9/鬼教官の横顔
やっと正ヒロイン登場です。
パンツスタイル × スーツは鉄板です。
これからヒロインと主人公がメインになってきます。
●出版社”傑作館”/3F会議フロア
「おはようございます。今日はご足労いただきありがとうございます」
江崎嵐の仕事基準は、時間である。
月並みにいえば、時間は有限である。有限な、際限のある中でどれだけ効率よく動き、利益や結果を出せるのか。それが、仕事ができる人かどうかのパラメーターだ。
当然、時間をかければ、その分だけ結果は上振れするだろう。しかしそんな事が通用するのはアマチュアだけだ。
プロはプロらしく。限られた時間で、結果を出す。心血を注いでも絞り出す。それがプロというものだ。その目安となる時間に対して、ルーズでは絶対にいけない。
「おはようございます、江崎さん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
会釈する2人の男性。談話室として区切られた空間にソファが2つ、計4人分の席。向かいにはその2人の男性――若い原案提供者と初老の小説家が座っていた。だが、嵐の横は空席。
そろそろ打ち合わせの時間だというのに、情けない事だ。腹が立つ。
仕事は1人で成すわけではない。1つの仕事に対して、様々な人間が関わっている。集団で仕事をし、円滑に仕事をこなすためには期限を守る必要がある。
したがって約束事や締め切りなどを守らないのは、彼女にとってタブーであり逆鱗に触れる事。それにより、彼女のみならず周囲の人間も時間をドブに捨てたと同義になるからだ。
「…………遅い……」
嵐、左腕の腕時計を睨み続ける。少々無礼だが、パンツスタイルの両足を組み、ヒールのつま先がリズミカルに上下する。貧乏ゆすりと同じ行為に似ているその行為。
大きく揺れてはいないが、彼女の形相から伺うに機嫌が悪い事この上ないだろう。
「どうします? 始めちゃいますか?」
初老の小説家が、恐る恐る問う。嵐は娘と同い年くらいの年代だが、妙な貫禄や憤る態度にどうも言葉が弱くなる。
「……ええ、そうですね。大変遺憾ですが、私が代役を務めますのでよろしくお願いします」
と、組んでいた足を直し一礼する。
××××× ××××× ×××××
10分後。
「――すみません!! 遅れて!!」
仕切られたブースに駆け込んでくる1人の男。新人編集者の佐藤だ。今年度から嵐とペアになって、目の前の小説家の作品を世に売り出すはずの編集者の卵である。
本来ならば、今回から彼が主導を切って打ち合わせをするはずだった。しかし現状通り、彼は遅刻し補佐役だった嵐が進行して取りまとめていたのだ。
「遅い。今、何時だと思ってる?」
と、薄紅に彩られた唇から怒気の孕んだ声。怪訝そうに右肩へ流したサイドテールを背中に払う。
「ホントすみません!! 目覚ましがセットされてなかったみたいで! それで急いで電車に乗ったらそのまま寝過ごしちゃいまして!!」
「言い訳は結構。まずはお待たせしてしまった先生方にお詫びを」
「はい、申し訳ございませんでした!!」
最敬礼より腰の曲がった謝罪。彼にとって手慣れているのでお手の物だろう。こうした打ち合わせに遅刻した事は初めてではないのだから。
「ああ、いいよ、うん。気にしないで」
「そうそう、ほら頭を上げてくださいよ」
仕切り直しとばかりに、佐藤を席に促す作者勢。失礼しますと座っても、その横で鬼の仮面を被っている嵐は無言でこちらを睨んでいた。
「あとで私に報告書」
と、端的に耳打ちする。不謹慎ながら、鼻腔をくすぐる香水が脳を揺さぶる。
「……はい……かしこまりました……」
「さあ時間にルーズな人も来た事ですし、残りも進めてしまいましょう」
一笑する作者勢。片や、ひきつった笑いを絞り出す佐藤。それを尻目に打ち合わせの内容をテキパキと決めていく嵐。
遅刻した佐藤には進行を任せず、半ば嵐が務める。向かいの質問にも適度に答え、その経緯を説明。そうした数回の応酬で相手を納得されて、円滑に内容を消し込んでいく。
「…………」
話の流れについていくだけで精一杯の佐藤。会話に頷きつつも、彼女の言葉や言い回しを目に焼き付けていく。
やはりというべきか。今回の遅刻は大失敗だったが、すでに済んでしまった事だ。しっかり切り替えていこう。
『失敗をした時は、迷惑をかけた相手にお詫びする事。言葉の謝罪だけじゃなく、行動や迅速さで示しなさい』
以前、初めての遅刻した時に嵐はそういった。もしかしたら彼女には当たり前すぎて覚えていないかもしれない。しかし佐藤にとっては座右の銘に等しいものだった。
――だからだろう。火照った身体と反対に、その頭は冴えきっていた。この時間を無駄にしてはいけない、と。
他3人の所作を気に留めながら、滞りなく打ち合わせが進むように善処していく。嵐の舌戦や作者勢の顔色を確認していく。
少し原案者の表情が陰った時、心配された悪いイメージを払拭するフォローをいれる。嵐もそれを認めながら、いつもの落ち着いた様子で言葉を続けた。
「――では、これで打ち合わせは終了します。ご質問がありましたら佐藤までお願い致します」
と、整った吊り目が佐藤を向けられる。
同時に、佐藤の胸の鼓動が大きくなる。緊張か、はたまた恐怖か。他人には微笑む顔が、自分には厳しい鬼の形相。そんな仮面を付け替える彼女にどんな感情を抱けばいいのか。
たまにわからなくなる、佐藤だった。
読了ありがとうございます!
じっくりと、作風の味を出せていけたらいいと思ってます。
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上がったテンションを、作品にぶつけていきますので(笑)




