6-8 それぞれの正義
――この場所から外にまで出る道を知ってるのは、恐らくこの中ではレーグシールさんだけだ。故に、私達二人はレーグシールさんの後ろを付いて歩いている。
「ときに、お前達は一体どこから来たんだ?」
歩きながら、レーグシールさんがそう訊いて来る。
「え、えーと……」
しまった。その疑問が来る事については想定していなかったな。
「女二人で、しかも一人はまだ幼い子供だ。こんな人気のない所に」
「……幼い、ですか……」
とばりの声が、なんだか少し不満気にも聞こえた。そこは肯定しとこうよとばりちゃん。
「ちょっと、旅の途中に寄っただけでね」
それっぽい言葉で誤魔化そうとする、けど、
「荷物もない。旅慣れをしている様子にも見えない。まるで……気軽な散歩にでも来たみたいだ」
勘が鋭い。自分の意思で来たんじゃない事を除けば、殆ど当たっている。
「何者なのだろうな、お前達は」
歩きながら、私の方を見据えて、レーグシールさんは更に問う。
……どうしよう。本当の事を言うべきか。信じて貰えるかどうかは解らないけど。
っていうか、普通は信じてくれないだろうなあ。
ええいままよ。その時はその時だ。
「……私達が」
「うむ」
「違う世界から来た、って言ったらどう思いますか」
「む……」
少し考え込むレーグシールさん。やっぱり、簡単には信じて貰えないか。
「お前達は、異世界から来たのか」
考えた末に、レーグシールさんが言った。
「ええ、本当の事です」
とばりが、私の代わりに答える。
「そうか。ならば私の疑問も説明が付くな」
あれ? あっさり信じてくれた。
「……信じてくれるんですか」
とばりが若干信じられないとでも言うように、聞き返す。
「疑う理由もあるまい。それに前例も知っている故にな」
――前例。
とばりと私以外に、異世界からこっちに来た奴が居るのか?
……そういえば、以前にも同じような事を聞いたような気がする。それはとばりを探しに行く時に訪れた、宇宙に浮かぶコロニーとか、図書館とかで。“あいつ”とか言われている人物。
……何者なんだろうかね。とばりみたいに違う世界を行き来出来る人間。もしかしたら、どこかの世界でひょっこり出会ったりするのかもな。
遺跡の外に出ると、太陽の眩しさに目が眩んだ。
うーん、ずっと薄暗い所に居たからか。目がなかなか慣れずにいる。
「大丈夫ですか? 時子」
とばりが語り掛けて来る。とばりの居る方を見ようとするけど、日光を直接見たからか、とばりの姿も少しぼやけて見えた。
「……大丈夫」
額に手を付き影を作って、目に入る直射日光を防ぐ。うん、少しは目の負担が軽くなった。
「こちらだ。しっかり付いて来るといい」
そしてレーグシールさんは、全く何も気にする事なく、木々の茂っている方――森の中に向かって歩き出す。私達もあとを付いていくけど、その森の中、道らしい道がまるでない。いや、獣道とでも言うんだろうか。とにかく人の足には優しくない道だ。レーグシールさんは普通の道みたいに平然と歩いていた。だけど私達は無理だ。とばりも私も、息がぜーぜー言ってる。
「ちょ、ちょっと、ゆっくり歩いて貰っていいですか」
そう、レーグシールさんに声を掛ける。
「む、どうかしたのか」
先を進んでいたレーグシールさんが、こっちに振り返って言った。その顔には、汗の一つもかいていない。
「あの、私達はこういう道を歩き慣れていないので」
「そうか。済まないな。人の身の感覚に合わせるのはどうも慣れないのだ」
そうしてレーグシールさんはその場で待っててくれる。
「……ん? 人の身?」
ちょっと、頭に引っ掛かる言葉が聞こえて来た気がする。
「む……」
すると、レーグシールさんが腕を組むようにして、そのまま左手の方を上げて顎に手を添えるような格好をした。失言をした、そんな感じが読み取れるように。
「……そうだな。お前達が素性を明らかとしたのに、私が黙っているというのは公平ではないな」
レーグシールさんは、少し考え込む。そして、うん、と一つ頷いて、また私達の方に顔を向けた。
「済まないな。私は少し嘘を吐いた。
改めて言おう。私の名はレーグシール。かつて神族と戦った魔神、アピセアーシアの子の一人だ」
「え!?」
驚く。
いや実は薄々普通の人間じゃないとは思ってたけど。少なくとも普通の冒険者じゃないだろ、とは思った。無茶苦茶強いし、あの壁画の件についても凄く詳しかったし。
でも、正体が魔神の娘さん?
確か、神魔戦争があったのって、七百年前って言ってたよな。その時に魔神が封印された、とも。
という事は、少なくとも七百年前の人? いや人と言っていいのか。七百年も生きていたこのレーグシールさん。魔神の子。
色々詳しいのも納得だ。なにせ当時の生き証人なんだろうからな。
「私が今生きているのも、何かの運命なのだろうと思う。本来、私のような造り出されたものは母――創造主が消えると共に消え去ってしまう、というのが定番なのものだというのに」
それは――そうなのか? そんな在り方をしたものとは今まで会った事がないからよく解らないけど。
でもこの人は、今ここに居る。私達の目の前に居て、言葉が通じて、助けてくれて。
魔神の娘――でも悪い人じゃない。それはよく解る。
「でも、お陰で私達は助かった訳ですから」
うん、とばりの言った通り。この人が居てくれたからこそ、私達は無事に再会する事が出来たんだ。それは多分運命的な出会いだったと言えるかも知れない。
「そう言われるとありがたいな。私は世間一般では悪とされる存在故にな」
そんなもの、関係ないとは思うよ。私達を助けてくれた事実は変わりない訳だし。寧ろ話を聞く限り、魔神――アピセアーシアって言ったか、そっちの方が善にも思える。
……同じような事が、私達の世界でも六十年程前にあった気がする。過程はともかく、六十年前――開戦前の日本は善の為に動こうとしていた筈なんだ。いつの間にやらそれが歪んでいって、終戦後には気狂いの国とされてしまった。
勝者は英雄。
敗者は邪悪。
それが戦争の常だと思う。歴史は勝者の都合のいいように作られるものなんだと。
別に戦争を肯定する気はないけどさ。殺し合いなんてないに越した事はない。
だけどそれぞれの正義がぶつかった時、争いは生まれる。
ここで言う神魔戦争でも、恐らくはそうなんだろう。神族と魔神、どちらともにも己の信じる正義があった筈だから。




