表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/62

彼女のこれまで

おそらく作品中一番シリアス


 私は20歳の時に彼…シュルタイスと結婚した。日本からアイシス国に転移して7年間…私を保護してくれた上に、ずっと一緒にいてくれた彼と。


 私は癒しの能力を持っていた。日本ではもちろんそんな力は無かった。癒す、といっても傷や病気を治すものではない。心を穏やかにするものだ。


 転移した当時のアイシスは、ちょうど魔獣の被害に遭っていた。直接人を襲わないものの、魔獣の群れが通った後は田畑が荒らされ、作物に深刻な被害が出た。そして家や建物の一部が壊され、少なからず怪我をした人も多かった。

 

 被害に遭った人は恐怖に怯えており、震える手を思わず取った所、そこから光が溢れた。その人は涙を流して「何だか心が楽になった、ありがとう」と感謝してきたのである。


 一人二人と試したが、やはり皆同じ反応で、いよいよ自分に何か特別な力が宿ったのだと実感した。

 私自身の体は弱かったが、体力の続く限り近隣をまわって、苦しむ人々を救った。やがてその噂が王の耳に入り、渡り人と呼ばれるようになった。


 シュルタイスと最初に出会った時は、完全に妹扱いされていたし、私も兄のように慕うだけだった。でもいつしかお互いに大切な存在である事に気付き、私の成人を待って結ばれた。


 結婚式を挙げる頃には既に妊娠が判明していたが、この国では順番についてうるさく言う人はいなかった。

 何よりも、早くに両親を亡くした彼が「家族が増える」とそれはもう喜んで私を抱きしめてくれたので、幸せの絶頂だった。

 …あの日までは。



 出産当日。外は大荒れの天気だった。

 国の大事な渡り人の出産とあって、警備上の理由から城の一室に部屋を設け、事前に入院する形をとっていた。医師も常駐してくれるという、破格の待遇だった。


 陣痛が始まってから出産まで、どのくらいかかったのだろう。その辺りは今でも思い出せないくらい、とても長く感じた。

 シュルタイスは側にいなかった。たまたまその日は自宅に戻っていたのだ。

 夜だった事もあり、知らせを聞いてもこの大荒れの天気で、城へ馬車で出向くことが出来なかったのだ。


 それでも私は頑張って、無事出産した。元気な女の子だった。朝になり天候も回復したから、彼もこちらに向かっているだろう。

 早く顔を見せてあげたい、こんなに可愛い…そう思った所で、違和感に気づいた。


 先程まで明るかった外が、また暗くなっている。それに王に報告しに行った医師や、敷布等を替えに行った女官達が戻って来ない。

 この部屋には私と、隣にいる我が子しかいない事、それが急に不安になった。


 誰か来て……そう言おうとした時。突然部屋が闇に包まれた。出産後で体力がなかったため、動く事すらできない。

 叫ぶ間もなく、私の意識は遠のいていった。


 …次に私が目を覚ました時、最初に見たのは愛する人の顔だった。けれど、今まで一緒にいて一度も見た事がないくらい、沈痛な表情をしていた。


 なぜだろう?それよりも早くこの子を抱いてあげて…と隣を見て、全てを思い出した。

 小さなベッドには誰もいなかった。これが意味する事は…。



 次の瞬間、悲鳴が部屋中に響き渡っていた。

 




・・・・・・・







「…話はこれで終わり。ごめんなさいね、長くなっちゃって」


「………………」



 想像以上に壮絶な話で、言葉が出ない。出されたお茶はすっかり冷めてしまったが、とても飲む気にはなれなかった。思わず目がうるんでしまう。


「それで…その…赤ちゃんの行方は…」


「内密に探したけど、見つからなかったわ。本当は他国にも捜索願いを出したかったけれど…。渡り人の子が闇に包まれていなくなった、なんて知られたら大陸中が混乱するから。

 それに探しようがないものね。生まれたばかりの女の子ってだけで、髪の色も目の色も将来どうなるか分からなかったし…。

 公式には、体が弱くてすぐに亡くなったという事にされたわ…」


 彼女は首を振り、力無くそう答えた。


「でも、それがどうして懺悔なんですか?悪いのはその闇の…魔法かなんか知らないけどを使ったヤツで、小春さんは何も悪くないじゃないですか」


「皆そう言ってくれるけれど…。

 私がもっと早く違和感に気づいて助けを呼んでいたらとか、あの子をずっと抱きしめていればって、思ってしまうの。

 そうすれば私も居なくなるけれど…少なくとも、あの子をひとりぼっちにはさせなかったわ」


「いえ、それはそれで宰相様が大発狂するので…。

 それでも私は小春さんだけでも無事で、こうしてお会いできた事がとても嬉しいです」


「仁亜ちゃん…」


 小春さんの目がうるんでいる。

 この人はどれほど辛い思いをして生きてきたのだろう。

 施設で育って、13歳という思春期真っ盛りの頃に転移して、知らない国で右も左もわからないまま渡り人と呼ばれ…。あの性悪宰相と出会っちゃった…のは結果的に良かったんだ、ごめん宰相。


 こんなに小さい体で。たくさんの大きいものを抱えて、彼女は生きていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ