10/羞恥する雪女
●出版社”傑作館”/4F職員フロア
江崎嵐は非効率な事は好かない。
なぜなら時間が必要以上に浪費するのは、不利益だと信じているからだ。
余計な時間浪費こそ、百害あって一利なし。物事に対しての適切な時間配分で、効率よく動く事が重要だ。
過去の日本の話になるが、過剰なばかりの叱責や説教が盛んだった。今ではパワハラなどと呼ばれ、社会人ならば忌み嫌われる言葉となっている。
彼女も過去、そうした現場に立っていた事もある。だが、1ついえる事があった。
上司の教訓や叱責を聞いているだけで、将来の自分のためになるのだろうか、と。ただの時間の浪費ではないか、と。
30分も延々と上司から話を垂れ流されても、数時間後にはどうせ覚えていないのだ。それは彼女にとって、覚える価値もない時間だ。
したがって、嵐の後輩への対応は決まって簡潔だ。問題と改善だけを突き詰めるだけでいい。
「今朝はすみませんでした!!」
頭を下げてくる佐藤。せっかく打ち合わせの進行役を任されたのに、とんだ失態をして深く反省している。
「いい、別に。謝っても時間は戻らないし。寝坊した理由は?」
「……その……寝る前に、今日の打ち合わせについて考えていたら眠れなくなりまして……寝たのは朝方でしたッ!!」
「前回の寝坊も同じ理由。前回の、改善点は? 覚えてる?」
「……前日までに目覚ましを3回分セット、そして決まった時間に就寝する事ですッ!!」
「それはちゃんと確認した?」
「しましたッ!!」
「じゃあなぜ、寝る前に打ち合わせの事を考えたの?」
「……それはその……心配になって、上手くできるか……」
では次はどうすればいいのか。子供の躾ではないのだから、私生活まで首を突っ込めというのか。
嵐、頭を抱える。左右に首を振ると、背中に回したサイドテールがゆっくりと揺れている。心なしか、その垂れ方が元気のないようにも見える。
「おーい、江崎ぃー! 新人いびりも大概にしろよー!」
通りがかった先輩編集者。手元の丸めた雑誌で、嵐の肩口を軽く叩いていく。
「セクハラです」
「はは、手厳しいなー!」
と、皺だらけのワイシャツの背中をかきむしりながら、フロア出入口へと消えていく。
「…………」
「まぁいい。理由はわかった。今度の打ち合わせの前夜は、早く寝なさい。それに仕事の事を考えるのも禁止。いい?」
「はい、わかりました……」
「簡単でいいから、私に報告書を出しなさい。何時まで寝て、何時に起きるそんな簡易スケジュールもつけて。ちゃんと『早く寝る事』。それが貴方の次の課題よ」
はい、と弱々しく答える佐藤。
「…………」
少しプライべートに干渉すぎかとも思う嵐。だが、その反省も兼ねないとまた同じ事が起きる。そうした改善点を、要領よく、簡潔に。それを伝える事が大事だろう。
「これで話は終わり。報告書は明日までに」
「あれ、まだやってんか。ずいぶん長い説教だなー」
「……今、手短に終わりました。茶々入れるのよしてください」
おそらくトイレだったのだろう。また同じ格好で戻ってくる先輩編集者。人懐っこい顔で嵐と佐藤を弄ってくる、良き男性だ。
嵐自身、新人だった頃には彼には世話になったほど。今でこそ気楽な間柄になったが、先輩編集者には頭が上がらない。
「おいおい、佐藤。コイツに泣かされなかったか?」
「い、いえ……そんな事は……」
先輩、タバコ臭い腕を、佐藤の首に回してくる。メガホンのように丸まった雑誌の先を嵐に向けた。
「コイツな、お前みたいな新人だった頃になんて呼ばれてたか、知ってるか?」
「え?」
「……先輩、黙ってください」
「えーいいだろー? ああコイツな……昔は”雪女”って呼ばれてたんだぜー?」
雪女、とオウム返しをする佐藤。
「担当についた作家には『面白くない!』 言い寄ってくる男には『興味ない!』 後輩を教育させたら『優しくない!』の3拍子だったんだぞ?」
「…………あー」
確かに、とつい納得してしまう佐藤。流し目に嵐を見ると、睨み返された。
「ついたあだ名が”白銀の雪女”。他人を冷たくあしらうその様が、妙にピッタリでさー」
「……名付けたのは、先輩じゃないですか」
「あれ? そうだっけ?」
「白を切る暇あったら仕事してください。ほら、あちらで編集長が呼んでますよ」
いけね、と頭をかきながらその場を後にする先輩。
「…………なに。文句でもある?」
「……いえ、全く。これっぽちも……」
佐藤、嵐の鋭い視線から逃げる。だが彼は見逃さなかった。ほんの少しだけ、嵐の頬が紅潮していた事に。
佐藤には見せる事がない彼女の表情、その変化。先輩を羨ましく思う反面、いつか先輩にいってやりたい事ができた。
きっと”雪女”と呼ばれるのは間違いだ。どこに頬を赤らめる”雪女”がいるのだろうか、そう佐藤は思ったのだ。
読了ありがとうございます!
じっくりと、作風の味を出せていけたらいいと思ってます。
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上がったテンションを、作品にぶつけていきますので(笑)




