2.黒乃姫奈という少女
「姫奈様、お疲れ様です!! 一夜君もお疲れ様。この前は部活の助っ人ありがとうございました!!」
「ええ、皆さんお疲れ様。来年は部員がそろうといいわね。また、何かあったら声をかけなさい。私にできる事ならなんでも手を貸すわよ、もちろん、一夜もね」
「もちろん、お嬢様の命令とあれば何でも手伝いますとも」
迎えが到着したという連絡が来たので、俺達が校門へと向かっていると様々な生徒から声をかけられる。姫奈は部活の助っ人をしたり、委員会などの手伝いをしていることもあってか、色んな生徒から慕われているのだ。
「姫奈様お疲れさまー。また勉強教えてねー」
「ああ、姫奈様……今日もお美しい……」
気楽な感じで声をかける女子や、中には熱烈な視線を送る女子もいるようだ。そんな生徒たち一人一人に彼女は手を振ったり、笑顔で返したりと彼女はそつなくこなしている。しかし、そんな彼女もたった一つの質問で、顔を真っ赤にして固まった。
「姫奈様と、一夜君はいつもいっしょにいるよね。付き合っているのー?」
「え……あ……う……」
「はーい、姫奈様は車が待っているのでもう行きますよー、失礼します。皆さんまた明日ー」
俺は顔を真っ赤にしながら口をパクパクとして、救いを求めるようにこちらを見つめている姫奈の手を取って車の方へと向かう。彼女はどうもこういう恋愛ネタだけはクソザコなのである。
それは彼女の家の教育方針で、変な虫がつかないようにと、女性が多い学校に通っているのと、彼女の財閥のお嬢様という事とやその美貌に、気軽に声をかける度胸のある異性がいなかったのも原因だろう。
俺に手を引かれている彼女を見て、一部の生徒がキャーキャーといっているが、それももう慣れたものだ。
「今日もお疲れ様ですぞ、姫奈様、一夜君」
「七海、今日もお疲れ様」
「七海さんいつもありがとうございます」
俺が校門前に止まっている車の前に行くと、運転席から、40歳くらいのきっちりとしたスーツを着た初老の男性が出てきて、姫奈にお辞儀をする。彼は姫奈専属の運転手であり、子供のころから送迎をしているため俺との付き合いもかなり長い。
姫奈は多少落ち着いたのかいつものように澄ました顔で七海さんに挨拶をしているが、少し顔が赤いのは気のせいではないだろう。そんな姫奈を見守るように見つめながら七海さんは声をかける。
「今日もお嬢様は学校を楽しめたようでなによりですぞ。それにしてもお二人は仲良しですな」
「え? 仲良し……?」
「あ……この手は……その……一夜!! いつまでも手を握っているのよ!!」
七海さんの言葉で手をつなぎっぱなしだったことに気づいた俺達は慌てて手を放す。改めて指摘されるとかなり恥ずかしい。とはいえ、執事とお嬢様が手を繋いでいたらあらぬ誤解を受けそうである。俺は事情を説明しようと口を開く。
「これはですね……」
「ふふ、一夜君、私とてお二人をずっと見てきていますからな。大体事情はわかりますよ。お嬢様のピンチを救ってくれてありがとうですぞ。二人はまるで、騎士とお姫様の様ですな」
「うん、一夜はいつも私が困ったら助けてくれるのよ」
そう言うと姫奈はさっきまで俺が握っていた手をさすりながら恥ずかしそうだけど、嬉しそうに笑った。なんでこのお嬢様は俺にだけはツンツンしているの!? まあ、可愛いからいいんだけどさ。
「さあさあ、お二人とも車にお乗りください。夕ご飯に間に合わなくなりますぞ」
「わかっているわ。行くわよ、一夜」
「はいはい、わかりましたよ、お嬢様」
七海さんの言葉に従って姫奈が乗り込むのを確認して、俺も隣に座る。本当は助手席にすわるべきかもしれないけれど、姫奈の話し相手も俺の仕事のうちだからだ。というのは建前で、俺が助手席にいると姫奈が拗ねた顔をするのである。まあ、俺としても彼女の会話は楽しいので不満はない。というかむしろ嬉しい。
「全く困るわよね、クラスの子達ったら……私達の関係を勘違いしているんだから……その……一夜は嫌じゃなかったかしら?」
「もちろん、嫌ではありませんよ、姫奈様……痛っ!!」
俺の他人行儀な態度に姫奈が拗ねた顔をして、足を踏んできやがった。だって、七海さんいるしさ……と思って彼に助けを求めるように見つめるとルームミラー越しにウインクをしてくれた。どうやら雇い主である姫奈の父には内緒にしてくれるようだ。ありがとう、七海さん。俺は心の中でお礼を言う。
「別に嫌なわけないでしょ。大体そんなの中学からずっと言われているんだよ。本当に嫌だったら姫奈の執事何てやるわけないでしょ」
「ふーん、一夜は私と一緒にからかわれるのが嫌じゃないんだ……えへへ」
そう言うと彼女は少し顔を赤くしてはにかんだ。その表情があまりにも可愛らしくて、俺は思わずどきりとするとともに愛馬が反応しそうになったので、自分の膝をつねって誤魔化す。危ない……長男だから、我慢できた……次男だったら我慢できなかった……
「そういう姫奈はどうなのさ、俺と恋人みたいって言われるのさ」
「別に嫌じゃないに決まってるでしょ。だって私と一夜はそう思われるくらい仲良しって見られるんでしょう。私にとって一夜は執事である前に大事に幼馴染なんですもの。嬉しいわ」
俺の言葉に彼女は満面の笑みで答える。大事な幼馴染か……嬉しいけど少し複雑である。話は終わったとばかりに彼女は棚を開けて七海さんが用意してくれている漫画に手を伸ばす。その頬が少し赤いのは気のせいではないだろう。自分で言って恥ずかしくなったな、このお嬢様は……
そんな彼女を見て、可愛らしいなと思いつつ、俺も少し恥ずかしくなってきたので、漫画本を読むことにする。
『幼馴染ヒロインっていいよなって言ってからいつもつるんでいる後輩が幼馴染を自称するようになったんだが……』
『片思いの幼馴染に惚れ薬を飲ませてみたがいつもと態度が変わらない件について』
『幼馴染しか勝たないラブコメ』
『お嬢様は告らせたい』
なんかずいぶんと偏りがある気がするんだが……俺は七海さんの性癖に疑問を抱きながらも漫画を読むのであった。
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「一夜君、姫奈はどうだったかな? 今日も特に問題はなく学園生活を過ごせていただろうか?」
「はい、今日も学友と勉学に励んでおりましたよ」
「彼女に寄り付く虫はいないだろうね」
「はい、彼女のクラスは女子だけですし、部活の文芸部も男子は俺しかいませんので、大丈夫かと……」
帰宅した俺は姫奈の父である王牙おうがおじさんに今日の彼女の行動を報告していた。もちろんこの事は姫奈も知っている。これは俺の執事の仕事の一つで、中学からの習慣である。王牙おじさんはよほど、姫奈が可愛くて心配なようで学校の様子をやたらと聞きたがるのである。
「そうか、君のおかげで彼女も学校に馴染めているようでなによりだ。ああ、すまないね、これを外そう」
王牙おじさんがボタンを押すと俺の貞操帯が外れる。おお、俺の愛馬が楽になる。そう……俺が姫奈の執事をやる際の条件というのが、学校ではこの貞操帯をつけるという事でなのである。姫奈の事が大好きすぎて心配しすぎる王牙おじさんは俺が万が一にもエッチな事をしないように身に着ける事を義務づけられたのだ。宦官かよって感じだし、マジで頭おかしいんだけど、中学の頃の俺は大して疑問も持たずにオッケーしちゃったんだよね。
「すまないね、一夜君、君を信じていないわけではないんだが、うちの姫奈は可愛いだろう? 微笑み一つで見るものを魅了し、耳元で囁けば全ての男性が彼女に夢中になってしまう。幼馴染の君とはいえ万が一があるかもしれないからね。実際君も姫奈にムラムラするだろう」
「いやいや、俺と彼女は幼馴染ですし、ムラムラしませんよ」
「ふむ、つまり……うちの娘には魅力がないと……」
「いえいえ、すごい魅力的です。今日も貞操帯がないとやばいなってシーンが何回もありましたね!!」
それまで申し訳なさそうにしていた王牙おじさんがいきなり無表情な顔になるのは無茶苦茶怖かった……この、娘を溺愛しすぎるのさえなければ本当にいい人なのになぁ……俺は内心大きなため息をつく。給料も学生のバイトでは考えられないくらいくれるし、通っている高校の学費だって払ってくれているのだ。元々俺がここに住んでいるのも幼い姫奈が俺とずっと一緒にいたいと駄々をこねたからだ。王牙おじさんはその様子をみて、本当に申し訳ないがよかったらうちに暮らしてくれないかと言って頭を下げてくれたのだ。
「姫奈はとても魅力的だからね、彼女には一流の人間を婚約者として用意しようと思っているんだ、それまでは変な男に彼女がひっかからないように守ってくれたまえよ、ああ、ちなみに娘に手を出そうとした奴がいたらおしえてくれたまえ、私の権力の全てを使って、捕えて〇〇〇をちょんぎってやるさ」
「はい、もちろんです。チャラ男が声をかけてきたら速攻RTAリアルタイムアタックでぶっ倒してやりますよ」
「ふふ、本当に頼りになるね。あと……わかっているとは思うが姫奈に手を出してはいけないのは君も例外ではないからね」
「……ええ、もちろんです。そうなりそうになったらちゃんと身を引きますよ。それでは失礼します」
笑いながらそういう王牙おじさんのその一言に俺の愛馬がきゅっとなった。この人は本当にやるだろう。婚約者か……まあ、彼女はとても魅力的なのだ。相手には困らないだろうし、王牙おじさんの眼鏡に叶った相手ならば問題はないだろう。
俺は胸がずきりとするのに気づかないふりをして、自分の部屋に戻ることにする。わかっていたことだろ、俺と彼女とでは身分が違うのだ。
そもそも、貞操帯がなくても絶対に姫奈に手をだすわけにはいかないのだ。俺が彼女に変な事をすれば普段は優しい王牙おじさんでも本気で俺の愛馬を飛ばすだろう。執事になった時にも「彼女には手を出さないようにね」と言われているのだから……
それにだ……彼女いわく俺は大事な幼馴染らしい。そんな風に俺を信頼している彼女に好意を示せば今の関係は崩れるだろう。
そういう意味では今日は危なかった。マッサージの最中の姫奈ちょっとエロ過ぎない? 姫奈は昔みたいな距離で来るけど、俺はもう男子高校生である。年相応に恋愛にも興味はあるし、その……エッチな事にも興味はあるのだ。だから少し気を付けないとなぁ……などと今日の出来事を思い出しながら部屋の扉を開けた俺を待っていたのは信じられない光景だった。なんで姫奈が俺のベットで横になってるんだよぉぉぉ、しかもなんか枕の匂いと嗅いでいない?
本日二話目です
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