6.β隊
約 100mほどの長さも、この体には関係ない。
瞬きの間に一匹目のイミテーション の喉笛を食い千切る。その血肉からは芳醇な香りと共に今まで感じたことのないほどの旨味が口内を満たす。飲み下した後は血肉のエネルギーが体を満たし、自身の 力が強化される感覚がする。 だが、まだだ。まだ足りない。この空腹を満たすには、この程度じゃ足りない。
続いて残りのイミテーションも次々と屠っていく。ああ、早く跡形もなく喰らってしまいたい。どいつもこいつも邪魔だ。食事の邪魔だ。 そして最後の一体となったとき、急にパンっと乾いた銃声が響き渡る。その玉は見事に脳天をぶち抜き、死んだかと思われた。 しかし次の瞬間、周辺に散らばった肉片はそのままに、高速で回復していくイミテ ーションの姿があった。
真名夏のやつ...俺の食事に手を出しやがって。少し離れた所で銃を降ろしたのを見つ ける。先に戦っていた彼らは動いていないというのに。まあ動けない、の間違いかもしれないが。
さっさと最後の奴も殺し、ようやく食事タイムに入る。あぁ、うまい。だが腹が満 たされるとともに飢餓感が増してくる気がするのは気のせいじゃないだろう。
そういえば、こいつらには銃とか効かなかったな。やはり俺と同じように地面から 何かしらのエネルギーを吸って回復しているのだろうか。ということは、もしかして俺にも出来たりするんだろうか。いやでも後ろで倒れている隊の方々 は回復できていないからなぁ...あー違うか。狼に傷つけられたところは回復できない のか。現在食っている肉を眺める。じゃないと、こいつらをこんなに簡単に倒せる はずないからな。 一人で納得して食事を楽しんでいると、真名夏の姿が目に入った。なんかすごくび くびくした感じで徐々に近づいてくる。
「あ、あの...意識は、ちゃんとあるのよね?」
なるほど。もしも意識がなかったら襲ってくるかもしれないからそんなに慎重にな ってたのか。それと...真名夏の目線が俺の足で固定されている、もう元の姿もわからない肉の塊と俺の口をちらちらと交互に見て来るから、この状態におびえてるのかも しれないな。 口の中の塊を呑み込んでから、はっきりとわかるように大きくうなずいてやる。
少しほっとした様子の真名夏を改めてみてみると自分の体が随分と大きいのがわかる。試しに伏せてみた。その状態で真名夏の目と俺の目を合わせることが出来た。 ただの動物である狼とは明らかにサイズが違う。 本当にこれだけの質量はどこから来ているんだという疑問が再び頭に浮かぶ。だが、実際にこの体になったことで分かったことが実はいくつかある。
まず、この体には血というものが流れていない。代わりに流れているのは元の体に 流れていたもう一つのエネルギーだ。違うのは、自身が生み出す量が人間体の時の比ではないということだ。もちろん地面からもエネルギーは吸っているが、わずかな量だ。要は、逆になっている。 だからイミテーションもそうだが、傷から出ている血のように見えるものは可視化 されたエネルギーだ。時間とともに地面に還元され消えるだろう。 質量は、このエネルギーを変身する際に周囲から大量に吸収し作っているのではないかと思う。詳しくどのようにと言われると流石にわからないが。 そしてそもそもその元の体はどこにあるのか。それは、物理的に小さくなった状態で、高エネルギーでできたシールドのようなものに周りを囲まれ心臓部にある。意識は完全に狼の体に移っているので、実際にどうなっているのかを確かめることは 出来ないのだが。
「それで、元の体に戻ることは出来るの?」
はぁ。まだ食べてる途中だろうが。しょうがない。会話できないのも不便だ。きちんと味わいたい気持ちを抑え込み、最後の一匹を丸のみする。 ドン引きしている真名夏を無視して、人間に戻った。
戻る際は人間のほうに意識を移そうとしたら戻ることが出来た。目を開けた時に驚いた顔をしている真名夏が宙を、細かく言うと狼だった時の顔らへんを見ていた。狼の体が消えた様子に驚いているのだろう。ついでにどんな様子だったかを聞いてみる。
「なにをそんなに驚いているんだ?」
「え...なんか、あんたが丸呑みしたと思ったらパッて、パッ...て消えた?というか、 なんか散った?なんていえばいいのかわかんないけど夢だったみたいに元の体に戻 ったから...?」
「もしかして、雲散霧消とかが言いたかったのか?」
「そう!それが言いたかったのよ。よくわかったわね。もしかして槇って普通に頭 いい?勉強だけ出来るんだと思ってたわ!」
こいつ、一回殴ってもいいか?いいよな? それはさておき、ずっと後回しにしていた存在へと目を向ける。すでに人間へと戻 り、後ろに介抱されていたり休憩していたり喋っていたりと様々だが、多くの目が 俺に集められていた。その中には猜疑心や困惑、単純な驚きなども含まれてはいる が、ほとんどが警戒の色が強く現れていた。
まったく、向けられるこっちの身にもなれよ。景子さんから俺たちについての連絡 は来ていたんじゃないのか。最初から戦闘させる気満々な采配だ。連絡にも戦闘介 入があるかもしれないとかの内容があってもいいと思うんだけどな。
「あー、始めまして。見学に来ました、槙 幸治と申します。連絡とか来てません でしたか?大丈夫...じゃないですよね。」
「あっ!同じく見学者の真名夏 夏です。総帥の下についています。」
束の間の沈黙。 しばらくして、リーダーと思われる男が右腕を押さえながらゆっくりと近づいてきた。
「俺は、平野 哲平という。今回のパックのリーダーをし ている。突然で悪いんだが、槙...くんだったかな。体は、なんともないのかい?苦しかったり、頭が痛かったり、どこか不調はないかな。」
なにかそうなる理由があるのか?もしかして、狼化すると不調がでるのか?とにか く、今はなんともないし、むしろ以前より体が軽い気がする。
「いや。なんともありませんね。なにかそうなる理由が?」
平野さんは力を入れていた肩を下げて、後ろを向いて仲間となにやらコンタクトを とっている。朝からわからないことだらけで何を話しているのかさっぱりだ。 早く家に帰りたい。もう疲れた。しかし上を見ると、青く広がる空とほぼ真上にあ る太陽が見える。まだ昼を少し過ぎたぐらいか。今日はまだ帰られそうにない現状 にげんなりする。
そして、こちらに向き直った平野さんはおもむろに口を開く。
「君は何も教えられていないんだね?こちらからいくつか質問をさせてもらっても いいかな。確かに連絡はもらっていたが、なにしろ見学だけと聞いていたものだか ら。 こんなにも戦えるとは思っていなかったし、あれだけの力を持つにもかかわらず見 た限りとても若い。そのうえその目の色だ。正直驚きすぎて混乱状態なんだ。」
口では軽く言っているが、その目は絶対に逃さないと強く射抜いてくる。いいかな と聞いてはいるがこっちに拒否権なんてないだろ。なんでこうめんどくさいことが 次から次へとやってくるんだ。もしかしてこれからもずっとこの調子なのか?というか、自分から仕向けたくせにフォローまったくなしかよ!一言そえるぐらいでき ただろう...?俺はまだ学生だぞ。
「ええ。もちろん大丈夫ですよ。詳しいことはなにも聞かされていない状態でここ に向かわされたので、私も実は混乱しているんですよ。よければ説明してくれると たすかります。」
わかったから早く説明しろやと言ってみたんだが、はたして答えてくれるのだろうか。
「そうだね。先に説明したほうがお互いの為になりそうだ。」
よかった。どうやら話は通じるようだ。世の中には話の通じないような馬鹿がいる のを最近知ったしな。 なにかしら感じ取ったのか、真名夏が控えめに睨んでくる。もちろんこちらはスルーだ。馬鹿と言っただけで真名夏なんて言っていないし。
「さっきなぜ僕が体調について聞いたかっていうと、君は驚くかもしれないが、 我々は戦う際は絶対に敵を食べない。なぜなら危険だからだ。力は得られるがそれ と同時にエネルギーの負荷に体が耐えられずに最悪死ぬ。さらに悪いのは、暴走の 果てに仲間を殺してしまうこともある。口に残ったわずかな肉片で相当苦しむ奴も いる。だから噛みちぎったとしてもすぐに吐き出すんだ。だけど君はどうだ?倒す のに喉を噛みちぎっては飲み込み、殺した奴を味わって食べ、果ては丸呑みだと? 言っては悪いが、まるで化物でも見ているようだったよ。たとえ助けてもらったと はいえね。再び聞くが、本当に、どこにも異常はないんだね?」
ウソ、だろう...?俺は今まで、意識がなかった時も含めて十体は食ったぞ。普通なら この時点で死んでるか、暴走しているかのどちらかなんだろう。 だが再びしっかりと意識を自分の体に向けてもどこにも異常は感じられない。食べ ている途中も、ただ満たされ、そして更に肉を求める気持ちが増えるばかりだった。 この話が本当なら、俺は異常な存在だ。他人から恐怖されても仕方のない存在だろ う。景子さんはこれに気づいていたのか、はたまた実験したのか...どちらにしても、 たちが悪い。 心ではなんでこんなことにと悲観していても、冷静に見えるように心がける。が、 さすがに驚きをかくせず返答が遅れてしまう。
「ええ...なんとも、ないですね...。その話は、本当なんですよね?疑うようですいま せん。さすがに、信じられなくて。もしその話が本当なら、俺はいったいなんなん でしょうね?っとに、なんなんだよ...。」
「ああ。本当さ。本当に決まってる。もし嘘だったら僕だって槙君のように食べ て、もっと強くなってたはずさ。そしたら、初心者に助けられるようなこんな無様 な姿を晒すこともなかった。」
平野さんは悔しそうに、でも子どもの手前だからか全面に出すようなことはせず、 そう苦く笑ったのだった。
面白い、続きが読みたいと思ったら↓の☆☆☆☆☆から評価お願いします!