5.訪問者
「申し訳ありません、先ほど連絡をさせていただきましたが、執事の仕事を辞めさせてもらおうと思います。姫奈様はもう友人だってたくさんいます。俺がいなくても大丈夫だと思いますのでご安心ください。それに何かあったら、仕事関係なしに助けますよ。仕事がなくても俺にとって姫奈様は大事にな幼馴染ですから……」
翌日の朝に時間をとってもらった俺は仕事を辞める旨を王牙おじさんに伝えた。彼は俺の言葉が予想外だったようで、困惑をした顔をする。
「ずいぶん、いきなりだね……一夜君と姫奈はうまくやっていたと思ったのだが……あの子が何か嫌な事をしただろうか? もしそうなら私の方から注意をするよ。それても待遇に不満があるならば、話を聞くよ。もちろん姫奈は大事だが、中学の頃からここに住み込みで働いてくれている君の事も息子の様に思っているんだ」
王牙おじさんの言葉に今度は俺の方が驚かされる番だった。確かに貞操帯こそつけられていたものの、姫奈と同じように豪華な食事をごちそうになったり、誕生日やクリスマスには俺にもプレゼントをもらったりとただの執事に対するには手厚いとは思っていたのだ。だからこそ嘘はこの人には嘘をつきたくないと思う。
「お優しい言葉をありがとうございます。姫奈様は俺にも優しくしてくれますし、お給料も十分すぎるほどいただいています。不満何てありません」
「じゃあどうしてなんだい……」
「俺は執事という立場でありながら姫奈様に恋をしてしまったからです……このままでは俺の愛馬が耐えきれそうにないんです」
「そうか……君の愛馬が……確かに我が娘は魅力的だ。宝石のようにきらめく金髪に、雪の様に白い肌、そして黒曜石の様に輝く瞳で見つめられたら誰でも恋をしてしまうだろう。私だって実の娘じゃなかったら恋をしていただろう。恋をしている相手が近くにいては君の愛馬も休まるときがなかっただろう……ずっと無理をさせていたんだね……すまない……執事には貞操帯をつける。これは我が家のしきたりなんだ……本当にすまないね」
しきたりだったのかよ……そういや運転手の七海さんも「一夜君も大変だね、女子高生にかこまれているのにさ」って股間を見ながら言われてなにいってんだこの人って思っていたが、どうやら貞操帯をつけさせられたのは俺だけじゃなかったから知っていたのか……
「いえ、むしろこの貞操帯のおかげで、冷静でいれた気がします。それと一言いいでしょうか?」
「うむ……なんだい?」
むしろ興奮するたびに襲いくる痛みのおかげで正気に戻れたのでまんざら嘘ではない。だけど、俺にはまだ言いたいことがあった。
「確かに姫奈様は美しいです、おそらく学園一……いや、下手したら日本一美しいです。でも、それだけじゃないんですよ。才色兼備な上に努力家であり、困っている人がいたら放っておけない優しい子なんです。昨日だって部活の子達一人一人に専用のテキストを作ってあげたりしていたんです。まさに天使ですよ!!」
「さすがだね!! 一夜君!! あの子は本当に心優しい子なんだよ。私がテレビドラマをみながら手作りのマフラーいいなぁって言ったら、二週間後に私にプレゼントをしてくれたんだよ。しかも使用人に聞いたら私が全部作るのって言ってたらしいんだ。本当に可愛くていい子なんだよ」
「ああ、それわかります!! 姫奈様ってそういう事ところありますよね。俺が小腹がすいたなって思った時にクッキーをくれたりするんですよ。しかも手づくりを!! 本当に可愛くていい子ですよね」
俺と王牙おじさんはしばらく姫奈のいい所を言い合って確信をする。ああ、俺は本当に姫奈の事が大好きなんだ。だからこそ、これからの事を真剣に考えるべきなのだ。王牙おじさんは本当に彼女の事を想ってくれている。だから、彼女を不幸にすることはないだろう。
「君はこれからどうするんだい?」
「とりあえずは久々の実家を楽しんで色々と考えてみようと思います。そして……場合によっては俺は王牙おじさんに不義理を働くことになるかもしれません」
「そうか……その時は君とは言え徹底的につぶさせてもらうよ」
俺の言葉に王牙おじさんは不敵な笑みを浮かべる。俺の意図を察したのだろう。今後は姫奈と会いにくくなるかもしれないが覚悟の上だ。
「そういえば姫奈には挨拶をしたのかい?」
「はい、でも、彼女は俺がいなくてももう、大丈夫だと思います」
俺は苦笑しながらここに来る前の彼女の反応を思い出す。意を決して俺がやめると言った時に彼女は少し硬い表情で「わかったわ……」とだけ言った。特に引き留める様子もなく、重い空気が流れたが、「学校では普通に会えるんだしそんなに気にしないでくれ」と言ったら「そうね……」とうなづいてくれた。
彼女とは中学からずっと一緒に暮らしていたのだ。彼女も多少はショックを受けた様子だったのは申し訳ないと思う気持ちとともに、俺にとって彼女は大事な存在だったのかなと嬉しかった気持ちが半分だ。
ああでも、少しは引き留めてもらえると思ったから少し悲しかったというのもある。だけど、もしも彼女に引き留められたら俺の決心は鈍っていたかもしれない。だから幸運だったともいえよう。
これでもう、後には引けなくなったのだ。俺は……自分の気持ちをしっかりまとめようと思う。
「いい目をするようになったね。何かあったら言ってくれ。先ほども言ったが私は君を息子の様に思っているんだ。姫奈の事以外だったらできる限り力を貸すよ」
「ありがとうございます。俺も……王牙おじさんの事は大好きですから」
そうして、俺は後ろ髪を引かれながらも屋敷を去った。善は急げというわけではないが、その日は学校を休ませてもらって、荷物をまとめて久々に実家に帰った。いつの間にか引っ越し用の業者を手配してくれたり、退職金代わりと言って様々なものを王牙おじさんは俺にプレゼントしてくれた。
実家に帰ると父は驚いたが、俺が自分から辞めたと知ったら安心したらしく、これまでお疲れさまと俺の大好きなハンバーグ屋さんに連れて行ってくれた。だけど……屋敷で食べたハンバーグが恋しくなったのはここだけの話だ。
そして、次の日からちょうどゴールデンウィークということもあり、家族以外の誰かに会う機会もないまま、姫奈の事をどうするか考えていたが、全然思考がまとまらないこともあり、これまであまり行く事がなかったゲーセンやカラオケなどをぶらついたが、どこか空しさが残った。どこかに行っても姫奈と一緒だったらなと思ってしまう自分がいるのに気づく。
そうして、実家に帰って久々に仕事もないが寂しさを感じつつも平穏を味わっている時だった。スマホが鳴ったので出てみると王牙おじさんから電話が来た。
「もしもし、どうされましたか?」
『ああ、一夜君かな。休みの所すまないね。姫奈が行きそうな場所に心当たりがないかな? 家に見当たらないんだ』
「姫奈様が……わかりました。俺も共通の友人に聞いてみます」
『ありがとう、見つかったらすぐ連絡をくれ』
そういうと電話が切れてしまった。王牙おじさんも相当慌てているのだろう。姫奈は大丈夫だろうか? 彼女は他人に心配させるのをよしとするような性格ではない。何かの事件に巻き込まれたのか? 俺にできる事はなんだろうと考えているとチャイムが鳴った。俺が今はそれどころじゃないのにと思いながら出るとそこには予想外の人間がいた。
「姫奈……?」
「お願い一夜……私をかくまって……」
彼女はまるで家出をしたかのような大荷物を持って、申し訳なさそうな顔をしてそう言った。
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