7-12 妖し再び
「な、何者ですか」
コイコさんが、私の前に一歩出て警戒する。周囲にはおかしなものは何もない。道の左右は草木で覆われてるし、道の先にはまた、険しい道が続くだけ。他には何もない。なのに声が。
「ここから先には行かせません」
そうして目の前の、草木の陰から現れたのは、やっぱり……日本人形みたいな謎生物。
「あんた……ブルカニロね」
くすくす。
「そうね。それは通り名みたいなものだけど、私も自分の名前は忘れちゃっているからそれでいいわ」
「ブルカニロ?」
コイコさんが、顔をしかめる。
「神出鬼没の謎生物よ」
単純ながらコイコさんに説明をする。取り敢えず今私が知ってるのは、この程度の事だけだ。
「嫌な事を言うね。私にだって自我がある。私という個は、その自我に従って行動しているに過ぎないんだよ」
手に持っていた扇子を広げ、口元を覆い隠しながらブルカニロが言う。
「……何か、用なんですか? この先には行かせませんって、それはここの守人をしている妖怪の台詞と思うんですけど」
コイコさんの言うそれは、さっき聞いた、山の入口を守る妖怪の事か? その妖怪はまだ見た事がないけど、代わりにここにブルカニロが居る。
なんで、こいつは違う世界に出て来れるんだ? もしかして、私達と同じ、アリス症候群プラスの能力でもあるのか?
「この先は妖怪山。普通の人間にはとても危険な所なんだよ」
「この奥に、女の子が入っていったって聞いたんですけれど」
コイコさんが尋ねる。
「あの子はいいんだよ」
そんな無茶苦茶な。
「その子、とばりの事なの?」
くすくすくす。
「その通りだよ。アサギ トキコ」
よし。確認は取れた。
「じゃあ、行くわ」
「ちょっ、本気なんですかトキコさん?」
「とばりが居ないと、私もどうにもならないのよ。帰り道も解らないんだから」
くすくすくす。
「それはそう。出口の穴が見当たらないものだから、サクラ トバリに頼るしか君には帰るすべがない」
……やっぱり、ブルカニロはそんな事も知ってるか。出口の穴が消えていたのも、おそらくこいつの仕業だと解る。だって、以前に一度、出口の穴を移動させてくれた事があった。移動が出来るくらいなんだから、穴を消したり出したりするのが出来てもおかしくないだろう。例えば、どこか空の彼方に穴を移動させたとする。ほら手も足も出ないじゃないか。私は空は飛べないんだから。
こいつが一体何をしたのか解らないけど、どのみち私にはどうしようもない所に穴をやったとしか思えない。……或いは考えたくないけど、穴自体を消してしまったとか。
「まあ、サクラ トバリにはアサギ トキコがここへ行くと伝えてあげているから、程なくこちらで合流出来るものと思うけれどね」
とばりに会える。
こいつのお陰? いや元を辿ればこいつのせいに思えるんだけど。
「――勿論、その前に何かの妖怪に襲われなければ、の話だけど」
やっぱりそういう但し書きが出て来る訳か。
「じゃあ、やっぱり私行くわ」
一歩前に出る。ブルカニロはくすくすと笑ったまま。
「本気で行くんですか」
「当然っ」
コイコさんの言葉に答えて、私は一気に走る。ブルカニロが何か妨害して来るように道の真ん中に居る訳だけど、そんなのに構うものか。
ブルカニロの横を通り過ぎる。そのまま――
――ザワールドオブタイムエランド――
――突き抜けていった。
筈。
なのに。
「そう。君はそこで大人しく待っているという事ね。じーっと」
くすくすくす。
……笑う人形が、目の前に。
「え……?」
それだけじゃない。コイコさんが、私の横に居た。驚いたようなコイコさんの顔が、私のすぐ横に。
「え? トキコ、さん?」
コイコさんも実際驚いたらしい。
……なにこれ、どういう事? なんで走って行ったのに、ブルカニロが前に? コイコさんが隣に?
「これが、私の能力の一端」
ブルカニロが言う。
……もしかして、これ、
“この場所から動いてない?”
そんな馬鹿な。確かに私は走って、ブルカニロの横を通り過ぎて――、
……まさか。
いやそんな馬鹿な事。
嫌な感じの仮説が頭に浮かんだ。こんな感じの事を、私は知ってる気がする。体験した訳じゃないけれど、とある漫画で読んだ。
それと同じ事が今起きてる?
まさか、それは、今目の前で笑ってる、あいつの仕業?
……なら確かめてやる。
勢いを付けて――、
「うらあああっ!」
もう一度走る。ブルカニロの方に向かって――
「――無駄を悟る事だね」
――その横を通り過ぎた、筈。
なのにまた、人形が目の前に居た。
コイコさんの姿も、変わらずに真横にあって。
……これはあれだ。“ありのまま、今起きた事を――”って感じの気分だった。
私は人形を通り過ぎようとしたら、いつの間にか元の場所に戻っていた。
何を言ってるのか、本当に解らないけども、それは私が感じた本当の事だ。
……まさかと思うけど、こいつ、時間を止められるって奴じゃ――。
「っふふ、そうか。流石にあのお話を知っているっていうのなら、理解も早くていいね」
どうやら本当の事らしい。こいつは何か、無茶苦茶厄介な魔法を持っている。
それは多分、時間を止めて、その間に私を元の場所に押し戻したんだ。
くすくすくす、とブルカニロが笑う。答えの言葉はなかったけど、多分その通りなんだろう。こいつは人の心も読めるらしいから。
「でも少し違う。私は時は止めてはいない。もっと省エネで同じような事が出来るからね」
意味解んないっての。とばりへの道を塞ぐような真似をして。
「心配しなくても、サクラ トバリは今あの山で一番安全な所に居るよ」
「とばりが……」
「そう。この妖怪山を守る神社。そこで彼女は、今“彼”の話を聞いている筈だよ」
“彼”。
また出て来たぞその謎人物が。
「“彼”と関わりのある神社。それこそが今回の旅の鍵。
サクラ トバリには、“彼”との繋がりを知って貰いたいの。それまでは、邪魔はしないで欲しいな」
だからって、私はここで足止めなんて。
そんな事――、
「関係あるかあっ!」
走る。今度はブルカニロの横じゃない。あいつに向かってまっすぐ。
「そこを通せーっ!」
拳を握り、振りかぶる。あんまり暴力的な手は使いたくないけど。
そうも言っていられない。とばりがすぐそこに居る筈なんだから。守るのだって、私の役目だ。
「……やれやれ」
ブルカニロが、呆れたように一つ呟く。
――途端。
がっと、足に何かが。
「うわっ!」
足が引っ掛かるような感じ。そして思いっきりずっこける。
「いっつぅ……」
「ちょ、ちょっと、大丈夫ですかっ!」
……声はすぐ横から。
またしても、私は元の場所に戻っていた。走っていく前の、最初にブルカニロと対峙していた所に倒れていた。コイコさんが心配そうに私の体を支え起こしてくれる。
くそう。こんなの遊ばれてるとしか思えない。こけさせたのもこいつの仕業なんだろう。どう足掻いても先に進ませないつもりだな。
「次は、擦り傷程度じゃあ済まないよ」
言われた通り、膝に鈍痛が。多分本当に擦り傷になってるな。膝はジーンズで覆われてるから見えないけど。もしかしたら血が滲んできてるかも知れない。




