すかしたラッキースケベ
父とアイザックさんと一緒に、馬車に乗り込む。
見送る母とセイバーの姿が見えなくなるまで、仁亜はずっと手を振っていた。
「それにしても、驚きました。ニア様がシェパード家の御息女だとは。城内も大騒ぎです」
「死んだとされていた子が生きていて、しかも一度ニホンへ行き、また戻ってきたのだからな。
マルロワ国の魔法師連中に知られたら、転移術開発のための良い研究材料にされてしまいそうだ」
研究材料と聞いてビクッとする仁亜を見て、真正面にいたアイザックは思わずシュルタイスを諌めた。
「宰相様、ニアを脅さないで下さい………ほら、震えているではありませんか」
「ん?あ、ああ…冗談だ。そんなに心配するな。この国にいる以上はそんな連中に手出しはさせん」
「う、うん…」
この時の仁亜は確かに最初ビクッとしていたのだが、プルプルしていた理由は…アイザックが、うっかり父の前で自分を呼び捨てにしたからであった。幸い気づかれていなかったが。
赤くなりそうな顔を誤魔化すかのように、仁亜は勢いよくシュルタイスに話しかけた。
「お、おとうさん!私広場に用があるから、もう少ししたら降りるね!」
「?こんな朝から何の用だ?まだ周囲の店も開いていないだろう」
「あの広場にある、女神の銅像を少し調べたいの。今までの渡り人様は皆あそこに現れたんでしょ?何かあるんじゃないかなーって」
本当はもうあの銅像の正体を知っているのだけど、黙っておく事にした。
真実を話し、これからアマタ様に力を与えてアーバンと戦います!魔獣も襲ってくるかも!…なんて言ったら、絶対母が心配するだろうから。身重の人にこれ以上精神的負担をかけたくないし。
しかし、私は嘘が非常に下手だ。父は何かを察したようで、ジト目になった。
「………アイザックは一緒なんだな?」
「はい。その為にお迎えに上がりましたので」
アイザックさんも私の考えを読み取ってくれたようだ。なんだか嬉しい。
「………分かった。では先に城へ向かう。くれぐれも、無茶だけはするなよ」
「うん!」
そうして広場に着き、父とは別れた。
そのままアイザックと二人で女神像がある場所へ向かう。
「すみません。朝から付き合わせちゃって」
「天上人に力を与えるのだろう?もし倒れてもしっかり受け止めるから、安心してくれ」
「それは頼もしい!それじゃあワザと頑張って倒れようかなー。なーんて…」
そんな冗談を言い終わらないうちに、急に抱きしめられた。
「わ!どうしたんです?!」
「本当に君は、次から次へと驚かせてくれる…。
まさかあのお二人の、侯爵家の御息女だとは…ますます俺にとって手の届かない人になってしまったな」
「ふふっ、そんな事言いながら…抱きしめてるじゃないですか」
「フッ、届かなくなる前に手に入れてしまおうと思ってな」
「えっ、それって……」
ちなみに周囲には誰もいなかったが、まだ朝である。朝からこんなにアツイ展開なのである。
二人の顔が近づき、そして…
バシャッ!!!!!!!!!
…突然後ろから、大量の水を全身に浴びせられた。
「?!何だ!こ、これは一体?!」
「わ!冷たいっ!!」
あっと言う間に、二人のぬれ鼠の出来上がりである。特に仁亜はそのほとんどの水をかぶってしまい、ビショビショだった。
水をかけられた方向を見ると、誰もいなかった。しかしそこには噴水があり、周囲は水浸しであった。まさかこれが暴発したのだろうか?
「ううっ、寒っ!」
「ニア!大丈…夫…か………」
思わず声をかけようとしたアイザックだが、瞬間メデューサに睨まれたように固まった。
なぜならそこにいた仁亜は、濡れた白ワンピースが肌に張りつき、所々素肌が透けて見えていた。
素肌だけではない、胸元は…腰元は…だめだ、これ以上見るのは紳士失格だ。慌てて目線を彼女の顔へと戻す。
しかし、前髪から滴る水が彼女の頬に落ち、流れて唇をかすめて行く様は何とも…ハッ!その唇が震えている、寒いのだ。
慌てて自分の外套を彼女にかけてあげた。紳士復活である。
「クシュン!…もう何なんですかねぇ…すみませんアイザックさん、外套借りちゃって」
「いや、いいさ…ニアのためなら」
アイザックは、すました顔で答えた。
(頭は冷えた?そろそろ茶番はいいかしら…時間がないのだもの…)
「えっ?!アマタ様?!」
脳内に突然聞こえた声に、驚く仁亜。
「ど、どうしたニア?」
「アマタ様が目覚めたみたいです…少しお話しします…」
「そ、そうか…しかし服を何とかしないと」
「そうですね…もしかして、今の水ぶっかけはアマタ様がやったの?」
仁亜は問いかけた。
(そうよ…二人とも像の前まで来ておいて…私そっちのけで睦み合っているから…なんだかイラッとしたんだもの…)
「むっ、むつ……なんて事言うんですか?!ていうかそれってまさか、妬みですか?」
(妬み?そんな感情分からないわ…天上人だもの…でもなんかいいな…うらやましいなって思ったらつい手が滑って…水を浴びせてしまったわ…ごめんなさいね…今乾かすわ…それくらいの力は戻ったから)
彼女がそう言うと共に、仁亜とアイザックの体に風がまとわりつき、瞬く間に服が乾いていった。
「それを妬みというのでは…っと、すごい!服が乾いた!アイザックさんすみません、水ぶっかけの犯人はアマタ様でした」
「いや、俺は別に何とも…むしろニアが…
ありがとう、いや違う!大丈夫か?」
「?はい、私は全然平気です」
せっかくいい雰囲気だったのに。ていうか茶番とは失礼な。恨むぞアマタ様。
ひとまず二人は、女神像と噴水の前にあるベンチに座ったのだった。




