元気ですかァ!
仁亜はパチっ、と目を覚ました。頭がボーッとしている。
また気を失ってたのかな…と起きあがった直後、目下に誰かいてこちらを見上げている。藍色の髪の男性だ。
「あ!この前見た軍人さん!」と指をさすものの、反応がない。目の前をペタペタと触ってみる。やはり、透明なガラスのようなもので遮られている。
彼もこの前と同じく私の存在に気づいていないようだ。
「……………」
コンコン、と彼はノックをしてきた。仁亜も思わずノックし返すがまた無反応だった。
「……………」
彼は無表情のままだ。
と思ったら、おもむろに腰につけていた剣を鞘から抜き切りつけてきた。
「!!!」
突然の攻撃に仁亜は腰を抜かしそうになった。早すぎて全く動けなかった。
しかし何も起こらず、彼は剣を鞘にしまう。おそらく切れなかったのだろう。
「いや、切れても困るし!!こんな至近距離からガラス?をパッカーンされたら私もパッカーンだし、彼もパッカーンされた私が出てきたら驚くでしょ?!
待ってお願い!私の事気づいてーー!!」
ガラスは丈夫そうだ。でも彼がまた攻撃して割れでもしたら、直接切られなくても破片が散って大怪我だ。仁亜は必死に目の前をバンバン叩いた。
その願いが届いたのか、彼がそっと手の平を近づけてきた。ガラス越しに触れ合うように、仁亜も手を合わせる。無意識だった。
すると突然、目の前が眩しくなった。
一瞬ふわっとした感覚がし、身体が落下した。ジェットコースターに乗って高いところから落ちた時のような、あの感覚。
「ぎゃっ!……いたた…あっヤバい下敷きにしちゃった」
気づいた時には既に彼の上にうつ伏せで乗っかっていた。
「すみません、大丈夫で…す……か………」
言葉が途中で小さくなっていく。
なぜなら伏せていた仁亜が体を起こそうとした時、左胸に違和感があったから。
何かあたっている、というか、ガッシリとつかまれている。
目の前には驚いた表情の男。その右手の先を見た私は……
「……ダァーーーーッ!!」
私よ。なぜキャッとか、イヤーンとか、可愛く言えなかったのか。そして闘魂注入するアゴ出しプロレスラーみたいな強烈ビンタをしちゃったのか。
彼女の叫びと共に、スパーン!!!という爽快な音が謁見の間に響いた。
・・・・・・・
―仁亜のビンタが炸裂する数分前―
「球体がこの謁見の間に現れたと聞いて驚いて帰ってきたのじゃが…なーんも変化がないのう」
この城の主にして国王であるカイザー=アイシスは、そう玉座の上でぼやいていた。
「あれからもう三ヶ月かあ。これでも王が不在の間、魔法師や騎士団の精鋭達が色々頑張ったんですよ?まぁ何も変わらなかったけどね」
隣にいた息子のギリアムが、やれやれといったポーズで答える。
「マルロワで行われた武闘会は楽しかったぞ〜。そうじゃ!アイザック、お前もあの大会で優勝した事があるじゃろ?その球体を相手にまた素晴らしい剣技を見せてくれんかの?」
「はっ」
王に呼ばれた男は一礼し、球体の前に進み出た。コンコン、と軽く叩く。
「…なんか使用中のトイレをノックするヤツみたいじゃの」
「ブフッ…強度を確認してるんですよ」
と、男の後ろでカイザーとギリアムがヒソヒソ話しながら笑いをこらえている。
男は構えたかと思うと、一言も発さず球体を切りつけた。しかしキイン!と音がして弾かれてしまった。
剣をしまい、やはり硬くて切れないかとそこに手を当てた瞬間…激しく光った。
「?!」
咄嗟に目をつぶると、ギャッと声が聞こえてくる。目を開けていない為わからないが、上から落ちてきた何かに押し倒された。
「………?」
男は気がつくと仰向けに倒れていた。そして球体にかざしていたはずの手は、自分にのしかかっている何かに触れている。柔らかい。
視線を上げると…何かがプルプルと震えている。
女だ。と思った時には甲高い声と音が聞こえ、左頬に鋭い痛みを感じていた。