6-7 神魔戦争の爪痕
「……この壁画は、今からおおよそ七百年前にあった、神魔戦争の様子を描いたものだ」
壁画に手を付き、じっと見ながら、レーグシールさんがお話をする。
「しんま戦争……?」
ってのはなんだろう。戦争と言うからには、大規模な争い事があったんだと予想するけど。
「空からやって来た神族と呼ばれる存在、そしてそれに対抗したが故に“魔神”と呼ばれた、とある女性とその子供達。それらの対立した時の絵だ」
「神様と魔神……だから神魔って事ですか」
「神と言えば聞こえはいいが、実際には正義を語った地上への侵略者だった。神族は元々天界に住んでいたのだが、各々が好き勝手に暮らしていた事によって、その土壌はぼろぼろだった。故に土地の豊かな地上を乗っ取ろうとしたのだな」
「侵略戦争か……」
私達の世界でもよくある話だけど。神様が侵略して来るってのは初めて聞いたな。私達の世界で例えるなら、宇宙人とかが攻めて来たって所だろうか。
「魔神は、そんな神族に思い留まって貰おうとしていたんだ。地上には多くの人間達が居る。そんな人間達の営みが神族によって脅かされる事を、良しとはしなかったのだ。
だが、神族は地上に降り、宗教を作り出した。人間よりも上位の存在として、奇跡とも呼べる技術を見せ、人々の心、興味、信仰を集めていった。
要は侵略する相手を、自分達の陣営に取り込もうとしたんだ。奇跡を見せ付ければ、人はそれに縋ろうとする。例えば不治の病を治したり、凶暴な怪物を一撃で倒したりな。そして人々の為と謳って、自分達の存在をまさに神格化したんだ。事実彼らの存在は、その信仰が廃れつつある今の時代でも、人々に救いを与えた“神”として語られている。そしてそれに対したものは“魔神”、それに協力し、神に対した人間は“悪魔”として断罪の対象となった。神族の目論見は上手くいっていた」
……まさに宗教だな。人は奇跡に縋りたがる。その最たる例が、死後の世界の保障だ。人というものは死に恐怖する。先の見えない不安。死んだら一体どうなってしまうのか。誰にも解らない恐怖。そんなものを取り除くのに、宗教というものはうってつけなんだ。信じる者は救われる、と、まさにそんな言葉の通りに。
「神族は人間を味方に付けた。反対に、魔神への協力者は次々に消えていった。自ら身を引いたり、悪魔として処刑をされたりしてな。
そうして時間が経ち、期は熟したと言わんばかりに神族は魔神への最後の戦いを仕掛けていった。大群を率いて魔神を滅ぼそうとしたんだ。その様子を描いたのが、この壁画だ」
レーグシールさんが視線を向ける、その方向を見る。
この部屋にある、一番大きな壁画。天から来る白いものと、地上で迎え討つ黒いものの描かれた絵。あの天にいっぱい居るものが“神族”で、地上に幾つか居るのが“魔神”という事でいいんだろうか。侵略者と護る者、話を聞く限り、この絵はその定義が正反対になっちゃっていると思っていいんだろうな。
「だが、これこそが魔神の逆転の一手だった。
元より戦力差は歴然だったのだが、最後の戦い、魔神を討つ為に神族の最大戦力が投入された。それこそが魔神の狙いだったのだ。
魔神は自らを囮として神族を引き付け、己の最大の力――“七水晶”と呼ばれる魔術を以て地上に七つの大穴を開け、そこに神族の殆どを叩き込み、封印をしたのだ」
……要は、それは魔神の方が勝ったって事だろうか。
「“しちすいしょう”って?」
初めて聞いた言葉だけど。七つの水晶? どういう意味がそこにあるのか。
「世界の僅かな一部を切り離し、その中の世界を改変する“シホウジン”と呼ばれる魔術だ。詳しい効果は知らないが、とにかくその力で神族は壊滅した。生き残った神族も、戦いの意義を見失ったのだろうな、天の上へと引き上げていった。皮肉にも神族自体の数が減った事によって、天界に住まう事への支障がなくなり、それによって地上を乗っ取る必要もなくなった。それ以来、生き残りの神族がこの地に降りて来たという話は聞いていない。
だが魔神の方も只で済む事はなかった。自らを神族への囮に使った魔神は、“七水晶”を発現する際、神族からの攻撃を受けた。結果、自らの存在も神族によって封印されるに至ったのだ。その様子も、ここの壁画の一つに描かれている筈だ」
言いながら、レーグシールさんがこの部屋の中を、壁に沿って歩いていく。そうしてよく見てみると、確かに小さな壁画――それに描かれた絵は、今まで聞かされた事を連想させる絵がたくさんあった。
その最後には、全身を幾つもの槍のようなもので貫かれて、磔みたいになっている、女の人の姿のような絵が。これが、魔神のなれの果てなんだろうか。
「こうして、この世界には神族の伝えた教えだけが残った。神魔戦争を経て世の在り方は大きく変わったが、今も平和は続いている。目に見える傷痕と言えば、魔神の作り出した七つの大穴だけだろうな。“七水晶”が作り出した大穴、その底がどうなっているのか、知っているものは今尚一人も居ない。
――これでこの話は終わりだ。この遺跡の近くにも大穴の一つがある。見てみるのもいいだろうがな」
「……大穴」
小さく、とばりが呟いた。
ああ、これはまたとばりの興味スイッチが入ったみたいだ。
「見てみたいですね」
「とばり」
嗜めるように言う。だけどとばりは、いつもの無表情で。
「大丈夫ですよ時子」
そうは言うものの、不安だなあ。出口の穴から離れるのもそうだけど、二人で行くってのは――。
「ならば私が案内をしよう。迷いはしないだろうが、女だけでは心配だ」
貴方も女でしょ――なんて突っ込みは口には出さないでおく。レーグシールさん無茶苦茶強いし。それに私達二人だけだと絶対に道に迷う。この人には言っていないけど、ここは見知らぬ土地なんだから。
「付いて来てくれるんですか?」
「うむ」
とばりの問い掛けに、レーグシールさんは即答した。
「でもなんで、そんな親切に……」
裏があるかも、って最初は疑ってたけど、今となっては頼りになる人だと解る。道案内もしてくれたし、ごろつき共からも守ってくれたし。
「気にするな。やりたくてやっている事だ。お節介だと思われるかも知れないが」
「いえ、そんな事はないですよ」
断わる理由はもうないよな。時間も多分、充分にあるんだろうし。




