焼き餅
「そうか!兄上は魚料理が得意なのだな!」
「お刺身はもちろん、お寿司や鰹のたたき、ぶりの照り焼き、アジフライも捨てがたいですねぇ」
「どれも聞いた事がない料理だな!だが兄上が作るのならどれも絶品だろう」
「そうなんですー。その賄い料理が食べられるってだけでも働き甲斐がありましたよ」
「なんて羨ましい!…よければぜひ作り方を教えてもらえないか、ニアちゃん。我が家の料理長に作らせてみたいのだ」
「いいですよ。私は諸事情で作れないんですけど、レシピは頭に叩き込んであるので。
でもマグロとかアジとかこの国で獲れるのかなー。えっと、これくらいの大きさで…」
先程までいがみ合っていたニアと父が、いつの間にか歓談している。
アイザックは目の前の光景が信じられなかった。しかもニアを「ちゃん」付けで呼んでいるし。これも彼女の魅力なのか、と感心していた。
「それにしても…渡り人と聞いて最初はいい印象では無かったが、話を聞くとこんなに頑張り屋で気遣いのできる子だったのだな」
「それ本人の前で言うんですね…オーウェンさん」
なお、オーウェンとはアイザックの父である、彼の名前である。
「なんか女将さんの事を悪く言ってましたけど、誤解ですからね。私を雇って面倒見てくれたし。
大将だって彼女が好きだから、結婚してずっと側にいるんですよ。悪女だったら早々に逃げ出してるでしょ」
「むう………」
「本人達は無自覚でしょうけど、従業員達は毎日2人のラブラブオーラに当てられてるんですよ。
まあ主に大将が、女将の肩抱いたり腰に手をやったりして怒られてますけど」
「な、なんと…兄上に!羨ましい!!!」
クワッと目を見開いた父親に、若干引いているアイザックだった。
伯父上に依存していた事は知っていたが、ここまでとは…。
・・・・・・・
結局、今日はクリステル家にお泊まりする事になった。そして夕食の時間。
オーウェンさんは刺身を食べたがっていたが、無難に焼き魚にしてもらった。何の魚か知らないけど、とても美味しかった。
そうそう、アイザックさんのお兄さんは既にマルロワ国に行っており不在だった。
お婆さまもご存命で、同じくマルロワ国の温泉療養地で静養しているらしい。機会があればお会いしたいな。
寝る支度をし、フカフカのベッドでゴロゴロしていたらアイザックさんが入ってきた。
「ニア、今日は来てくれてありがとう。シャシン、という物のお陰で2人の無事も確認できたし本当に嬉しかった」
「いえいえ。本当はもっと沢山撮ったんですけどね。スマホが充電切れしてなければなあ。いっぱい画像を撮って入れてたのに」
「?ところで、先程のシャシンをもう一回見せてもらえないだろうか」
はい、どうぞ。と渡した写真を、彼は微笑みながら見つめている。
「あの時から20年以上経っているが…変わらないな、フーミン様は。着物がとても似合っている」
パチッ、と仁亜の中で何か弾ける音がした。
彼は続けて言う。
「それにこの髪色…この国では、いや、大陸中探しても黒髪は珍しいからな。とても綺麗だ」
今度はプクーッと、何かが膨らんだ。
「…どうせ私は綺麗な黒髪じゃないですよ…」
「うん?何か言ったかニア?」
「いえ別に…」
私の髪色は生まれつき黒じゃない、黒に近い茶色だ。人によって判断が曖昧で、小学校の時は良かったが、中学の時に校則で引っかかり呼び出しを受けた事がある。
かと言って垢抜けた茶髪というわけでもない。中途半端な髪色なのだ。
学校でクラスメイトに「私も茶色に染めたーい」と言われると「そんなに艶々した黒髪なのにもったいない!」と返したものである。
…アイザックさんは黒い髪が好みなのかな。
いやむしろ女将自体がどストライクなのかもしれない。
はっ、そうか。サーシャさんに目もくれなかったのは、彼が熟女好きだったからだ!!
と、仁亜は勝手に結論づけた。
「なーんか、ムカムカする…」
「どうしたニア?食べ過ぎか?」
「違います!人様のおウチでドカ食いなんて…あ、したかも。じゃなくって!
ああもう放っておいて下さい!もう寝ます!おやすみ!なさい!」
「??ああ、おやすみ」
ぐいぐいと、彼を半ば追い出すようにしてドアを閉めた。ボフン、とベッドにダイブする。
「ああ〜やだもう、八つ当たりしちゃった。最悪」
目を閉じて考える。アイザックさんが女将の話をするだけでムカムカした。
なんだろう、ずーっと何かが私の中で膨らんでいる。
「フフフ、悩んでいるようだな小娘よ」
「だ、誰?!」
いきなり脳内にお客様が来た。
「わからぬか。昔はよく元旦のCM中に現れたものだが」
「あっ!あなたはまさか…かの有名な…越後の侍?!!!」
「いかにも。お主の悩みの正体はこれだ!
…それでは問おう、正解は?」
お客様、もといお侍様は持っていた小皿を私に見せてきた。
「そこに乗っているのは……お餅?いえ、この香ばしい匂いは……焼き餅?!!!!」
「ピンポーン!」
そう言って、彼はお餅を食べサムズアップしながら消えていった。
「い、嫌だあ……私が……ヤキモチ?………嘘でしょお?!!!!」
その日、仁亜はあまり眠れなかった。




