その子は大の字で寝ています
―アイシス王国・謁見の間―
バタバタと慌ただしい音と共に、二人の男が入ってくる。
「こちらですギリアム殿下」
「うわぁまじかよ…なんだよこの球体…」
男達の目の前には大きな光り輝く球体がフワフワと浮いていた。
「先程城の上空で謎の発光がありましたでしょう、殿下。目撃者の話だとその光がそのまま落ちていき、この謁見の間にて動きが止まったようです」
そう男が報告すると、殿下と呼ばれたもう一人の男がボヤく。
「いや俺は見てなくてさー。なんで俺が用を足してる時に起こるんだよ!すげぇ歴史の瞬間っぽいの見過ごしちゃったじゃん」
「決して安全なものとは限らないので、見なくて良かったのかも知れません。
この場にいた者達には、身体に何か異常がないか確認している所です」
「心配性だなー。なんか神々しい輝きだし、見るからにご利益ありそうな球体だけどな。アイザックは何してたんだ?」
アイザックと呼ばれた男は、淡々と報告する。
「私は殿下が『長くなりそう』とおっしゃるから訓練場に向かっていた所、発光が起きたので急ぎ戻った次第です」
「そこまで長くなるつもりじゃなかったからな?!」
「ところで殿下、この状況いかがいたしましょうか」
「ジジイ…いや王に急ぎ報告だな。ったくこんな時に呑気に隣国へ行ってる場合かっての」
「まさか王が不在の時を狙って…?こんな巨大な球体を操れるとは相当な力を持った術師の仕業か…?」
「ちょっ、不安を煽らないで!!宰相も呼んで緊急会議するから!あとこの謁見の間には誰も近づけないで!
くっそー、王がいない間は何もしないでグータラしようと思ってたのにーー!!」
―次代の王になる資質は充分なのに、こういう所が残念だな、と思うアイザックだった―
・・・・・・・
数時間後、ギリアムの命令により重役が集まり、緊急会議が行われた。
「では会議を始める。まずはあの球体についてだ。調査隊よ、様子はどうだ?」
「はっ。今のところ特に変わりありません。しかし、侍医によるとその場にいた者達が…」
「何かあったのか?」
「たまたまいた近衛兵は持病の胃痛が治り、料理人は長年研究していた秘伝のスープが完成し、侍女長は浮気して出て行った夫が突然平謝りして帰ってきたそうです」
「…それ球体関係ある?」
「いい話になっていますが、最後の侍女長については夫の行動次第で今後どうなるかわかりませんねぇハハハ」
「…もう次に行ってもいい?」
ギリアムが呆れかけたその時、会議室の扉がバン!と開かれた。
「遅くなり申し訳ない、話はどこまで進んでいる?」
「おお、シュルタイス!今日は休みだっただろ?悪いな」
シュルタイスと呼ばれた男は、早口で返す。
「ええそうですとも、休暇中でしたからとっとと会議を終わらせて帰ります」
「ちょ、帰るの?!この国の宰相だよね?!今国が大変なことになってるんだけど?!」
「愛しい我が妻の調子がとても良いのです。あの発光を見た後に。あんなに明るく元気な妻を見たのはどんなに久しいか…!
城の様子を見てきてほしいと言われて嫌々来たが…ああ早く帰って抱きしめたい」
普段は決して笑わない「氷の宰相」と呼ばれた男が、微笑みながら自分の体を抱きしめているさまは、本人の類稀なる美貌とあわせてまるで一枚の絵画のようであった。
「…もう放っておくか。それにしてもこの怪現象は『渡り人』だろうか。今回も…」
ギリアムは急に神妙な面持ちで呟く。
「皆も薄々思っているのかもしれない。なぁ、アイザック」
名を呼ばれた男も複雑な表情だ。
「はい。しかしながら、初代も二代目も謎の光と同時に現れたと聞きます。
今回のような球体で出現し、尚且つ正体を現さないのは初めてです。渡り人と決めつけ近づくのは少々危険かと」
シュルタイスも頷く。
「そう、初代や我が妻が現れたのは城下町の女神像前でしたしね。何故謁見の間に出現したのかも含めて謎が多すぎる。王が戻るまでに解析できればいいが…。
国内及び隣国に出張している魔法師達を急ぎ集めましょう。そして暫くは見張りをつけて様子を見るしかない。という事で!今回はよろしいですか殿下!」
「畳み掛けるように結論づけてきた〜!もういいよそんなに帰りたきゃ帰ってくれ!今日はひとまず終わり!皆解散!」
ギリアムが叫んだ途端、シュルタイスはまた扉を勢いよく開けて帰っていった。他の参加者達も各々の考えを述べながら帰っていく。最後に残ったギリアムは、同じく隣に佇む男に話しかけた。
「俺は絶対渡り人だと思うけどね〜。アイザック、万が一渡り人なら今度はどんな人かなぁ〜。かわいい女の子だといいなぁ〜」
「………はぁ」
アイザックはギリアムの軽口を適当に受け流しつつも、まだ見ぬ渡り人に対しとある事情から複雑な表情を浮かべていた…。