシャツを着た仁亜だった。
・・・・・・・
仁亜とセルゲイが低レベルなケンカをする数分前。
アイザックは王を部屋まで護衛していた。
「のうアイザック。お主…ワシがあの子をギリアムの側室にと提案した時、すんごい殺気を放っておったぞ。ワシちびるかと思ったわい」
「もしそうなったら王太子妃ヒルダ様の御立場がないと思ったので」
「本当にそれだけかの?」
「…他に何か?」
「ありゃ、こやつ無自覚じゃったか」
「…?」
「部屋まで来たから護衛はもうここまででよいぞ。早くあの子の所へ行ってやるのじゃ。いや〜甘酸っぱいのう〜」
「……??御意」
王がニヤニヤしている理由がわからないアイザックだった。