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終わるアリスの刻 -Mystic Princess  作者: 真代あと
第五話 封印図書館

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5-6 科学は常に不完全なもの

「ここには、アリス症候群に関する本とかはないの?」

 実際に訊いてみる。

「あるにはありますよ。ここには全ての世界の英知がありますから」

「それ、治す方法とかあったら教えてくれない?」

「治す方法、ですか……」

 考え込む仕草をする女の子。

「ないのかな」

「ない事はないんですけれど……貴方は本当にアリス症候群なんですか?」

 ……そう言われると、言葉に詰まる。私は勝手にとばりの症状をアリス症候群プラスって呼んでるだけだし。もしかすると実はそれは全く違う症状だったりするのかも。

「いや私じゃなくてね。さっきこっちに来た筈の女の子が、ちょっとそれと関連のある症状なのかもって事なんだけどね」

「普通のアリス症候群なら、歳を重ねると共に自然と治る事もあります。そもそも特に害のある症状でもないですし」

「それが普通じゃないんだけどね。私はアリス症候群プラスって呼んでる。物語のアリスみたいに、いろんな不思議の国に行けるっていう症状なんだけど」

「……ごく僅かな例として、異なる世界を行き来出来るアリス症候群はあったりします。大抵は夢の出来事だったと結論付ける事になるでしょう。なにせ、実際に違う世界に行ったアリス・リデルがそうなんですから」

 アリス・リデルが違う世界に行った?

 確かに、お話の中ではそうなんだけど。夢の中の話じゃなくて、本当にアリスは違う世界に行ったのか?

 それが本当かどうかまでは解らない。なにせ私達の居る時代の百年以上昔のお話だ。今やもう確認のしようがないだろう。

「でも、そんな症状科学じゃ解明されてないんだけど」

 こんな魔法みたいな事柄に科学なんて持ち込むのも、おかしな話だとは思うけども。

「科学は常に不完全なものですよ」

 そうはっきり、女の子は言ってのけた。

「只、不完全であるからこそ、成り立っている部分もあります。なにせ、かつては世の支配者と呼ばれた“神様”に近付き、追い越せる可能性を持つジャンルではありますから」

 ……成程。神様を追い越せる、ってか。そういや最初に宇宙に行った人間が言ってたよな。“神は居なかった”って。

 アリス症候群も、科学が定義した症候群の一つだ。いずれはなんらかの形で克服される症状なんだろう。

 只、それは今じゃないというのは解る。

「……そうですね。普通のアリス症候群ではない、となれば、何か別の要因が与えられていると推測出来ますけれど」

「別の要因?」

「はっきりと言うなら、誰かからのなんらかの干渉がある、と私は考えます」

 誰かからの、なんらかの干渉。

 ふと、思い至る。もしかして、さっき聞こえて来た、声だけの女が――何か関わってるんじゃないか。やけに馴れ馴れしかったし、出口の穴もここに移してくれたし。……そんな事が出来る奴って。どんな魔法使いだよ。

「召喚、或いは移転――それを解決しない限り、そのアリス症候群がなくなる事もないかと」

 どうすりゃいいんだそんなの。理解の外の理屈を出されても。

「防ぐ事も出来ないの?」

 せめて、とばりが穴に勝手に落ちていく、そうした事さえなくなればいいんだけど。別に穴がどこぞに出来ようがそれはいい。とばりを引き付ける原因がなくなれば、心配事もなくなるんだ。

 そんな私の問いに、うーん、とその女の子は考え込む。

「普通の、その年代の地球の人では無理ですね。魔術などの発展した世界の住人なら、幾らか対処のしようもあるかと思いますけれど」

 ……魔術と来たか。なんだか話を聞いていく程にどんどん常識離れしていく気がするんだけど。そういえば以前、箒に乗って空に浮かんで魔法をぶっ放して来た“魔女”っていうのが居たな。そういう世界にまた行ければ、何か解決とかしてくれるんだろうか。いやあんな魔女や魔王みたいなのにもう一度会いたいとは思わないけど。

 ……まあ、それよりも今は今の事だ。

「――そういえば、お名前をまだ聞いていませんでしたね」

 向こうも同じ事を思ってたらしい。名前を聞く事、それは知恵ある者として、相手の人格を認める第一歩だ。

「私の名前はレミと言います。この封印図書館の管理人です」

 先に名乗られた。そしてお辞儀された。だったらこっちも名乗らないと失礼に当たる。

「私は浅木時子。平凡な大学生よ」

 同じく名乗って、左手を差し出す。すると小さな左手が、私の手を握ってくれた。そうして女の子――レミちゃんは微笑んでくれる。




 ――しかし。この図書館の管理人ってレミちゃんは言ったけど。

 広過ぎる。本棚は幾らでもあるのに、その端っこ、壁みたいな所は見当たらない。空を見ても、月と星々しかない。ここはその少しの明かりで照らされている。

 とばりの事を考えてみる。一体あの子はどこで何をしてるのか。暗い中で一人怯えていたり……してなさそうだなあ。

 ……そういえば、とばりはここに来る前に古書店で本を読んでいたな。ここに来たのは本繋がりか。あの古文書って言ってた、私にはまるで読めなかった本。

 もしかして、ここのどこかで何かの本を読んでいたりするのか? 私の読めない何かの本でも熟読してたりして。

 ……とばりなら、あり得ない事と断言出来ないな。

「とばりの居場所、解らないのかな」

「解りますよ。この図書館の事ですから」

 そういうものなのか? 確かに管理人というなら、ここの全てを把握していてもおかしくはないけど。

「違う人や物がここに来た際は、いつでもどこに居るのかが解ったりするんです」

 そうなのか。流石は管理人。便利な技能を持っているというか。異人探知機とでも言うのかな。

「こちらです」

 すっと、レミちゃんは本棚に挟まれた、狭い廊下を歩いていく。慌てて私もそのあとを追った。こんな、広くて目印もないような所、もしはぐれでもしたら絶対に遭難してしまう自信がある。しかしこの子、どこにどんな本があるとかだけでなくて、どこに誰が居るかまで解るのか。流石はここの管理人。

 そうして歩いて、本棚の角をまがってまがって、一人だったら絶対迷うだろう道を歩いていって、

「異人の雰囲気。ここですね」

 そう、レミちゃんが指差したその先に、

「とばり!」

 やっと見付けた! 赤いランドセルを背負った女の子。とばりは奥にある本棚の前に立ったまま、何かの本を読んでいて、

「……時子」

 こっちに気付いて、振り向く。

 私はとばりに駆け寄っていって、ぎゅうとその体を抱き締めた。

「苦しいです……」

 とばりの声。それを聞けただけでも安堵の気持ちが沸いて来る。

「大丈夫だった? 変な事になってたりしてない?」

「どういう事ですか」

「いや、私はちょっと宇宙空間に放り出されたらしいからさ。とばりもおんなじ目に遭ってないだろうなって思って」

「宇宙空間、ですか……」

 私から身を離して、とばりが少し、考え込むみたいに間を空けて言う。

「私は気が付いたらここに居ましたけど。時子は宇宙に居たんですか?」

 いや好きで宇宙に居た訳じゃないんだけどな。気が付いたらというか、すぐに気を失ったというか。

「そうみたい。でも見知らぬ誰かさんが助けてくれたんだよ。一秒程宇宙に居て、あと数秒遅かったら絶対に死んでただろうって」

「生身で宇宙に出たら、それは普通死ぬと思うんですけれど」

 解ってるよ。でも私は生きてここに居る。生きているならオールオッケーだ。こうしてとばりとも会えた事だし。

「そうだよね。でもちゃんと私はここに居る訳だから。生きてるって素晴らしいわ」

「……生命賛歌はいい事と思いますけれど」

「ここが天国だって言うなら話も変わるんだけどね」

「――天国ではありませんよ」

 レミちゃんが、私達の話の中に入って来た。

「ここは封印図書館。世界の英知が集まる所です」

 さっきも言っていた台詞。これはとばりに向けて言ったって所かな。

「……思ってたんだけど、封印図書館って、何が封印されてるのかな?」

 ここのどこかに秘密の地下室とかあったりして。そこには普通の人間には開く事も出来ないような魔道書とかが安置されていたり。或いは謎の怪物が居るとか、謎のアイテムがあるとか。

 だとしたら、面白そうな話ではあるけどな。

「ここには、特別何かが封印されているとかはありませんよ」

 どうやら予想は外れたらしい。

「寧ろ、封印されているのはこの図書館自体です」

 図書館自体が封印――閉鎖されてるって事なのかな。だったら誰も本を読めないんじゃないか? 図書館なのに。

「ここは、一体なんの為にあるんでしょう」

 とばりからの質問。それは私も聞きたい所だ。

「……、まあ、それを教え伝える事に問題はないと判断しますけれど」

「是非とも、知りたいです」

 妙に積極的に話を聞きたがるとばりが居る。あの古文書の時みたいに、好奇心度がマックスになっているのかな。

 少し、間を置いてからレミちゃんは口を開いた。

「――では少しお話をしましょう。どうしてここが封印図書館と呼ばれているか――」

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