救世主セイバーくん
お茶会は庭園で行われた。一本の花咲く木の下にテーブルセットが用意されている。
「ごめんなさいね。私は今お茶が飲めなくて…仁亜ちゃん達の分だけ用意したわ」
「いえ、お気遣いなく。ご懐妊されているんですよね、おめでとうございます。体調はいかがですか?」
「全然平気よ。仁亜ちゃんの笑顔に癒されて、むしろ元気になっちゃったわ」
「そう言われると照れちゃいます。ん?そこの木は…もしかして桜ですか?」
「うふふ、よく見たら違うのだけど…似ているでしょ?私が日本で好きだったと主人に話したら、あちこち探して同じような木を見つけてくれたの」
そうなんだ。あの宰相性格悪いけど、本当奥さんには優しいんだな。
と、和やかな雰囲気になっている所に、テーブルクロスからひょっこりと銀色の小山が顔を出した。
「あら、セイバー。どうしたの?本を読んでいたんじゃないかしら?」
「本ではないですよ、現金出納帳です。ひどいじゃないですかおかあさま。ニア様が来たら教えてくれるって言ったのに!」
「まあ、ごめんなさいね。あなたがとても集中していたから、邪魔してはいけないと思って…」
プゥと頬を膨らませている美少年。銀髪に茶色の目。あの宰相と同じという事は…。
「突然ごめんなさいね、仁亜ちゃん。この子はセイバー。私と主人の息子なの」
「はじめましてニア様!セイバーです」
セイバー君は挨拶して騎士の礼をする。なかなか様になっていた。
「こんにちは…ってすごくツッコミたいんですけど小春様。セイバーくん、さっき現金出納帳を見てたって言ってませんでした?」
私は聞き逃さなかった。見た感じクルセイド様達とそう変わらない年齢のはずだ。
「きっとお小遣い帳のことね。主人の教育方針で、小さいうちから少額だけどお金の管理をさせているの」
「へぇ、まだ小さいのに偉いですね」
「えへへ。僕は将来、宰相になって、おかあさまとおとうさまには早く二人でゆっくり過ごして欲しいんです。だからお勉強も頑張ってます」
なんて良い子なんだ。それにこの整った容姿…あれ?そういえば以前クリステル家に向かう途中で、同じ姿形の子を見た気がする。
「ねえ、セイバーくん。あなた、この前広場の女神像前にいた…」
「おかあさま、僕サーシャさんに剣のお稽古してもらってもいいですか?」
「あら、急にどうしたの?サーシャちゃんが良ければ構わないけど…」
「私は構いませんよ」
そう言って、二人は少し離れた所に行ってしまった。まあいいか。
「セイバーったら、気を遣ってくれたのね。私と仁亜ちゃんがゆっくりお話できるように」
「本当に優しい子ですね。それに良いお名前も…小春様がつけたのですか?」
「ええ、そうよ。何かと聡い子で…。主人はね、元々はあの子の教育に興味はなかったのよ。というより、健康で元気でいてくれればそれで良かったの。
でも仕事でいつも帰りが遅くて、戻るのを待ち侘びている私をよく見ていたのでしょうね。将来おとうさまの仕事を補佐して、早く帰ってきてもらうようにするって言ったわ。
それに感心した主人が、今色々とあの子に教え始めているの。
うふふ。本当に、私達夫婦にとって名前の通り『救世主』になってくれたわ」
「へぇ…」
すごすぎて言葉が出ない。この国の重鎮である父に国の宝である渡り人の母。そして賢い息子。漫画の世界のような、完璧すぎる家族がそこには居た。少しうらやましくなってしまう。
「私も…親がいたら、もっとしっかりしてたのかな」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい急に。あの…実は私、親がいなくて。
というか、S県A町のとある施設の前に置き去りにされていたのを保護してもらって、そのままその施設で育ったんです」
「仁亜ちゃん…」
小春さんは驚いている。あー、なんで言っちゃったんだろ。こんな幸せいっぱいの家族話に、水差すような事を…。
「………私も、そうよ」
「えっ……?」
「私も親がいなくて、同じA町の施設で育ったわ。あの町には一つしか施設はないから、きっと同じ所よ」
「そうなんですか?!」
宰相の話で、こちらに来るまで私と同じA町に住んでいたとは聞いていた。でも育ちも同じ施設だったとは。
「私は『喜楽』って旅館の近くに足湯があってね、そこにいたら突然光に包まれたの。
そして気付いたらこの国にいたわ。近くの広場にある女神像の前にね。27年前の…13歳の時の話よ」
「足湯って…転移した状況まで同じです!あ、私直前までその旅館で働いてました。小春さんが転移した頃はまだ生まれてませんでしたけど」
「…私と仁亜ちゃんはたくさん共通点があるわね。何だか嬉しいわ」
「私もです!久しぶりに日本トークができるって、楽しみにしていたんです。そうだ、今日は転移した時に持っていた物があって…」
そう言いつつ、話のネタになると思い、城から持ってきた自身のリュックを取り出す仁亜。
しかし、彼女の一段下がった声のトーンにピタッと体が止まる。
「ねぇ…仁亜ちゃん。あなた、『救いの渡り人』って呼ばれているそうね。
…よかったら私の懺悔を…聞いてくれるかしら…」
徐々に表情を曇らせて行く小春に「ただごとではない」と感じ取った仁亜は、そっとリュックを元の場所に戻したのだった。




