4.大神一族
衝撃がぬけずしばらく呆然としていると、同じく俺の瞳に見入っていた景子さんはその様子に気づいたのか、
「そうね。いきなり教えられても受け入れがたいことはわかるわ。加えてあなたはついさっき狼やその一族の私たちの存在を知ったんだもの。徐々に受け入れてくれればいいわ。夏もよ。
それから、幸治のその目は隠した方が隠した方がいいでしょう。その目はさっきも言ったように、変わらないものじゃなく力が増す程薄くなるものよ。そのたびに周りに説明するのも大変でしょうし、何よりわが一族のことは他言無用。一匹で生きていくと決めた彼らもそれは承知しているわ。もし民間人に知られでもしたら、一族の存続が危ぶまれるどころか、パニックになるでしょうね。」
「パニック、とは?」
そりゃあ狼になることができる一族がいるなんてことがばれたら国中が混乱につつまれるだろう。しかし、まるでなにか別の理由があるようなくちぶりだな。
俺が倒したとかいう狼が関係するのか?狼に変身するというのならまさかその倒したという狼も一族の者?いや、目が濁っていたというのなら一族のものではないか。
そもそも、狼の力をもとめるのはなぜなんだ?
「それはそもそもなぜこの一族が存在するのか。という理由にもつながるわ。この一族には役割があるの。だからこそ政府の介入を受けないでいられる。その役割とは、人だけを喰らう狼を退治すること。私たちと区別するために、紛い物と呼称しているわ。特徴は、目が黒く濁っていること。なぜ発生するのかはまだ研究中なのだけれど、豊かな土地に多く発生することは解っているわ。動物の狼のような生態をしていて、ほとんどのイミテーションは3から11匹の群れを作って狩りをするの。違うのは、放っておくとどんどん強くなるのよ。たとえ人を食べなかったとしてもね。だから見つかり次第近くの血族が向かうことになるわ。」
「そのイミテーションが、俺が倒したやつですか?」
「そうよ。はぐれと呼ばれているわ。狼は臆病な生き物でね、一匹では絶対狩りは行わないの。だから比較的安全だわ。けれどもし倒すとなれば話は別。全力で抵抗してくるのだから、当たり前よね。だから単独で倒したのは私からするとあり得ないこと。素人なんかに倒せるほど弱くはないわ。今まで、自分が力を持っていることにはまったく気づいていなかったの?」
「はい。運動能力は多少他の同年代より優れている程度でした。」
「なるほどねぇ…夏、あなたから見てなにか感じたことはある?」
真名夏はどこかぼーっとしていたようだが、祖母からの呼びかけに意識を取り戻したようだ。
「あ…、は。いえ、見ていた限りでは特別優れてはいなかったかと。しかし、ふとした瞬間に見失うことがありました。すぐに見つけることはできたのですが、隠密の技術を持っているのは間違いないかと。」
「そう。そのことについて心当たりは?」
俺、この質問に答えなきゃいけないのか?自分はナルシストです発言するようなもんだぞ。もちろん俺ははたから見てもイケメンだとわかっているが、この人の前でいうのはまた別だろう…。
「どうかした?」
「いえ。俺を見失った件に関しては人に囲まれるのを回避するときの事かとは思います。が、専門?の方が見失うほどではないはずですが。」
あぶない。不審に思われてしまっては不都合があるかもしれないしな。多分この言い方で大丈夫だろう。
もしかしたら真名夏あたりは噛みついてくるかもしれないな。
「それは、私の技術力が足りないと言っているのですか。」
やはり食いかかってきたか…少しは頭使えよ。明らかに煽ってるだろうが。雰囲気が違うからあほっぽいのは演技の可能性もみていたのに。どうやら中身はそのままだったらしい。
まさか今までの話もあまり理解していないんじゃないか?呑み込めないんじゃなく、必死に理解しようとしてぼーっとなっていたって可能性あるぞ…。ていうか絶対そうだろ。
「やめなさい。夏。あれはそういう意味じゃないわ。あなたをプロとして認めた上で、自分はそんな技術を使ったことはないと言っているのよ。ごめんなさいね。幸治。この子は自分の仕事に対してプライドが強くて、貶す言葉に敏感なのよ。」
いや、まあそうなのかもしれないが。大丈夫か?謝った瞬間真名夏が途端にわたわたしだして、しょぼんとした感じになってるが。挙句こっちを睨んでくるんじゃねえよ。勝手に乗ってきたのはそっちだろうが。という内心を一切表に出さず飄々とした表情を崩さずにいると景子さんがクスッと笑った。
「あなたたち、面白いわね。これから幸治には狼の力を制御してもらわないといけないから、この家にこれからも来てもらわなければいけないのだけど、二人の相性がよさそうでよかったわ。これなら、将来的にふたりに仕事をまかすこともできそうね。」
もしかして、心の内を読めるのか?目の前で景子さんが笑みを深めた。
はっそうかよ。心を読まれているならわざわざ敬語を使っているのもばかばかしくなってくるな。
「お祖母様⁉何を言ってらっしゃるのですか!私は今まで一人でも仕事を完遂してきました!これからもです!」
「もちろん、敬語が外れるのは、今からでも歓迎するわ。」
真名夏が盛大に困惑している…。そうか。真名夏は気づいていないのか。じゃあ敬語のままでいくか。てか無視してやるなよ。
「いえ。このままで。それよりも、仕事とは?制御というのはまだわかりますが、俺はこの家に所属するなど一言も申し上げていません。」
「そうね、言っていないわね。でも、完全に制御する為の実技の一つとして家業を手伝ってもらうわ。入るにしろ、入らないにしろね。そもそも、あなたの狼化は完全なイレギュラー。狼化するにあたって必要な条件は、元々の素質に血筋、体力、精神力、そして抵抗力。そのうえに幼いころからの研鑽と天賦の才、あとは運も必要となる。それらが揃っていたとして力を手に出来たとしても代償に命を削る。それほどの苦しみを味わうことになるわ。それを乗り越えた一部の者だけが、この琥珀を手にすることができる。そんな我々にとって、あなたは特別な存在よ。」
血筋…ということは、真名夏はこの力を手にすることはできず、俺も別に条件全てに当てはまっていたわけでもないだろうし、特段苦しみを味わった覚えなどあるはずもない。それで特別だって?絶対手放すつもりないじゃないか。
「それは…そもそも、俺は変化できることを自覚していません。これでは、制御も何もないと思うのですが。」
「ええ。そうね。そういえば、意識を失う前なにか感じたこととかはあったの?」
「特には。ただ、食欲のそそられる匂いがしていましたね。」
なにか関係するのだろうか。
「そうなの…それじゃあ、話は途中だけどほぼ重要なことは伝え終わったし、今から見学に行ってきなさい。」
「見学、とは?」
まさか、まさかだよな。
「我々の仕事風景を実際に見てきなさい。そうしたら、実際に変化するところも見れるし、もしかしたら幸治も変化できるかもしれないわよ。その匂いが関係するかもしれないし。夏と二人でいってらっしゃいな。案内には私の部下を付かせるから。」
正気かよ下手したら巻き込まれるんじゃねーのか。しかもガキ二人なんてただのじゃまだろう。もし変化できたとしても、ふたたび気を失わない保証がどこにある⁉
「ちょ、お祖母様!私にはまだ仕事があるはずです。そちらはどうなさるのですか!」
真名夏も突然のことに困惑しているようだ。そもそも、真名夏も着いてくる必要があるのか?
どうせこいつは血筋もなく変化できないのなら最後まで部外者だろう。良くは知らないが今まで通りの仕事じゃだめなのか?
「夏。あなたには今まで狼とは関係ない所の仕事を任せてきました。もう十分そちらのスキルは上がったでしょう。次は狼関連に仕事にも関わってもらいます。将来的にどちらも極めたあなたには次代の補佐についてもらおうと考えているわ。頑張ってね。今までの仕事については手の空いてるものに任せるから心配しないで。」
真名夏はショックを受けた顔で呆然としている。…かわいそうに。やばい。顔がニヤけそうだ。
まるで都合のいい駒扱いだな。本人が自覚いているかは別として、仕事にプライドを持っていたらしいが代わりがいる程度と言われ、これから歩む道もすべて決められている。もし真名夏がその過程で命を落としたとしても、景子さんは特に何も感じないのかもしれないな。
一切表情をくずさず微笑んだままの彼女がやけに不気味にみえた。
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