1/桜色の手作り弁当
<ギャルゲ平和条約第1条>
個別ヒロインが決まったら、他のヒロインはサブヒロインになる。
主人公にアタックしてはいけない。
陰ながら支え、助けなくてはいけない。
でも、この作品は共通ルートですがヒロインは1人です(笑)
●定食屋”恵比寿”(朝)
十六夜商子の朝は、いつも決まった事の繰り返しだ。
毎朝5時に起床。家族の誰よりも早く起き、厨房に火を灯す。昨晩の仕込みを冷蔵庫から取り出し、店主である父と切り盛りする母を迎える。
両親に挨拶をしつつ、残りのサイドメニューの準備を済ませる。メインは両親に任せ、商子は奥の座敷部屋へ吸い込まれていく。
「おはよう、お爺ちゃん」
と、サンダルを脱ぎ、居間の座敷へ上がる。ちゃぶ台には祖父が新聞を広げている。だが、孫の挨拶に反応はない。それも当然、耳が悪い祖父に聞く耳などないのだから。
6時半になれば、この座敷で朝ごはんが出てくる。そうした十六夜家のルールを、身体が覚えているのだろう。祖父は無言で新聞の経済面をめくる。
商子、気にせず奥の台所に立つ。手慣れた手つきで食材を扱い、瞬く間に和食が出来上がる。白米に味噌汁、焼き魚、煮物や和え物、そして納豆。ご飯や煮物は昨日の残りだが、それ以外は朝の即興手作りだ。
まずは、そこでじっと待っている祖父にそれを並べる。湯気が立ち上るご飯や焼き魚の香ばしさにつられて、新聞が折りたたまれる。小皿に盛られた和え物や煮物が食卓を彩っていき、祖父の目から段々と鋭利さが失っていく。最後に添えるは、熱々の緑茶と納豆。これで祖父は頷き、黙って食事をし始めるのだ。
「少しは喋んなさいよね」
と、聞こえない悪態をつく商子。祖父の満足顔を拝めたという事で、両親も呼ぶ。
「父さーん、母さーん。朝ごはん出来たよー!」
応、と野太い声が返ってくる。あちらも1段落つけば、朝食をとるだろう。その間に、商子はもう1つの仕事をこなす。
台所の隅、朝食のおかず達が皿の上にのっていた。それを2段型の弁当箱につめていく。上部には色とりどりのおかず、下部には艶めく白米。
「これでこっちも出来上がりっと」
今日は久しぶりに、大好物の桜でんぶでも入れてやろう。下部の半分が桃色に染まる。湯気で毛羽立つでんぶに、上部で蓋をする。箸が入ってる事も確認して、専用の保温ケースに入れる。
時計を見上げれば、そろそろ7時頃。仕込みにキリを見つけて、両親は食卓を囲んでる。母親が、商子を呼ぶ。快活な返事をして、商子もその中に溶け込む。
老舗和風定食屋”恵比寿”。
このお店の売りは、地域密着による開店時間の早さだ。他の飲食店とは違い、開店時間は8時から。朝は近所のお茶飲み場として、昼は憩いの食堂として、夕方はお袋の味で勤続者を迎える温かい場所だ。
それこそが『ご近所に好かれる台所』をモットーにした祖父から受け継ぐ、大衆食堂”恵比寿”である。
その1人娘、兼看板娘が十六夜商子。
子供の頃からガキ大将と名を馳せてきた、根っからの男勝り。レディース時代になぎ倒してきた男は数知れず。
ポニーテールでまとめていた茶髪。狐目に吊り上がった瞳。
エプロンを脱ぐとわかる、細いボディライン。白いキャミソールと藍色のジーンズパンツがよく似合う。
胡坐をかきながら、自分の作った朝食を平らげる。両親は食器を台所に片づけてすぐに厨房へ戻った。
ぽつんと、まだ食事をとっている祖父を尻目にシャツを羽織る商子。朝食の後片付けは、祖父が食べ終わった後だ。今はコレを届けにいくとしよう。そろそろ起こさないと彼が遅刻してしまう。
弁当箱の入ったケースを片手に、裏口から外へ出る。細い道を挟んだすぐ先に年季の入ったアパートが建っていた。
歩いて数秒。苔が生えた石垣、傾いた看板には”七福荘”と書かれていた。見るからに2階建てのオンボロアパート。築50年くらいは経っただろうか。家賃3万円の、最寄り駅まで徒歩20分。部屋は全部で10つ。そのうち入居者は6名ほど。
その入居者の、103号室。”俣野”という名札がかかった塗装の剥げた扉をノックする。
返事がないため、もう数回。しかし中の住民が動く気配はない。
「……あのアホ……」
今日締め切りの課題が終わってないから早く起こして欲しい。そういったのは誰だろうか。この状態だと九分九厘、まだ夢の中だろう。
後頭部をかきながら、もう一方の片手で濁った朱色のポストに手を入れる。慣れた手つきでまさぐり、テープ止めされた合鍵を取り出す。がたつくドアノブに、その鍵を差し込む。
「入るよ。ってうわぁー!?」
案の定、課題が終わっていない本人は寝相悪く眠っていた。ティーシャツにトランクス姿。手足は壮大に広がり、右手だけパンツの中に潜り込んでいる。枕や布団も意味をなさず、あらぬ方向へ飛んでいた。
「……はぁ……」
今さらながら、やはり甘やかしすぎだろうか。それは、これまで何十回、いや何百回も頭をよぎってきた不安と疑問。
――だがまぁ、しかし……仕方ないか……幼馴染だし。
こんなあられもない姿でも、腐れ縁だ。男だろうが、女だろうが関係ない。コレは商子がよく知る人物、俣野縁だ。
部屋が汚かろうが、台所は片付いていなかろうが。
床の至る所に漫画が散乱してようが、ゴミ日になっても捨てていないゴミが溜まっていようが。
彼、俣野縁は商子にとって、幼馴染であり。
いつまでも頼りない弟分であり。
世話の焼きがいある店子であった。
「ったく、これじゃどっちが大家だかわかんねぇよ」
と、部屋に上がって荒れた台所に弁当を置く。上着の腕をまくり、肩を回す商子。まずはコレの阿呆を起こす事から始めよう。
「――さぁ起きろ! この寝坊助がッ!」
雑魚寝する縁の腹を蹴飛ばす。横暴な態度は大家の特権、勝手知ったるは幼馴染。腹を抱えて丸くなる縁を放っておいて、商子は床のゴミを片付け始めた。
読了ありがとうございます!
じっくりと、作風の味を出せていけたらいいと思ってます。
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上がったテンションを、作品にぶつけていきますので(笑)