1.物語の始まり
遅筆です。
気分によって書いたり書かなかったりします。
誤字脱字は教えてくださると幸いです。
「こ、これ…受け取ってください!」
朝、登校中に現れた少女はそう言って手紙を差し出した。
艶やかな黒髪で顔が隠れるほどにうつむいていてもわかるほど耳まで真っ赤染めて。
そうして受け取った手紙を、俺は……少女の目の前で、引き裂いた。
そう。今まで何枚も何枚もこうしてラブレターなどというものをもらってきた。そのたびに、こうして目の前で破くのだ。
それを目の前にした少女たちはみな泣き、呆然とし、恨み、睨んでくる。当然、彼女たちは周りに言いふらすだろう。しかし、俺が一言違うといえば、それはそいつの戯言だと思われる。だからこそ、俺は何度も心が折れる瞬間を見ることができるのだ。
しかし、しばらく震えていた目の前の少女は涙を流すでもなく、呆然とするでもなく、軽蔑の目で、こう言った。
「それは、あなたのお祖母様からの手紙ですよ?破くなんて…信じられない。あなたに読んでもらうことが最重要事項だと言い使ってきましたのに!!!」
そういい募られても意味がわからない。確かに俺は祖母の家で暮らしているが、祖母はまだ創建だ。ついさっきも話してきた。その祖母から手紙?しかもこれでもかというほど顔を赤くして渡す手紙といえば、誰でもラブレターだと勘違いするだろう。加えてこの俺でも飽きそうになるくらいに毎日何枚も貰ってるんだぞ?こいつは馬鹿か。
俺が怪訝な顔をしているのがわかったんだろう。
彼女は付け加えるように、
「祖母と言っても、あなたの母方の祖母ではありません。父方のほうの祖母からです。事前に言っておきますが、人違いなどではありません。あなたに知らせなければならないことができましたが門外不出の極秘情報のため、何か手違いが起きぬようにと孫の私が直接持ってきました。」
そう言って破られた手紙を拾い、再び突きつけてきた。さっきの緊張はどこへやったんだ。
「絶っっっ対に!読んでくださいね。」
そう後押ししなくても、読む。……多分。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの女は何だったんだ。孫とか言っていたが…。ということは…俺の、従兄弟?
俺の両親は、俺が15歳のときに両方共出ていった。
ある日学校から帰ると、生活費の入った俺名義の口座の通帳だけがおいてあり、両親の物は、本人たち共々消えていた。
今思えば前々から喧嘩が増えてきていたし、あの2人から愛された覚えもない。
15歳。まだガキだ。そんなときに両親がいなくなり、お金のやりくりもわからず、家事も手伝い程度にしかできない。しかも学校では噂も広がり、居心地も悪くなっていた。そんなときに連絡をくれたのが、母方の祖父母だった。毎年連れて行かれて家の場所を知っていた俺は、残り少なくなっていたお金を交通費にして、ここ東京にある祖母の家まで引っ越してきたのだ。諸々の手続きも、祖父母がやってくれた。
だから従兄弟などとはあったことが無いが…いたのか。頭の弱そうな女だったな。しかしなんだって今更?
俺を捨てていった両親の事など興味のかけらもないが、祖母の話は少し気になる。家に帰ったら読むか。
俺の通っている高校は、親の勝手でただでさえ祖父母に負担を強いている状態なのにこれ以上負担をかける訳にいかないので、公立そして学費が全額免除になる特待生枠を取った。もちろん学年首位を取り続け、現在は生徒会長をしている。
そして、いつものように座った教室で、それは起こる。
「今日は、転校生を紹介する。おーい、入ってきていいぞ。」
転校生と聞いてざわついていた周囲だったが、転校生が入ってきた瞬間、一旦静まり返った後、さらにざわつきを増す。
それも仕方のないことではあるのだろう。彼女はとても愛らしい顔をしているし、なんといっても天使の輪がくっきりと浮かび上がるほどに美しい濡れ羽色の長髪をたなびかせながら入ってきたのだから。
この俺も例にもれず衝撃に息をのんだ。しかし、見とれていたからではない。
だってあの髪は…あの顔は…
「始めまして!千葉から来ました、真名夏 夏です。これからよろしくお願いします!」
人形のような見た目を裏切ってさらに注目を集めた彼女は、朝に手紙を渡してきた、あの少女だった。
まじかよ。極力関わり合いたくないと思ってたんだけどなぁ。ついため息が漏れそうになる。
だめだ。俺の印象を崩すようなことはしてはいけない。
「じゃあ、机は、えーー、槇、手を上げてくれ。真名夏、あの前に座ってくれ。」
そうして教師が指定したのは、よりにもよって俺の前。まぁそこしか空いていないんだから予想はしていたが。
「これからよろしくお願いします。槇さん。」
話しかけてくるな。
「ああ。これからよろしく。真名夏。」
「あと槇、あとで真名夏に学校案内してくれるか?真名夏、槇は生徒会長なんだ。わかんないこととか困ったことがあれば、とりあえず槇に聞いてくれ。」
余計な事を言いやがって。
「はい。」
「じゃあ今日の授業も寝るなよーー。HR終わり!」
HRが終わると、転校生の周りに人が集まってくる。それぞれの質問に答えているのを尻目に、今は生徒会の仕事という逃げ場があることに内心感謝しながら、その場から逃げた。
昼、常に囲まれている転校生を何とか捕まえて、放課後に学校案内をする約束を取り付けた。
そして放課後。
「じゃあ真名夏。とりあえず3階から案内するよ。最後はそのまま帰ってもらっていいから。」
「わかりました。」
しばらく案内していると、だんだん人が減っていき、人の目に入らない時間が長くなっていく。そして大体の案内が終わる頃には、二人だけの足音が響いていた。辺りは静かで、窓から入ってくる夕日が世界を茜に染める。
「あのさ、槇。あの手紙、読んだ?」
ブレザーの前ボタンを全部外して、真名夏が口を開く。
「まだ読んでないけど。それよりなんで急に敬語取った?」
「はぁ?なんで読んでないのよ。読んでって言ったじゃない!」
そう言って急に詰め寄られる。
「いや、学校で読めるわけないだろ。門外不出の極秘情報?なんだろ。一人になる時間なんてないんだよ。それとも、人に見られても構わない内容なのか?」
うっと言葉につまった真名夏は多少顔を赤くしながらだが、もとの位置にもどってまるで今の会話がなかったかのように会話を続けた。
「んんっ。それで、敬語が取れた理由だっけ?今周りに人いないし。猫かぶってる意味なくない?ていうか、槇こそ表で敬語使ってないんだね。猫かぶってるのに」
「うるさい。こっちのほうが下手に敬語使うより高感度高いんだよ。それで?なんで3年もたっていまさら?しかもわざわざ転校?意味わかんねー。」
真名夏は少し考え、こう言った。
「なぜかは知らない。私はお祖母様のご命令に従っただけだから。」
お祖母様、それもご命令ときたか。血縁関係にあるのがでかい家とかめんどくさいな。
「ふーん。それで聞きたかったんだけど、朝のあの告白めいた手紙の渡し方なんだよ。あんなのラブレターだと思うに決まってんじゃん。」
真名夏は聞かれた意味がわからないとばかりに首を傾げ、きょとんとしている。
「いや、顔真っ赤にして緊張しながら手紙渡してきたじゃん。」
「…あ!あれはお祖母様からご指名を貰ったのが私だって言う事実に舞い上がっていたのよ。そしてその命を全うする緊張であぁなってたの。…なのに、それをそんな勘違いするなんて、よっぽど自分に自信があるようね?」
そう言ってしてやったり顔をしている真名夏には悪いが、自信とかそういうのじゃなく、告白が日常化しているのが事実だ。
だから、破かれた手紙の入ったビニール袋を目の前に突き出してやる。
「見ろよ。これ。毎日こんなに貰うんだぜ?勘違いしてもしょうがなくないか?」
真名夏は目を見開き、信じられないものを見るような目で、こちらを見る。
「ウソ…毎回あんなふうに目の前で破くの?…こんなに細かく?女の敵じゃない……なんであんたみたいのがモテるのか意味がわかんない。しかもバレないとか。てか、持ち帰りはするのね…」
「はっ。俺の面の皮は完璧なんだよ。人気は評価にもつながる。人脈も大事だ。それにこの学校の生徒は全員記憶しているから、この学校の生徒のものは破かないようにしている。それに、ラブレターを破く俺の名を語る偽物がいるらしいとの噂もあるしな。手紙を持ち帰るのは、物的証拠があると俺の楽しみが消えるからだ。家に帰ったら燃やす。」
それを聞いた真名夏は、俺から距離をとって、まるでGでも見るような目で見てくる。
俺の性格が歪んでるのは自分でもわかってるが、流石に苛つく。話している途中にニヤついていたのもあるかもしれないが。
「槇…あんた、予想以上に性格ヤバいわ…。あの立派なお祖母様の血筋なんだから、立派な人だと思っていたのに。」
俺はそれをきいて、鼻で笑い飛ばした。
「なら、お前はどうなんだよ。真名夏。お前は立派なのか?まぁ、立派じゃねぇよなぁ。俺みたいに外面は立派かもしれんが?人のこと言えねぇよ。」
真名夏はうつむく。ふと目に入った手は、強く握りしめられ、震えている。そんなにそのお祖母様の様になりたいんだろうか。そのお祖母様は、どれだけ立派なのだろう。けれど結局、どれだけ立派でも、むしろ立派であるほどに、中身は澱んでいることを、俺は知っている。
「さ、案内は終わりだ。俺はまだやることがある。さっさと帰れ。」
「絶対に、手紙は読みなさいよね。」
最後にそうつぶやいて、真名夏は小走りで立ち去った。
その夜。一日のことをすべて終わらせた俺は、物の少ない簡素な部屋の中に置かれた机の上にテープでつなぎ合わせた例の手紙を広げていた。
なにが、書いてあるのだろう。少し緊張しながら、文字を追っていく。
拝啓、槇 幸治様
澄み切った青がここからでもよく見える季節となりました。
この度は、突然この様な手紙を送りつけたこと、申し訳ありません。幸治様にどうしてもお伝えしたいことがあったのです。
我が一族の、しきたりの事です。関係ないとお思いでしょうが、どうか、最後まで読んでください。
我が一族は代々続く旧家です。後継は、多くいる直系のなかから、一番優れているものを当主が選び、継いできました。
私の代に、明らかに他の者よりも頭一つ、いや、それ以上に抜きん出ていた子供の一人がいました。ですから、その子が次の後継ぎとなることはだれの目にも明らかでしたし、皆、納得していたのです。しかし、後を継ぎたくないからとある日突然、その子は姿を消したのです。
この子どもこそが、あなたの父親である浩一です。
浩一は、何をするにしても完璧でした。周囲から天才だと言われる程に。
もしかしたら、その重圧から逃げ出したかったのかもしれません。
そして我々は数十年の間、総力を挙げて捜索しましたが、ついぞ彼を見つけることは叶いませんでした。
しかし、後継ぎをいよいよ決めなければならないというときでした。浩一が我らの目の前にひょっこりとあらわれ、「ただいま。」とのたまいやがったのです。
心配していた私は、それはもう怒りに怒りました。
けれどどれだけ叱っても、一族の非難をどれだけ受けても、「ごめん。」と。それだけ言うのです。
幼いころには希望を宿してきらきらと輝いていた目は、原因は分からないのですが、どこか暗く淀んでいました。
その後、昔の才能が生きていることを証明した浩一が当主なることになったのですが、当時当主を務めていた私は、独身を貫くと宣言されました。もちろん世襲制ではないので、独身でも問題はないのですが、何かあると調べさせたところ、過去に妻とした人がいて、さらに子どもまでいると言うじゃありませんか。
勝手に調べたこと、申し訳ありません。しかし、過去の関係をはっきりさせておかないと、外部から我が一族に付け入ろうとする輩が出てくるのです。
浩一の経緯は息子であるあなたが知っておくべきこととして書き記しました。
そしてこの度伝えたいこととは、お望みであれば、我が一族に迎え入れた上で、現大神家当主の直系の一人として、当主となれる可能性があります。
たとえ当主と選ばれずとも、我が家族の一員である以上、我が家に住むことも、我が一族の保護を受けることもできます。
何かあれば、相談してください。
今回は手紙と言う形で送らせていただきましたが、夏に言っていただければ、メールでのやり取りもできます。
あなた様のご健康とご多幸をお祈りしております。
かしこ
大神 景子
追伸:私はもうあなたのことを孫の一人だと思ってるから、何でも相談してね。待ってるわ。
読み終わった俺は、詰めていた息を吐き、眠気と疲れでよく回らない頭で必死に考える。
…まじかーー。えーーーー。そっっっかーーーーー。………まじか。
んー、とりあえず、父親のことはどうでもいいとして、要は俺はこれからは多分金とかを気にしなくていい可能性が出てきた。
そして、大神家?とやらが保護者代わりになってくれるかもしれない。
そうしたら、今祖母の負担になっている部分はほぼなくなるだろう。あとは、俺が独り暮らしできる。
祖父母は、時々子ども達(俺の母以外)が里帰りに来るので心配はないし、俺もすぐ駆けつけられる程度には近くに住む予定ではあるしな。
もともと独り暮らしはする予定だったが、バイトは度々していても、金銭的な心配は常にあった。それが、解消されるというのならば、いろいろ楽になりそうだ。
この俺の祖母であるという人は、とても優しい人らしい。なるほど、立派な人というのもわかる。しかし、やはり裏というか、こちらに隠していることは多々あるだろう。この父親に関してのことにしても、全てが真実というわけでもないのだろう。
この好意に漬け込んでいいのかは別として、とりあえず、寝よう。今日は色々あってまともに考えられそうにない。
そして翌朝。改めて考えてみたんだが、これは勝手に当主にされる可能性も微量ではあるがあるんじゃないか?実力者からと書いているからには、そうそうないことだとは思うが、警戒するにこしたことはないだろう。それにいろいろ複雑そうだし、めんどうだ。よって、保留することにした。もちろん金銭的な助けはとても助かるが、現状甘えているとはいえ、切羽詰まっているという訳でもない。ここは慎重に行こう。
学校では、まぁ予想できたことだが、最近高嶺の花らしい真名夏に人気の無いところまで連れ去られた。
「槇、手紙、読んだ?読んだわよね?」
両肩をつかまれ、揺さぶられながら、詰め寄られた。なんだ、こいつは顔を近づけないと喋れないのか。あと、うるさい。
「まず落ち着け。そして近い。揺さぶるな。読んだよ。答えは保留だ。お祖母様信者のお前には悪いが、どうも胡散臭い。もう少し考えさせてくれ。」
やんわりと押し、距離をとらせて、俺の答えを聞かせる。真名夏は途端に不満そうな顔をしている。
「何よ、信者って。お祖母様は正真正銘とても素晴らしい人だわ。敷地内に捨てられた私を拾って今まで育ててくださったのよ?そんな人が、ひどいことをするとは思えないわ。どうしてそんなに疑うのよ?」
へぇ。こいつも捨てられたのか。まぁ途中まで育てて放棄するほうが残酷だとは思うが、世の中には一定数クズ親というものが存在するらしい。拾われ子なら、なるほど、血のつながりの代わりに、祖母のようにと願うのかもしれない。尊敬するような人物なら、なおさら。
俺には、その気持ちはわからないが。
「そうか。だが、俺には関係ないね。怪しいと思ったから慎重にいくだけだ。こんな部外者に内部情報をペラペラと喋るほうがおかしい。何かあると見るべきだ。違うか?」
真名夏の黒く澄んだ目に、ひらひらと揺れる手紙の向こうのうっすい革を被って歪んだ顔で笑う顔が映っている。
なぜ俺は、笑っているのだろうか。それより、思ったより俺の顔は醜いらしい。
真名夏は、じっと俺を見て、諦めたようについっと目をそらした。
数日後の、夕方。帰途についていた頃、ふと、なんとも言えない空腹を誘う匂いが鼻を掠めた。
あぁ、腹減ったな…今日の夕飯は何を作ろうか。
そう考えていた俺はーーーーーーーーーーー。
面白い!続きが気になる!
と思ったら、下の☆☆☆☆☆から評価お願いしますm(_ _)m