晩餐会>>越えられない壁>殿下の側室
(え、もう部屋を出たから手ぇ離してくれてもいいんだけど!このイケメンさん何で離さないの?!やば、手汗かきそうなんだけど!)
と、仁亜は色々な意味でドキドキしていた。表面上はヘラっとした笑顔のまま。
歩きながら男は自己紹介した。名をアイザックといい、近衛隊の隊長だそうだ。
近衛隊ってなんだろうと思ったが、名乗った後は黙々と歩く。あまり喋らないタイプの人のようだ。
それならこちらから話しかけてみようと彼を見たが、目が合うとなぜか困った顔をされ目を逸らされた。
なんだよ、まだあのビンタ根に持ってんのかと仁亜は若干苛立った。最近に触ったのはそっちだし。
中庭に着くと既にテーブルや椅子、ティーセットが用意されている。周りには薔薇が咲き誇っておりとても綺麗だ。
「こちらで少しお待ち下さい」
そう言ってアイザック達は仁亜から離れていった。これから王も来るので不審者がいないか周囲を確認するのだろう。大人しく椅子に座る。
クゥ、とお腹が鳴った。正直ティータイムより食事にして欲しかった。招かれた側だから文句は言えないけど。そう思っていると隣に一人の女性がスッとやってきた。
「渡り人様、はじめまして。侍女長のシータと申します」
そう彼女は言ってカーテシーした。仁亜も真似しようとしたがやり方もわからないので、とりあえず椅子から立ちお辞儀した。
「ご丁寧にどうも。仁亜です。さっきも言われましたけど、渡り人って…」
「ここではない、別の世界からやってきた方の総称ですわ。私の知る限り貴女様は三人目の渡り人様でございます。皆様不思議な力をお持ちで、多くの人が救われました」
「仁亜でいいですよ。渡り人って言い方が固いし。へぇ、私の前に二人もいたんですね。不思議な力っていうのは今のところなさそうなんですけど…」
「何をおっしゃいます!ニア様が現れてから既に多くの者が救われておりますよ!」
突然声を大きくしたシータに驚いた。彼女はその勢いのまま続ける。
「レシピ作りに悩んでいた者、胃痛に悩んでいた者…皆ニア様が入っていた球体の光を見てから解決したのですよ。
私も…お恥ずかしい話ですが、浮気して家を出て行った主人が何故か土下座して戻ってきたのです。本当に感謝しております」
「そ、そうですか…それは良かったですね…」
不思議な力を持っている?
もしや異世界転移あるあるの、チート能力キター?!と思ったら全く関係なさそうで落胆した仁亜だった。
・・・・・・・
しばらくして王が到着し、茶会となった。
仁亜はここに来るまでの経緯と自分の生い立ちを赤裸々に話した。怪しい者ではないと証明するためである。
旅館で働いていた事、買い物帰りに突然転移してしまった事、気づいたら球体に閉じ込められていた事。
外にでる為に叩いたり、気を失ったりしたけどようやく球体から出られた事。その間、王は親身になって聞いてくれていた。
「若い身空で大変だったのう。このオジジ、涙が出そうじゃ。できれば早く親元へ返してやりたいがのう。心配しとるじゃろ」
「あ、私生まれた時から施設にいてずっと一人で生きてきたので。親の顔も存在も知らないから心配とかはされませんが…。
旅館の仕事があるから早く帰るに越した事はないです」
ブワッ。
オジジ、もとい王は涙があふれた。
「なんという健気な娘じゃ!そなたには是非イイ男と出会って幸せになってもらいたいのう。
そうじゃ、我が息子ギリアムの側室というのは『お断りします』そうか…」
仁亜の即答に王はちょっとしょんぼりした。
「…まぁ良い、こちらでもそなたが無事に帰れる方法を探してみるかの。とりあえず今日は疲れたじゃろ。客間を用意させたから休むとよい。
ちなみにこの後晩餐会を開く予定じゃがどうするかの?」
「是非参加させて下さい!」
空腹の仁亜はまた即答した。出された茶菓子は食べたが完全には満たされていない。
「決まりじゃの。では楽しみにしておれ」
そしてお茶会はお開きとなった。