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何故『強く』する必要があるのか 三日月宗近編

 この刀ステでは『強く』という望みを持った者が何人かいます。この『強く』というのもは、レベルとかいう強さとは別種の意味を孕んだ表現になっています。

 さて『強く』と言っているのは誰か? その意図は? それぞれ考察していきたいと思います。今回は三日月です。



■三日月宗近

 彼は「山姥切国広や本丸に強くあって欲しい」という願いを抱き、終わりのない円環を巡っています。強くなって欲しい理由は「試練を乗り越えるため、未来に繋げるため」との旨を言っていたと思います。悲伝の大千秋楽では、それまでの公演で負け続けていた山姥切国広が勝利するというルートが生まれるくらいには、繰り返しで山姥切国広はパワーアップしています。


 当初私は「試練を乗り越えられなかった山姥切国広が円環を作り出したから、円環を終わりにさせるために」と考えていました。そのため繰り返す円環の中で山姥切国広を鍛えて、繰り返しで持ち越される力を積み重ねさせて試練に直面しても乗り越えられるようにして円環を終わらせようとしているのだと。『ifの世界を終わりにさせるための、心の強化』だと。


 しかし円環内の繰り返し続けるifの物語は、正史の枠に準ずる物語なのでしょうか? もしかして別種の糸、つまり「歴史修正」になるような糸の積み上げをしているのではないでしょうか?

 もしそうだとしたら三日月のやっている『強化』の事象は、『ifの物語』を強くしてしまっているのではないかとも思ってしまいます。

 『ifの世界を終わりにさせるための、心の強化』ではなく、『ifの物語が正史を塗り替えるための強化』ということです。……流石にそれは救いがなさすぎる、鬱。


 一応円環内にある作品の物語上は、正史と辻褄はあっています(多分)。「終わり良ければ総て良し」という意味では範囲内には収まっています。ところどころ年代や季節・気候、人間関係が正史とは異なっていますが、これが『諸説』で済むセーフ範囲なのかアウト判定なのか……。


 円環内の物語が正史の糸とは別種の糸を紡いでしまっているとしたら、三日月のやっている強化は完全に正史を塗り替える歴史修正の一部になってしまいます。流石にそれはないよね? しかし私の記憶では三日月は「正しい歴史を守る」とか言っていたことが無かったような???

 三日月が繋げたい未来とは、単純に『円環の先に進む』『あるべき歴史を守る』ことなのか、『歴史修正された未来に繋げる』ということなのか……。

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