アカデミー賞主演女優賞
朝。
パチっと目を覚まし、いや〜お酒飲んだ後はぐっすり眠れたわ〜と思った直後。
「お酒飲んだ後……後…………」
記憶がよみがえる。誰かに泣きついて、誰かの服をつかんで寝た。
自分はお酒に弱いと思っていたが、酔っていても頭は覚えていた。そして、あの遅い時間に部屋を訪れる人物は、今のところ一人しか考えられない。
「………しばらく帰って来ないって………言ってたじゃん…………………」
叫ぶとまた彼が飛んで来そうなので小声でボヤく。ちなみに彼自身はそんな事は一言も言っていない。
「ねぇ、嘘でしょ…もしかして途中まで…一緒に寝て…ませんでした?」
と、何もない壁に問いかけた。もちろん返事はない。
(うわあああああああ私のバカーーー酔っ払い泣き上戸お触りマンとか!旅館の客だったら即出禁コースううううう!!)
仁亜はベッド上で、上半身を起こした状態で固まっていた。
しかし、時の流れは残酷である。隣の部屋に続くドアがコンコンコンと叩かれたのである。
ハッと我に返り、「…はい、どうぞ」と答える。その間5秒。
仁亜は『酔って覚えてません作戦』を決行する事にした。筋書きはこうだ。
―アイザックが朝の挨拶をする、仁亜は笑顔で「おはようございます!あら、隊長さんもう城に戻ってらしたのね。
うふふ、アタクシ実は昨日飲んで酔っ払って何も気づきませんでしたの!」と挨拶を返す―
……若干口調は怪しいが完璧なシナリオだ。ドラマなら視聴率二桁は堅い。いける。ここまで3秒。
(完璧なハリウッド女優……アカデミー賞にノミネートされた………私、女優になるのよ!!!!)
自分で自分に暗示をかけて、笑顔を作る。ここまで2秒。
そしてドアが開く。
「ニア、おはよう」
「おふぅっ……おはようございまァァスゥ!!
今日もいい天気ですネェーーーー」
…仁亜はゴールデンラズベリー賞を受賞した。
なお、今日は曇天であった。
彼女の心情を知ってか知らずか、アイザックは「起きたようだな」と頭をポンポンと撫でた。
よくわからないが、誤魔化せたかも知れない。
「やはりニアは泣いているより笑顔のほうがいい。…支度が出来たら呼んでくれ」
そう言って彼は隣の部屋へ戻って行った。
『泣いている』所を知っていたという事は。
「やっぱり昨日一緒だったのは隊長かぁぁぁ」とその場に崩れた。
・・・・・・・
隊長が実家に帰ったのは、お兄さんの結婚が決まりお祝いするためだったそうな。相手は隣国の第一王女。すごいな隊長、王族と親戚になるのか。
でも実家の話を淡々とする隊長を見て、あまり突っ込んだ話はしなかった。上手く言えないけど、なんかそういう雰囲気じゃなかった。
せっかくだからしばらくいればいいのに、移動時間を抜くと1日も経たずに帰ってきている。あまり実家との関係は良くないのだろうか。
今日の予定だが、王太子妃殿下であるヒルダ様とのお茶会が入っている。
まだ一回もお会いした事が無かったので嬉しいが、一対一でのお茶会と聞いて不安になる。
(私知らない間に粗相でもしたっけ…?いや、無いよね…。
はっ、まさか前にチャラ殿下に絡まれたの見られてて『ワタクシのダンナに近づかないでくださいまし!』とか言われるんじゃ…)
…ありえる。仁亜は今日の天気と同じくどんよりとした。
隊長と一緒に会場まで向かっていると、ギリアムが歩いて来るのが見えた。
「おっ!ニアちゃんやっほー!…なんだ、アイザックもいるじゃん」
「相変わらず軽いですねぇ…おはようございます」
「おはようございます殿下」
「やだなーニアちゃん、アイザックとデートなんて。オレともしてよー」
「なっ、違いますよ。これから妃殿下と私でお茶会するんです。そうだ、殿下もヒマなら参加しましょうよ」
こうなりゃ巻き込んでやる!と思った仁亜だが、妃殿下と言った途端ギリアムの表情が引きつった。
「あ、あ〜それなら女の子同士のほうが楽しそうだからオレは遠慮しておくよ〜」
「えー、いいじゃないですか。二人の馴れ初めとか惚気話とか聞かせてくださいよー」
「う、う〜ん。そういうの、小っ恥ずかしいんだよねぇ。ヒルダに直接聞いたらいいよ〜。あ、お腹の具合が悪いからオレはこれで」
そう言ってお腹をおさえながらサーッと逃げて行った。仁亜はアイザックに問いかける。
「…完全に仮病ですよね」
「いや、そう言って本当に厠へ籠る事が多いから一概には言えない」
「前から思ってたんですけど、あのお二人は仲悪いんですか?」
「喧嘩している所を見たことがないし、子供もいるから仲はいいと思うが…」
「えっ子供いるんですか?!」
妻だけでなく子もいるのにあのチャラさかよ。最低だな。
「…なんか本当失望ですよ…女の敵だわ…」
「まあ夫婦間の事はわからないが…殿下にも何か事情はあるだろう。妃殿下がああだからな…」
「?何かあるんですか?」
「会えばわかるさ」
そう話しながら、二人は茶会場へ向かった。




