私は綿100%
小春さんの話を聞いて、ふと思った。謎の闇の正体はアーバンではないかと。
おそらく彼女をこの国に呼んだのは、天上人のアマタ様だろう。だとすると、邪魔をしようと横槍を入れてくる可能性は十分ある。
何かあったら呼べと言われていたので聞いてみよう。でもその前に…と、仁亜は先程しまったリュックをまた取り出し、中からハンカチを出して小春に渡した。今にも泣きそうだったから。
「あの、よかったらコレ…」
「…ありがとう…」
私が差し出したハンカチで涙を拭った小春さんだったが、その後にハンカチを見て、急に目を見開き口を開けて固まった。
「えっ……これって………」
「どうしました?何か変なもの付いてました?」
小春さんはハンカチに付いている何かを、指でなぞっていた。林檎が描かれた刺繍だ。
「ああ、その刺繍…可愛いですよね。
実はそれ、私が昔保護された時に巻かれていたタオルです。おくるみって言うんでしたっけ。
施設の人が裁縫上手でハンカチにしてくれたんです。思い出の品だからずっと持っていなさいって」
「う、うそ……これは…………」
小春さんの小さくてかわいい目から涙があふれ出た。目が合いビクッとする仁亜に、こう告げる。
「…これは……私が刺繍したものよ………」
「………………んえっふ?」
人は混乱すると、人語を話せなくなるらしい。今初めて知った。
「…妊娠中にね。この林檎は…あの有名なお話からヒントを得たの。赤ちゃんの名前を男の子ならアダム、女の子ならイヴと名付けようと思っていてね、そのシンボルマークとして。
これは市販の物ではないわ。確かに……私が刺繍した物……!」
そう言いながら、小春さんは勢いよく席を立った。そして衝撃の話に固まる私に近づき、頬を両手で包むようにゆっくり触った。
「まさか……こんな形で会えるなんて…ああ……神様…うっ……ううっ………」
小春さんは何度も私の頬を触りながら嗚咽を漏らしている。何か、言わなくちゃ。でも頭が混乱して、何も言葉が浮かんで来ない。
「こ、小春さん、私…」
「何とか早く帰れたぞ。全く、あの連中は話ばかり長くて一体コハルに何をしているんだ貴様アアアアアア!!!!」
「痛あああああああああああ!!!!」
…突然帰ってきた、空気を読めないオッサンに誤解され。今度こそ引っこ抜くぞ、と言わんばかりにアホ毛を引っ張られ絶叫する仁亜だった。
・・・・・・・
「…………本当、なのか、それは……」
二人の話を聞き呆然とするシュルタイス。
同じく騒ぎを聞き駆けつけたサーシャとセイバーも、驚愕の表情だ。
彼らの前には未だ目を潤ませている小春と…頭に氷のうを乗せた仁亜がいた。
「我々の子供だと、急にそう言われても…正直コハルには似ても似つかないというか…」
「私は薄々気づいていたわ。初めて見た瞬間に。この子はあなた似よ、見て!そっくりじゃない!」
さっき会った時、ポカンと口を開けていたのはその為だったのか。私は小春さんにクルッと体を向けさせられて、オッサンと対峙する。
「確かに目は同じ茶色だ…しかしアイシスではよくある色だが…」
「よく見て。目が二重なのも…形までも一緒よ。そうだ、仁亜ちゃん。ちょっと怒った顔はできるかしら?」
「えっ?こ、こう…ですか?」
いつものヘラヘラ顔をやめて、意識してみる。某狙った標的は100%仕留める13スナイパーの顔を…。
「ほら。仕事で家に帰れずに、城に泊まり込みになった時のあなたの顔とソックリだわ」
「うっ、そう言われるとそう…か…?」
まだ疑っているようだ。そんなに私を認めたくないのか。ちょっとイラっとした。
「宰相様はなんか嫌がっているみたいですけど。それだと私は『小春さんと別の男性との子供』という事に…」
「そのひねくれた物言いは間違いなく私の娘だ!!!!」
速攻で抱きつかれた。うざかった。
・・・・・・・
そうこうしているうちに、夕方になった。
今日は城へ帰る予定だったが、小春さんに泣きつかれて一泊することとなった。
サーシャさんは今回の件を王に報告するため、馬車に乗って帰っていった。申し訳ない。
彼女を見送った後、ふと気付いた事があり小春さんに質問した。
「あの、私の名前をイヴにする予定だったんですよね?じゃあこの文字は何の意味が?」
私はそう言いながら、例のハンカチの裏面を出し、ある部分を指す。
「ほら、ここにも『near』って小さく英語で刺繍されてるじゃないですか。施設長がこれを見て、私の名前を『仁亜』と名付けたそうなんです」
nearは「近い」という意味だ。
近くにいるんだったら、迎えに来てあげれば良いのに…。そう施設長がぼやいていた事を思い出す。
「あら、本当ね。私も知らなかったわ。何かしら?」
小春さんも知らないらしい。
すると、話を聞いていた宰相が背後にヌッと出てきて言った。
「これはマルタナアイ語で『純綿』という意味だぞ」
「えっ?英語じゃないんだ」
「英語とは何かわからんが、お前達は逆に読んでいるぞ」
宰相はnearという文字を逆さにした。全く読めないし、文字という認識すらできなかった。
「当時は綿素材と謳いながら、違う物を入れた粗悪品が出回っていてな。純正品には国公認の、この文字を入れて良い事になったのだ。
勿論、それすら偽造する商人には厳しい罰を与えたが」
日本で言うと品質表示みたいなものか。肌が弱い人は粗悪品だと困るだろうし、この文字が書かれていれば安心して買えるだろう。あれ、という事は…
「私の『仁亜』という名前は、本来は『イヴ』で、さらに本当は『純綿』だったんですか…?
私のフルネームは…『鈴木純綿』…鈴木綿100%…」
何という事だ、某芸人みたいじゃないか。仁亜はしばらくの間白目になるのだった。
ちなみに、イヴは漢字だと伊吹とのことだった。




