CC兄妹
二人の目の前に突然飛んできたボール。
アイザックはすぐに仁亜から離れ、それを片手で止めた。パァン!という音と共に。
「だ、大丈夫ですかアイザックさん?!」
「問題ない。だが、あの声はまさか…」
受け止めたボールから、うっすらと煙が出ている。子供用であろう小さいボールなのに、なんて威力なのか。
仁亜が疑問に思っていると、回廊から見える庭園のずっと向こう側から、誰かが走ってくる。…女の子だ。
「ハァ…ハァ……お二人とも大丈夫かしら?!」
「私達は大丈夫ですよ、コーデリア様」
そうアイザックが返事をした相手を見る。
小学生くらいかな、すんごい美少女だ。ダークブラウンの髪に緑色の瞳。
少女の容姿には思い当たる節があった。仁亜は彼に小声で話す。
「あの、アイザックさん。彼女ってまさか…」
「ああ。王太子夫妻の御子、コーデリア様だ」
やっぱり。ヒルダ様そっくりだもん。将来が楽しみだ。あ、挨拶しないと…と思ったら、彼女からカーテシーをされた。
「あら?アイザックがついているという事は…あなた渡り人さまね!はじめまして、わたくしはコーデリアですわ!」
立場的に上の人からお辞儀されてしまい、慌てて仁亜も応じる。背筋が曲がりかけてるし足がプルプルするが、なんとか一人でできた。
「ご丁寧にありがとうございます、コーデリア様。私は仁亜と申します」
「きゃっ、こんな所でお会いできるなんてうれしいわ!」
その場でぴょんぴょん跳ねて嬉しそうにしている姿にホッコリする。すると、
「コーデリア様!ふぅ、やっと追いついた」
と、息急き切って駆けつけてきた男がいた。近衛隊のソルトだ。
「急に走るのは危ないです、おやめください」
「だってボールが二人に当たりそうだったんだもん…でしたから。ソルトがちゃんと受け止めてくれないのが悪いのよ?」
「はぁ…でしたらコーデリア様、もう少し力を加減なさいませ。あと二人にぶつけそうになったのでしょう?ちゃんと謝りましたか?」
「アイザックが受け止めたから怪我人はいないわよ?」
開き直る姫様に、珍しく眉間に皺を寄せるソルト。
「…コーデリア様!」
「うぅー………お二人ともごめんなさい」
気まずそうに、それでも素直にペコッと頭を下げる姫様はなんて愛らしい。速攻で許した。
「コーデリア様とソルトさんはキャッチボールをしていたのですね。楽しそう」
「ただ、受け止められないのは問題だな。近衛隊の訓練内容を見直さないとだな、ソルト」
「うっ…はい、そうですね…。安心して護衛を任されるよう強くならないと…」
アイザックさんにそう言われて苦笑いするソルトさんだったが、コーデリア様の次の一言で固まった。
「あら、ソルトはそのままでいいですわ?わたくしが一生守ってあげるもの。未来のだんな様ですから」
「え、そうなんですかソルトさん!」
仁亜はびっくりして彼を見たら…またいつもの胃をさするポーズをして言った。
「ハハ…以前付き合ったおままごとの影響ですよ。私が夫役でしてね。どうも気に入られてしまったようで」
ああ、そういう事。おしゃまな子なのねと微笑ましく思っていると、
「おかあさまがね、大人になってもステキな『しゅくじょ』でいられるのなら許可するわと言ってたの!
だから20歳になるまでに、いっぱいお勉強して…こうやって、強くなるために訓練もしてますの!」
そう言いながら姫様は落ちていたボールを拾い上げて、ソルトに向かって投げた。慌てて両手でキャッチするソルトだが、またスパァン!と良い音が響いた。…ものすごい豪速球だ。子供が投げているとは思えない。
「ぐふっ…ヒルダ様…なんて事をおっしゃる…それは初耳…で……」
両手で受け止めきれず、胃に当たってしまったらしい。彼はそのままボールを抱え込むようにして、その場にうずくまってしまった。
思わず介抱しようとする仁亜をアイザックが手で制した。俺がなんとかする、と目で合図しながら。
「大丈夫かソルト。…悪いがコーデリア様の手前、あまり大事にはしたくないのだが…医務室へ行くか?」
「ぐっ…。いえ、平気です…少しの間さすっていれば。申し訳ございませんが、それまで姫様の相手をお願いしても…」
「ああ、任せておけ」
そう彼らがコソコソ話をしている間、仁亜は彼女の話し相手になっていた。
「いやですわソルトったら。恥ずかしくて丸くなっていますのね。照れ屋さんなんだから」
「(ツッコミたいけど我慢我慢…!)
コーデリア様、勉強はわかりますけど、強くなるというのは淑女とは関係ない気が…」
「そんなことありませんわ。タナノフ人のおかあさまはいつも言うもの。
あの国では清く正しく美しく、そして強い女が『しゅくじょ』と呼ばれ、皆に愛されるって。
わたくしはクルセイドと比べてタナノフの血がつよく出ているから、とっても力がありますの。
それにニア様が城に現れたときにね、風魔法が使えるようになりましたわ。さっきはボールを投げるときにその力を込めましたの!」
あーなるほど。だからあんなに威力のあるボールになったのか。と仁亜は思った。
私の「救いの渡り人(笑)」の力かはわからないけど。
「ヒルダ様は強化魔法をお使いですし、コーデリア様にも魔法の力が遺伝されたのですね。あれ、クルセイド様とは…?」
「それはボクのことですね」
声変わり前の男の子の、高い声が聞こえた。聞こえた方向に振り返ると、見た事がある容姿…。
「ギリアム殿下…じゃない、えっと…」
「その息子です。はじめまして、ニア様。クルセイドと申します。コーデリアの双子の兄です」
うわあ、チャラ殿下をそのままちっちゃくした感じだ。そっくり。でも首を横に曲げニコッとした顔はとても可愛かった。
コーデリアが彼の所へ駆け寄る。
「クルセイド!もう剣のおけいこは終わったのね!」
「うん!だからボクもいっしょに渡り人さまとお話しする!」
そう二人でキャッキャしている姿は本当に愛おしく、国の宝と呼ぶに相応しいのであった。




