人間っていいな
フライパンで殴られた球体は、その場で上下に揺れながら、なおも浮き続けていた。
「いきなり何をするのだ!なんだかグワングワンするのだ!」
「アンタがアマタ様の親で上司でしょ?
世界がこんな事になる前に、なんで助けてくれなかったのよ!神って自称すんなら力はあるんでしょ?!」
「仕方ないのだ!『天上ルール』で、その世界を担当する天上人以外は、他所の世界には干渉ができないのだ」
また変な単語が出てきた。仁亜は疑問に思って問いかけた。
「はぁ?何でそんなルールがあるんですか?」
「昔な、ある世界を管理していた天上人の元に別の天上人が来て、戦争になったのだ。その後も色々な世界で天上人同士の争いが多発して…。
理由は様々で、その土地でしか採れない鉱石や資源をめぐって争ったのだ。そして無関係である多くの人間が犠牲になった…。
それを踏まえて、今後はお互いの世界に干渉しないようルールを設けたのだ」
「うわあ人間とばっちりじゃん」
「ある世界では好みの人間の男を巡って、女天上人同士の戦いもあったのだ。
その男は戦いに巻き込まれて亡くなって…可哀想だから、わしが後に天上人にしてあげたのだ」
「何それ怖い」
仁亜は軽く引いた。
「私をこの世界に呼んだのはアマタ様だと聞きましたけど。もしかして、女将さんやおかあさんを呼んだのも…」
「確かにお前を呼んだのはアマタなのだ。
しかし、初代と二代目は違う。その頃はまだあやつも戦いで傷つき、呼ぶ力が不十分だったからな」
「え?じゃあ誰が呼んだのです?だってアマタ様以外の天上人は、この世界に干渉できないのですよね?」
「…だからルールを破った天上人がいたのだ。アマタと同じ時に生まれた兄のドルゴと、もう一人の兄、アーツの二人なのだ。
彼らは妹を憐れんでな、手助けできればとルールを破り…フーミンと小春と言ったかの?を、渡り人としてそれぞれ召喚したのだ」
へえ、アマタ様って三つ子なのか。ルールをあっさり破るなんて、お兄さん達も自由な性格をしているのだろうか。
「ルールを破ると何か罰則はあるんですか?」
「うむ。奴らは自分が今いる世界から2000年は動けなくなる。他所の世界にも遊びには行けないし、親であるわしにも会いに来られぬ。謹慎処分という形なのだ」
「2000年も?!ずいぶん厳しそうですね」
「平気なのだ。天上人は寿命が長いから2、3000年くらい昼寝でもしてればすぐ経つのだ」
「じゃあ甘々じゃないのその罰則」
仁亜は呆れた。
「ふーん、じゃあ一応はアマタ様一人で長い間頑張ってたわけね。…ってあれ?そういえばどこへ行ったんだろ?」
「この球体の中なのだ」
そう言って球体は左右にフヨフヨ揺れた。仁亜が思わず覗いてみると中は広そうな空間で、アマタ様は確かに居た…一人で。
「全て終わりましたね、アマタ様…」
「…ええ。あなたのおかげね、ニア。ありがとう」
「えっ、アマタ様が素直にお礼言ってる…。ど、どうしたのですか?」
「何よ、私だってお礼ぐらいするわよ。随分助けられたもの。本当に、長い戦いだったわ…」
アマタ様はむくれた。普通にしているとめちゃくちゃ美人だ。
「ふふっ。じゃあ約束、覚えてます?アーバンを倒したらお礼をしてくれるって。何にしようかなー」
「それだけど、出来なくなったわ」
「…は?」
仁亜は、目が点になった。
「私はもうすぐ天上人ではなくなるの」
「えっ?!どうして?!」
「それはわしが話そう」
またもや球体が発光して、天上神が答えた。
「アマタは多くの罪を犯してしまったのだ。
まずは人間に神器を渡してしまった事。
ニア…お前をチキュウという所から勝手に召喚した事。
そして天上人の血を人間に与え、力を授けるという最大の禁忌を犯した。これは天上神であるわしでも擁護はできない。
アマタは天上人の資格を剥奪し、この世界の管理者から退いてもらう」
「じゃ、じゃあアマタ様はこれからどうするのですか?」
「もう天上人になれない以上、人間として生まれ変わり、生活してもらうしかないのだ…」
「そんな…」
自分勝手なアマタ様だったけど、天上人としてそれなりにこの世界の事を考えて行動していた筈だ。
そんな彼女に、普通の人間になれというのは…プライドがズタズタになるのではないだろうか。
複雑な気分と表情をした仁亜を見て、アマタは言った。
「あら、憐れんでくれるの?でも結構よ。私、嬉しいんだもの。あの広場で身体を休めている間に、行き交う多くの人々を見て…人間っていいなって思ったの。
喜怒哀楽を豊かに表現して、自由があって…そして恋をする。あ、最後のはあなたに憑依して思った事よ。
胸がドキドキして幸せな気持ちになって…あんな助平な奴の何処がいいのか、サッパリ分からなかったけど」
「イイ話の最後に失礼な事ぶっ込まないで下さいよ!
アイザックさんのどこが助平だって言うんですか?!奇跡的なくらいド真面目な人じゃないですか」
「あら、気付いてなかったの?あなたが広場で噴水の水をかぶった時のアイツの視線…」
「話の途中で悪いが、そろそろ時間なのだ。アマタを転生させねば…」
天上神はそう話を遮りながら、一つ付け加えた。
「先に転生させたアーバンと、出会えなくなってしまうからな」
これにはアマタがすぐさま反応した。
「?!彼は力を使った反動で消滅してしまったのでは?!」
「そうなのだ。でも元はあやつもただの人間。アマタによって人生を変えられてしまった…被害者とも言えるのだ。それならもう一度だけ生まれ変わらせて、チャンスを与えてやってもいいだろう」
「…いいの?そんな事をして。全然私への罰になってないもの」
「良いのだ。但し、一緒の世界には転生させてやるが、どこにヤツがいるかはわからんぞ。
その頃にはお前は何も力のない一人の人間なのだ。自分の力で探すがいい」
「……ありがとうございます、天上神………お父様………」
アマタ様は深々とお辞儀をした。仁亜は苦笑して、やっぱりこの神様は甘いなと密かに思うのだった。




