酒と光には飲まれるな
初投稿です。よろしくお願いします。
S県A町には『喜楽』という温泉旅館がある。
大きな旅館ではないが、古くからあり源泉掛け流しの温泉と、人柄の良い名物女将がいる事で長らく愛されている。
ある日の夕暮れ時、その旅館に向かって一人の女性が全力疾走していた。
・・・・・・・
「まずい!すぐ戻るはずが遅くなっちゃった!」
私の名前は鈴木仁亜。高校を卒業してから『喜楽』に住み込みで働かせてもらっている。今日でハタチ。そう、20なのである!
「せっかくオ・ト・ナの仲間入りじゃ〜!お酒が飲めるんじゃ〜!と思って酒屋に行ったのに!買うだけでこんなに苦労するなんてっ。
やっぱり若い女が焼酎ってのが変だったのかな?」
町の酒屋のおっちゃんは最初こそ若い女の客が来たと嬉しそうだったが、カウンターに持ってきたものが4リットルの超ビッグサイズの焼酎だと見るや否や態度を変えた。
それ全部自分で飲むの?何かつらいことでもあったの?人生色々ある、なんでもおっちゃんに言っとくれ…と誤解され説明するのに小一時間かかったのである。
「成人のお祝いに旅館の女将と飲むんですーって言ったから誤解は解けたけど…おっちゃん心配性みたいだし、今頃旅館に電話してるなぁ絶対。
あーまた女将にからかわれるわー」
成人したら自分の稼ぎで買った酒を飲むのが夢だった。特に焼酎は旅館に来た年配のお客さんが美味しそうに飲むので、若い子か好むチューハイやカクテルよりよっぽど興味があった。
予算の都合上、今回は財布に優しい格安で大容量のお酒だけど。
この年頃の女の子って、右手には意識高い系の飲み物を入れたエコボトル、左には何が入るの?持つ必要ある?ってくらい小さいハンドバッグを手にしてモデル気取り歩きしてるものでしょ?(彼女の偏見である)
…しかし今日の仁亜はお値打ちのリュックを背負い、巨大なペットボトルを抱えてひた走りしているのであった。
セミロングの髪は走るのに邪魔だから、お団子にして。
「ふう!ようやく着いた!…ってあれ、足湯のほうで何か光ってる…?」
旅館の入り口の脇には小さな足湯がある。ここも旅館と同じ源泉が湧いているのだが、女将の好意で宿泊客でなくても無料で利用できる。その足湯からうっすらと光がもれていたのである。
「あれ?近づいたら全然光ってないじゃん。何かの見間違いかな…?じゃあ早く帰ってお酒お酒ー。
〜昔も今も〜友達さ〜俺もお前と〜っふへっ?!」
仁亜が歌いながら足湯に背を向けたその瞬間、辺り一面がまぶしい光に包まれたのだった。
・・・・・・・
とても静かだ、何も音がしない、と仁亜が思った時には既に異変を感じていた。
目を開けると辺りは暗闇。そして動こうとしてもひどい頭痛がする。誰かを呼ぼうと口を開けてもパクパク動くだけで声が出ない。ただ身体がフワフワと浮いている感覚がある…大の字で。
ふいに見ざる・言わざる・聞かざるという言葉と三匹の猿が頭に浮かんだ。今の状態は見えない、言えない、聞こえないの三重苦であるが。
(私気を失ってた?さっきまで足湯にいたのに…一体何が起きてるの?!あー頭が痛くて何も考えたくない…。
けど誰か来てくれるのを待つにしても、大の字はマズイ!今日ワンピースだし恥ずかしい!)
足を閉じようとするがやはり動かない。もっと力を入れようと、右手をぎゅっと握った。するとじんわりと温かくなり、やがて熱を帯びてきた。頭痛に耐えて拳を上げると中から光があふれ出した。
(…とりあえずこの暗闇をなんとかしたい!)
光がどんどんあふれ、暗闇を晴らしていく。頭の中の猿たちが頑張れ!と応援している。気がする。
「うわああああああっ!!」
と叫び、あっ声が出た!と思った時には辺りは黄金色に輝いていた。猿たちがまるでオリンピック開催が決まった自国の民のような喜び方をしている。
「なんだかどっと疲れちゃった…眠い…」
謎の達成感を感じて、仁亜はまた気を失った。大の字のまま。