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プロローグ

 物心ついた頃から、誰かにじっと見られている感覚に囚われていた。

 その影のような存在は、息をひそめ時機を伺っている。一体()()が何を求めているか分からなかったが、ただ一つ確信していたことは、()()に隙を見せた瞬間、私はここから居なくなってしまうということだ。

 だが、脅威はそれだけではなかった。城にいる大人たちは、いつも汚らわしいものを見るような視線を私に送る。時折向けられる笑顔は、まるで完璧なマスクを貼り付けたようで不気味だった。


 十歳の春、一緒にレッスンを受けていた男の子が休み時間に薄笑いを浮かべてこう言った。

「黒髪の王女は災いの印らしいよ」

 彼の言葉に身体が震えた。

 もし彼の言っていることが本当であれば、彼らのあの黒いベールがかかったような瞳を向ける理由が理解できるような気がしたからだ。

 私は、その場から逃げるように父の元へ駆け出した。

 ラグべリア王国の王である父に、この不安を消してほしくて、息苦しさを無視をして父の書斎へ向かった。そんな時でも、針のような視線を感じて身体中がヒリヒリした。


「お父様っ!」

 執事室を無断で通り抜けて、書斎のドアを乱暴に開けた。後ろで執事が声を上げていたが気にもしなかった。そんな切羽詰まった様子の私がいきなり書斎に現われると、椅子に腰かけた父が目を大きく見開いた。父の隣には、大嫌いな大司祭がいつも通り黒い目で私を見下ろしている。でも、この時の私はどんな冷たい目を向けられようが構わなかった。


「どうしたんだい」

 父は心配そうに席を立ち、私の元へとやってくる。大司祭の窪んだ目が、ギョロリと動いた。

「お父様とお二人でお話したいことがあります」

 すると父は、「そうか、じゃあ」と言って彼に顔を向ける。すると彼は何も言わず一礼し、部屋を出て行った。

「どうしたんだい? 私の宝物」

 父は私の手を握り、上下に揺らした。私は数秒、どのように話し出そうか迷ったが、結局思っていたことをそのまま吐き出した。

「私は災いの子なの?」

 王女らしく、毅然とした態度で尋ねるはずだった。だがそれを言葉にした瞬間に涙が溢れて出る。身体は熱くなり、息を吸おうとしても、嗚咽のせいで息苦しくなるばかりだ。

「そんなことあるわけないじゃないか。君は将来立派な王女様になるんだ」

 父は、いつもの様に豪快に笑いながら私の頭をその大きくて暖かい手で撫で続けた。

 泣きじゃくる私は「でも」と喋り続けようとするも、頭の中に浮かぶ言葉は出てきてはくれなかった。


 その後、私は父の腕の中で眠ってしまったようで、目を覚ました時は自分のベッドに横たわっていた。父が既にそばにいなかったことに寂しさを感じたが、この空しい気持ちには慣れていた。いや、慣れる他なかった。

「目を覚ましたのですね、ラナ様」

 ナンシーは私が目を覚ましたのに気付いて、水が入ったコップを差し出した。

「ありがとう」

 私はその水を一気に飲み干すと、ようやく喉が渇いていたことに気が付いた。

 ナンシーは私の育ての母親だ。彼女から色々な事を学んだ。王女の立ち振舞い方から、字の書き方など、あらゆることを厳しく躾けられた。それでも、彼女のことを嫌いだなんて思ったことは一度だってなかった。

 母と離れて暮らしていた私にとって、彼女の存在は母より大きく、この城で生き抜いていけるのも彼女がいたからおかげだ。

「ラナ様、あなたは国を守らねばならないのですよ。男の一言二言で狼狽してはなりません」とナンシーは口を尖らせた。私は、渋々それに同意した。


 後日、あのレッスンを受けに教室へ行くとあの男の子はいなくなっていた。講師は、彼の両親の仕事のため遠くに引っ越したとだけ説明した。10人もいない教室の中で、私だけが彼の急な引っ越しに違和感を持っているようだ。

 もしかしたら、彼が私に言ったあの言葉のせいかもしれないと思うと、身体中から汗が噴き出た。彼がいたずらに作った話であれば、こんなことにはならないはず。それとも、ただの偶然なんだろうか。

 その日、レッスンが終わったと同時に、教室から駆け出すとすでにナンシーが階段の前で待っていた。彼女は、私を見るや否や「せわしないです」と鬼のような顔をしていた。

 部屋への帰り道、私は恐る恐る彼女に問いかけた。

「あの男の子が突然引っ越してしまったの。もしかして私のせい?」

「まさか」

「だってあの子からあの話を聞いたんだもの」

「ラナ様は、本当に想像豊かで面白いこと」と彼女は微笑みながらこう言った。

 彼女は嘘が上手だった。


 


「ねぇ、なんで私だけ黒髪なの?」

ある夜、そう髪を梳かすナンシーに疑問をぶつけた。

どういうわけか唯一私だけが、光を飲み込んでしまう黒髪を持って生まれてしまった。父も母も、美しい金色の髪の毛だった。もちろん、四歳下の妹も、その色を当たり前のように受け継いでいた。

「ご先祖様に黒髪を持ってる人がいたのかもしれません。なぜそんなことを?」

「この黒い髪が嫌いなの」

「私はこの美しい黒髪が大好きです。この国で一番美しい髪です」

「でもなんか……、私だけ呪われているみたい」

「まぁ、何を言い出すかと思えば。感受性が豊かのは素晴らしいことですが、悪い方向へと考えてしまうのはよろしくないですよ」

「でも……」

 ――じゃあ、なぜあの男の子はあんな話を?

「さぁ、寝る時間です」

 彼女は質問する隙を与えてはくれなかった。そして、彼女はお構いなしにろうそくの火を吹き消して、「おやすみ」とそそくさと部屋から出て行ってしまった。まるで、厄介な事を聞かれるまえにといった具合だった。

 やっぱり変だ。

 そう思いながらも、私は仕方なくベッドの中に潜りこみ目を閉じると、睡魔はすぐに私の意識を飲み込んだ。


 その日夢に見たのは、とても印象的だった。王国が真っ赤な火の海に飲み込まれている風景を、どこか遠い丘から見下ろしているだけの私を俯瞰している夢だ。

 その夢は、見る度にリアルさを増して、何時しか、これが正夢になるんじゃないかと私は恐れ始めた。


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