アイシス動物園、開園
翌朝。
厳重警戒の中、特に何も起こらず時間だけが過ぎていく。
仁亜は広場の銅像に手をついて話しかけた。
「アマタ様、魔獣の様子はどうなっていますか?」
(マルロワは魔法師達が結界を張ってなんとか侵入を拒んでいるけれど…タナノフはダメね…数が多すぎて戦士達が防ぎきれていないもの…数体がもうすぐ国境まで来るわ…)
「えっ!じゃあ王様達はこれから戦うのですか?」
(そのようね…でも他人事じゃないわよ…この広場へと一目散に走って来る魔獣がいるもの…戦士達に攻撃されてもそのままに…ここが戦場になるのも時間の問題ね…)
「そうですか…わかりました、皆に伝えます。後は何をしたらいいですか?」
(私の力は完全に戻ったわ…後は戦うための実体だけど…あなたの体を貸してくれるかしら…私はまだボロボロだもの…)
「わかりまし…は?!私の体?!いやいやいや無理ですよ!剣とか持った事ないし!」
それは流石に「貸してー」「良いよー」で済まない案件である。
(大丈夫よ…体自体は私が動かすもの…あなたの力をずっともらっていたから…相性は最高よ…すぐに融合できるわ…さぁ、体を楽にして…念じて頂戴…)
「いやいやいや、ちょ、ちょっとお待ちをアマタ様」
「…さっきから銅像と何をおしゃべりしてるの?ニアちゃん?」
銅像前で何やらワタワタと、面白い動きをしている仁亜に話しかけた人物は…王太子ギリアムだった。後ろには王太子妃のヒルダもいる。
二人ともいつもの王族の装いではなく、軍服を着ていた。
チャラ殿下がチャラくない…と驚いたのも束の間、後ろのヒルダ様に至っては、某歌劇団の男役もビックリのカッコ良さだった。
存在感が凄い。ついでに腰に下げてる三節棍の存在感も凄い。
仁亜はアマタ様との交信をやめ、二人に挨拶をした。
「ギリアム殿下!ヒルダ様も!おはようございます。こちらに来ていただけるなんて心強いです(特にヒルダ様が)。
すみません、ちょっと独り言を…」
「独り言の割には話し込んでいた気がするけど?まあいいや〜。高齢の王が最前線にいるのに、オレ達が何もしない訳にはいかないからね〜」
「ニア…私はあなたに助けてもらッタ。今度は私がお手伝いスル。魔獣倒ス」
「お二人とも…」
ちょっと目頭が熱くなりそうな仁亜に、ギリアムが質問した。
「ところでアイザックはどこにいるんだい?」
「交代で朝の見回りに…」
と、言いかけたその時。
「魔獣が出たぞ!皆、戦闘の準備を!」
兵士の掛け声が広場に響いた。周囲の兵士達の顔つきが真剣なものに変わり、各々抜剣した。
仁亜もその声に応じて…はたと気づく。
(私…何も武器持ってないいいい!!!)
とんだおマヌケである。常にアイザックが側にいてくれた為何も考えていなかった。そのアイザックは今不在だ。
仁亜は仕方なく…何故か近くにあったフライパンを手に取った。
昨日の夜営中に誰かイカのバター焼きでも作ったな、残り香が漂う。私も食べたかった。
仁亜がアタフタしている時に、もう一人おマヌケがいた。ギリアムだ。
「…あ、抜剣したら勢いで指切っちゃった」
「……………………手当する?ギリアム?」
「…そうして欲しいけど兵達に切ったのバレたらオレ恥ずかしくて生きていけないから見なかった事にしてヒルダ」
「……うん」
コソコソと、そんなやりとりがあった。
「よ、よし!準備はオッケー!来い魔獣!」
そう意気込んだ仁亜だったが、突然ズシン!!という振動がして思わず腰を抜かしそうになった。
「え?!今度は何?!」
「報告!アイザック隊長が、先程出現した牛型魔獣の討伐に成功!………続く豹型も討伐!……えっとアレは何だ、猪型も討伐!現在獅子型を討伐中!」
「今のは魔獣が倒れた振動なの?!………うわぁぁ……アイザックさん格好いい………」
兵士の報告がまるで動物園状態だったのにもかかわらず、仁亜は惚れ惚れしていた。すると突然、アマタ様の声が脳内に響く。
(何ボーッとしているの…油断しちゃダメよ…背後から魔獣が近づいているもの…)
「えっ?!」
びっくりして振り返った先に、ツノをつけた魔獣が勢いよく走って来るのが見えた。あれはたぶん、サイだ。
たぶん、と言ったのは…動物園で見た大きさを遥かに上回り、ツノも長くて鋭く、もはや異形の生物となっていたからである。
「うわああああめっちゃ早い!!!」
しかもあっという間に仁亜達に近づいてきた。もしやギリアムを狙っているのか。
サイの目は赤くなっていて、明らかに様子がおかしい。これもアーバンの仕業なのか。
勢いは止まらず、何人かの兵士が突き飛ばされた。ツノは当たっていないようだが、あの大きさでは蹴飛ばされただけで大怪我をするだろう。
これはヤバい!と思ったその時。
「バシッッ!!!」という打撃音と共に、サイが倒れた。足払いをされたのだ。やったのは…
「ヒ、ヒルダ様!!」
「ニア、下がッテ。ぶつかるカラ」
ヒルダ様の連結した三節棍が、見事にサイの足に決まっていた。
彼女はそのまま近づいたかと思うと、おもむろにツノを掴み…
「はあっ!!」
と、そのまま豪快にスイングして放り投げた。サイは「ズドォォン!!」という落下音と共に動かなくなった。
あまりの豪傑ぶりに、兵士もニアもポカン、とした。
ただ一人、ギリアムだけが「さっすがヒルダ〜カッコ可愛いよ!」とベタ褒めし、ヒルダ様は照れていたのだった。




