二代目渡り人・コハル様
翌朝、仁亜は少し寝坊した。皆気を利かせて寝かしておいてくれたのだろうが、今日は二代目渡り人様と会う約束だ。急いで支度をした。
アイザックさんは隣室にいなかった。もう会議が始まっているのかも知れない。
昨晩寝落ちして話ができなかったな、と落胆している仁亜を、支度を手伝ったシータが意味深な目つきで見つめていたのだった。
宰相宅は馬車で一時間もかからないくらいだそう。護衛にはサーシャさんがついてくれた。一緒に馬車に乗る。
「ああ〜今になって緊張してきちゃった」
「ふふ、大丈夫ですよ。あの方はとてもお優しいですから」
「サーシャさんは会ったことがあるんですか?」
「ええ、何度も。最近は彼女の護衛をほぼ私が担当しております。シュルタイス様は基本的に、彼女に男性の護衛をつけさせませんからね。アイザック隊長は別みたいですけど」
「うへぇー、結構嫉妬深いんですね」
あのイケメン若見えオッサン(笑)の奥さんだから、よっぽど美人さんなのだろうか。以前お話ししていて、奥さん大事にしてるんだなあとは思ってたけど。大事を通り越して溺愛だなこりゃ。
隊長はイケメンなのに護衛OKなんだ、なぜだろう。やっぱり強いし頼りになるからかな。
「私も最初はちょっと…と思っていました。でも今は考えが変わって。他の男の目に入らないようにするぐらい愛しているって、素敵な事だなと」
「ほほう?どうしちゃったのサーシャさん?セルゲイと仲良くなって何か心境の変化が?まぁ話してみなされ」
思わず飲み屋のオヤジのようになってしまう仁亜。
「な、なんて事はない!…まだ何回か一緒に買い物に行ったり、歌劇を観たりしているだけだ」
焦ると敬語が抜けるのが、彼女の癖だと知っている。ニヤニヤしながら質問攻めにする。
「そうですかそうですか。それじゃあそろそろチューでもする頃ですな?いや、もう終わっているかそれは」
「……まだ手も繋いでもらえない……」
「え?マジで?セルゲイよ…訓練場では抱きしめてたじゃん。ヘタレすぎ…」
「…教えて欲しいニア様。私はどうしたら彼との仲を進展させられるのだろうか」
いやいや、私に聞かれても!彼氏いない歴=年齢なんだぞ私は。
男性と手も…あ、繋いだわこの前。それに同じベッドで寝た事もあった(誤解を招く表現)。
ココからどうしたら進展できるかなんて、私こそ聞きたいんだけど。
「そうですねぇ…。この前の訓練場での出来事を見るに、彼は外堀から埋めていくタイプなんでしょうね。他の隊士がサーシャさんに近づくのを牽制したって言ってたし。
だから内堀を埋めちゃえばいいのかな?」
「ん?どういうこと?」
「サーシャさんからもセルゲイ好き好きアピールをしたらいいんですよ」
「んなっ?!そんな恥ずかしい事…!
…………………具体的にどうしたら?」
赤くなりながらも、ノッてきている。
「うーん、彼の耳元で『今日もカッコいいね、好き』とか『いつも訓練頑張ってるね、好き』とか言ったり?」
「そっ、そんな小っ恥ずかしい事は無理だ!言えん!」
「じゃあ自分から手ぇ握って、抱きついたりするしかないんじゃないですか?もう実力行使?で」
だんだん面倒臭くなっている仁亜。
「うっ…やっぱりそうするしかないのか…わかった、頑張ろう。…酒の力でも借りて」
「それはやめた方がいいです」
別の意味でヤツが『落ちて』しまうから。
※彼女は酔うと人に寝技をかけます
・・・・・・・
二人を乗せた馬車は進んでいく。
途中また例の広場を通ったが、特に何も起きなかった。アマタ様はまだ回復中で、大人しくしているのだろう。
しばらくして上り坂が見え、少し越えた先に大きな門が現れた。
あれが宰相宅、シェパード家への入口だ。当たり前だけど、門のデカさを遥かに上回る大きいお屋敷だ。ドキドキしながら馬車を降りた。
メイドさんに広間に案内され、「うわ内装めっちゃ豪華!」とはしたなくキョロキョロしていると、カチャッと扉が開く音がした。
音のする方向へ振り返ると…
「……………!」
口をポカンと開けた、市松人形がいた。着物ではなくドレスを着ているが。
黒目黒髪のショートボブ。見るからに日本人だ。身長だけでなく、目も鼻も口も全て小さいが、顔も小さいのでバランスが取れていて、とても愛らしい。
それだけ聞くと、さぞ幼い少女のように見える容姿だが決定的に違う点がある。思わず目線が行ってしまう所…胸だ。
露出を避けたいのか首元が詰まっている服だが、かえって強調されてしまっている。
あれはなんだ、メロンでも入っているのか?ABCDEF…Gか?Gなのか?!夏に出現する黒い生き物しか知らんぞ私は!
お互いに口をポカンとさせている所をサーシャに嗜められ、我に帰る。
「ハッ………!失礼致しました。はじめまして、仁亜と申します」
「いっ、いえ、私も失礼を……小春です。あなたが仁亜ちゃんね。会えるのを楽しみにしていたわ!
サーシャちゃんも…一昨日ぶりかしら。ごめんなさいね、何度も主人が呼び出して」
「いえ、私もコハル様のお体が心配ですから。護衛できる事を光栄に思っております」
「うふふ、ありがとう。今日は天気が良いから、皆でお庭でお茶しましょ。いいかしら、仁亜ちゃん?」
「は、はい!是非!」
こうして、仁亜にとって最も長い一日が始まったのだった。




