後日談1の3 セルゲイ、漢の決着
―この勝負は長くなりそうだ。
仁亜は諦めてサーシャの元へ戻った。サーシャも暇なのか、剣の手入れをしていた。
「あれ?その剣サーシャさんの?」
「いえ、これはセルゲイのです。そこに無造作に置いてあったので。
まったく、すぐ手入れを怠るから…。
ん?またベッドの上に服の山を作って…もう!」
サーシャは剣の手入れを終えたと思ったら、たたまずに積み重ねられた服を片付け始めた。
…また、という事は何回かこの部屋を訪れているのか。仁亜が思った以上に、彼等の仲は進んでいたらしい。
仁亜はこっそりサーシャに聞いた。
「ねぇ、サーシャさんはどんな人と結婚したい?」
「え?突然どうしました?そうですね…。
私は近衛隊士である事を誇りに思っています。だから結婚したら除隊して家庭に入れ、という人は嫌ですね。
家に篭っているのも性に合わないですし、一緒に体を動かしたり、出かけたりできる人がいいかなぁ…と」
そう言いながらサーシャが見つめた先は…出したままの右手が痙攣し始めるも、なおうんうん唸っている、あの男だった。
「……うん、お似合いだと思う。きっと、幸せになれるよ。なんかわかるんだ、私」
「!ニア様…ありがとうございます」
ボソッと呟いた仁亜に、サーシャは少し顔を赤らめながら礼を言った。
「…まだ時間がかかりそうですね。セルゲイがこの悪魔のカードを引かなければ勝ち…。
あれ、よく見たらこの悪魔の格好をした女性、ニア様に似ていますね」
サーシャにそう言われ、ジョーカーのカードを見た仁亜。
「そう?…あ、確かに顔とか髪型とか似てるかも?すっごい偶然!
ってやだー、私こんな面積の少ない服着ないから!」
そうキャッキャしている二人の会話を、地獄耳で聞く者がいた…アイザックだ。
彼はすぐさま左手のカードを見た。確かに似ていた。
仁亜のもっていたトランプは人気アニメとコラボしたもので、ジョーカーのカードはピエロではなく女性キャラだった。黒のエナメル生地のビキニを来た、セクシーな悪魔だ。
なぜ気づかなかったのか。アイザックは凝視した。こんな格好を、もし仁亜がしたら…
と、想像したその時。
「ああああもういい!決めた!オレは引くぞ!引いてやる!!」
痺れを切らしたセルゲイが、勢いよくアイザックの左手のカードを取ろうとした。
そう、彼はアイザックを信じようとしたのである。
部下を騙した後ろめたさと、まだこの悪魔のカードを眺めていたかったアイザックは、咄嗟にカードを持った左手に力を込めてしまった。
セルゲイはセルゲイで、そのカードが引っぱり切れず…さらに集中力が切れ始めた為「じゃあこっちでいいか」と無意識に反対の右手のカードを取った。そして………
「おっ…うおおおおおおおおっ!!!!!
揃った!揃ったぜーーー!!!!!」
部屋中に彼の雄叫びが響く。
―セルゲイの勝利であった。
「うっそ、本当にセルゲイ勝っちゃった…」
と驚く仁亜と、
「くっ、迂闊だった。悔しいが…俺の負けだ」
と、めちゃくちゃ残念がるアイザックを尻目に、セルゲイはサーシャに飛びついた。
「なっ…なんだセルゲイ突然に!恥ずかしいじゃないか!!!」
「やったぞサーシャ!!オレは隊長に、あのアイシス一強い隊長に勝ったんだぞ!!!
これでお前に求婚できる!!」
「は?!ちょっ、ちょっと待て!今何と言った?!」
「オレと結婚してくれサーシャ!!許可してくれるまで何度でも言うからな!!」
「はああああああああ?!」
突然のプロポーズに驚くサーシャだった。
・・・・・・・
数日後。
セルゲイとサーシャの、婚約が発表された。
そこに至るまでの報告を受けた王は、
「アイザック達に続いて…最近の若い者はよくわからん勢いで結婚するのう…まあいい事じゃが」
とボヤいたという。
エリートである近衛隊同士の結婚とあって、さぞ城内で話題になると思いきや…掻っ攫ったのは、別の人物達だった。
ここ数日、近衛隊長アイザックが、時間さえできれば仁亜を執務室に連れ込んでいるのだという。
聞き耳を立てていた部下によると、部屋から
「頼むニア!もう一回!」
「もう嫌です!疲れたから寝かせて!」
「そこを何とか!」
「うう…アイザックさんしつこいよおおお」
という会話が聞こえたという。
…ちなみに大変な誤解である。
あの日ババ抜きで負けたアイザックは、仁亜にも勝負を持ちかけたが、また負けたのである。完全に負け癖がついてしまったのだ。
このまま引き下がれなかった彼は、時間さえあれば仁亜を呼び出し、ババ抜きをしたのである。
勉強疲れの体を休める為に執務室へ来ていた仁亜にとっては、迷惑な話だった。
しかしお人好しの性格で、頼まれると断れない。そして仁亜はなぜかババ抜きが強かった。
そのため彼がようやく勝って某ボクサーのように真っ白に燃え尽きた頃には…数日が経過していた。
そんな事情を知らない周囲からは「あのアイザックがあそこまで女に夢中になるなんて…」と、しばらく噂されてしまうのだった。




