三代目とオッサン
「お前、またアホ毛が出ているぞ。もはや雑草だな」
「雑草であって欲しかったし、そうなら即引っこ抜いてましたよ」
仁亜は宰相の執務室を訪れていたが、開口一番にこの会話であった。アホ毛は結局、洗髪しても直らなかった。
なぜだ。この先会う人々にいちいち言われると思うと気が重い。
「まあ、お前の事などどうでもいい。私はシュルタイス=シェパード。この国の宰相だ」
「いや、あなたが呼び出したんですけど。犬みたいな名字ですね。私は仁亜です」
無表情銀髪イケメン宰相の名前を聞いて、ふと警察犬が頭に浮かんだ。怒ると怖そうだ。
「妻にも同じ事を言われたな。ニホンにいた頃に近所で飼われていたと」
「へぇそうな…ん?え?!奥さん日本人なんですか?!チュルタイシュ…えっと宰相様!」
びっくりして噛んだ。言いづらい名前だから宰相でいいや。
「何か今気色悪い呼び方をしようとしただろ。妻はニホンから来た二代目渡り人だ。
初代、二代目と続いてお前は三代目だな」
三代目かあ。某グループみたいだな…。
「じゃあその初代様のお話を聞きた…」
と、言いかけた所で遮られる。
「そんな時間は無い。初代についてはまた後日話してやる。今やってもらうのはコレだ」
そう彼が言って出してきたのは何やら文字が書かれている用紙だった。
「何ですかコレ」
「妻がお前について、聞きたいと言っていた事をまとめたものだ。さっさと書け」
「いや、読めないんですけど」
「マルタナアイ語が読めないのか?そんなに流暢に喋っているのに」
何だそれ、と思うと同時にハッとした。何で今まで気にしなかったのだろう。いわゆる異世界チート翻訳機能がついているのか。
確かに今宰相の話す言葉は理解できるが、よく見ると口の動きと言葉数があっていない。それがマルタナアイ語ってやつか。
今だって「阿呆だな」と四文字で聞こえるのに口はそれ以上に動いている。
…というか阿呆って失礼だな。
「…ああ、確かに妻もそうだったな。仕方ない、口頭で質問するぞ。お前の生年月日と年齢と性別と出身地と家族構成と…」
「早い早い!てか直接二代目とお話させて下さいよ。その方がてっとり早いじゃないですか」
「妻は妊娠中だからこの城までは来られん。年齢的に危ないからな。家から出ないように伝えてある」
「わあ、それはおめでとうございます。年齢的にって、おいくつなんですか」
「40だ」
「ああ、確かに心配になるかも。ふーん、姉さん女房なんですね」
「?何を言っている?私のほうが年上だぞ」
「え、じゃあ宰相さんの年齢って…」
「今年で47だが」
「嘘でしょ?!」
どうみても30代前半くらいにしか見えない。年齢不詳のイケメンか。でも…
「なんだ若く見えても結構オッサン…ぎゃああああああああ!!!」
グッとアホ毛をつかまれて引っ張られた。
「余計な事を言ってないでさっさと答えろ」
「痛いいい!わかった!わかりましたあ!答えるから手ェ離して下さいいいい」
そういうとパッと離された。おお痛い。
最初に会ったときから思った。なぜかこの人の前だと本音がポロッと出ちゃうんだよなあ。
「えーっと、私は捨て子だったから生まれた場所や詳しい生年月日はわかりません。
親や兄弟がいるのかもわかりません。施設の人に拾われた時は赤ちゃんで、そこから数えて今年で20歳になりました。S県A町育ちです、以上!」
捨て子と聞き、無表情だった宰相もさすがに哀れみの目でこちらを見ていたが、育った場所を聞いて驚く。
「S県A町か?妻がこちらに来る直前までいたという場所だな」
「えええええっ?!」
「ふむ…これは偶然ではないな。帰って妻に報告を…ああ駄目だ、今日は大事な会議があるか。もう時間だから面談は以上だ」
そう言って、宰相は仁亜にあるものを渡した。
「これはお前が球体から出てきた時に側にあったものだ。念のため部下に不審なものがないか調べさせたが、問題なかったので返すぞ」
「あ、私のリュック……と焼酎うううう」
それも転移してきてたのか。仁亜は驚きその二つを受け取った。あれ、なんか軽いなと思って焼酎のボトルを見ると…半分以上中身が減っていた。
「あああ焼酎の中身が減ってるううう!!さては誰か飲んだなああああ!」
キッと宰相を睨む。さてはお前か女顔。
「誰がそんな得体の知れない物を飲むか!…やたら大きいし怪しいだろう。部下がこぼして爆発しないか確認したり、聖水かと思って罪人に飲ませたのだ。そのうち酔っ払いだしたから酒だと分かったが」
「こんな度数の高い聖水があるかあああ!」
「若い女が酒を持ち歩いていたとは…不憫な子だとは思うが、飲んでばかりせずちゃんと未来を見据えていい伴侶を見つけるといいぞ。私と妻のように」
「大きなお世話だオッサンーーー!!」
ていうか、まだ一滴も飲んでないんじゃい!とツッコミをする仁亜だった。