11/恋心の棘
本当に申し訳ないことに、ずっと筆が止まってました。
化石になった気持ちを思い起こしつつ、続きを書いてみました。
言い回しの劣化が激しいのが否めないですが、気になった方には一読いただければと思います!!
●出版社”傑作館”/4F職員フロア(夕方)
江崎嵐は、頭を悩ませていた。
理由はその右手に握られた、携帯画面。液晶に映る差出人にだ。『俣野縁』と記された連絡者。その文面を伏し目で見下ろしながら、ずっと頬杖をついている。
会社の自らのデスクで、珍しく手を止めていた嵐。そこへ後輩の佐藤が、背後から話しかけた。
「先輩、これから外出してきますね。そのまま直帰するのでお願いします」
「………………」
「……あのー……」
「………………」
「先輩? 聞いてます?」
「…………え、ああ。なに?」
と、やっと耳元に届いた佐藤の声に戸惑い、携帯を裏返す。
佐藤自身、携帯に視界が入ったが、差出人に思い当たる節はなかった。取引先や編集関係者でもなかったはず。一体誰だろうか。後ろ髪ひかれつつも、目の前の嵐へ視線を戻す。
「いや、だから外出してきます。こっちに戻らず、直帰するので」
「わかった。いってらっしゃい」
ふい、と嵐が佐藤に背中を向ける。これで会話が終わったらしい。これ以上、話すこともないのだが、妙に冷たくあしらわれた錯覚がするのは勘違いだろうか。
佐藤、気に留めて仕方ないと思い、カバンを片手にフロアを後にする。
「…………はぁ……」
と、忙しない周囲を見渡し誰も近くにいないことを確認する。再度、携帯画面を表にする。
>俣野縁
『今日の夕方、そっちに作品を持ち込むんだ』
『それでタイミングが合えば、たまには一緒に帰らない?』
『近くのスターカフェで待ってます』
連絡の着信は、正午ごろ。しかも現在はその夕方だ。そろそろ縁の用事が終わっていてもおかしくはない。未だ返信もしていないままの文面を見て、途方に暮れる。
――どうしよう。どうすれば。
どう答えればいいのか。せめて返事だけでも送りたいが、頭の中がグルグル回って思考がめぐらない。そうこうしているうちに、着信音と振動が新しい連絡を知らせてくる。
画面を開いたままになってので、新しい文面も既読表示になってしまった。憎たらしい機能や淡い後悔に頭が重たくなる。
>俣野縁
『終わった。まだ会社にいる?』
『忙しかったらごめん。少し時間潰してるから』
既読無視されていると思ったのだろうか。いや、実際にしているのだが。どうにも指先が動かない。
「…………馬鹿みたい……」
この歳になって、初心な生娘になった気分だ。仕事関係の返信ならすぐさま返すのだが、彼に対してはどうも積極的に動く気が失せてしまう。
部下には非効率や時間浪費を詰めているくせに、今の自分はどうだ。幼馴染への返信もそうだし、さきほどから仕事が全く進んでいない。
これではいけない――と思い切った挙句、手早く返信を打つ。
>江崎嵐
『ごめん。今、忙しいから』
至極、単調な文面。ありがちな理由。だがそれを突き付けておけば、相手も深く立ち入ってこないだろう。
なにより返信するや否や、嵐は携帯をバックに押し込んだ。忙しくてメールを確認できなかった事にしよう。そう思いつつ、嵐は残りの仕事に手をつけた。
××××× ××××× ×××××
明確な目安はなかった。最後のメールから3時間ほど経った後。溜まっていた仕事も一区切り――いや、がむしゃらに明日以降の仕事もしてしった結果、夜になってしまった。
常に時間の管理がシビアな彼女にとって、珍しい失態だった。
ビル街の照明が、休む事なくノッポな建物を照らす。織りなす車のライトが飛び交い、同じように歩道で数多くの人が行き交う。それをフロアの窓から眺める嵐。
――そろそろ大丈夫だよね。
と、甘い観測と安堵。流石に3時間も待たされて、まだ喫茶店にいる事もないだろう。きっと呆れて帰っていることだろう。
「それではお疲れ様です。お先に失礼します」
嵐は残った周囲の同僚に挨拶をして、下のエントランスへ降りる。最中、携帯は触らない。なぜならメールを読むのが怖いからに他ならないからだ。
●出版社”傑作館”/1Fエントランスフロア
エレベーターから下りて、受付カウンターの社員に会釈をする。小奇麗なフロアを出ると街並みの喧騒が待っていた。
いつもの帰り際の風景。だが、どこかしら落ち着かない足取りで足早に最寄り駅へと足を運ぶ
道中、できる限り道路の垣根側を意識して歩いていく。理由は当然、彼に見つかりたくないからだ。
出版社から数軒先に連なるスターカフェ。普段、打ち合わせやコーヒーを楽しみたい時に活用しているが、今日ほど恨めしいと思ったことはない。
通らざる負えないこの立地、歩行者を眺められる大きな店の窓。まだ、縁はいるのだろうか。
「………………」
つい、スターカフェを流し見てしまう。窓際のテーブル席が5席ほど。数人背中をこちらに向けて談笑している。
――いた。
店内の端、ちょうど真横から彼の姿を認識できた。嵐が避けていた人物、俣野縁その人である。
「……あー……もう……」
思わず、言葉にならない声が漏れる。呆れを通り越したからか。このまま通り過ぎる自分に嫌悪感を抱いたからか。いや、自分への嫌悪が強いか。とにかく、つくづくこうしたやり取りが心底もどかしい。
――いつからこんな積極的な子になっちゃんだろ……昔はもっと臆病で聞き分けがよかったのにな……
純粋な好意を向けられても、今は答える事はできない。
そう、5年前にキッパリと伝えたはず。
だが、彼は時たまこうして彼女の目の前に現れる。
それも強引に、時や場所をわきまえずに。
嬉しいのか。悲しいのか。うっとうしいのか。
それらの感情が入り混じるが、名前をつけず、区別する事もないまま。
加えて、人の好意も素直に受け取れない自分が腹立たしいのもある。
それは既読になったままのメールが物語っている。
かつての告白、淡い恋心。
約束という薔薇に覆われ。
後悔という棘が、触る者を傷つける。




