5-4 本本本
本。
本。本。本。本――。
暗い場所の中、周囲は本棚と、そこに詰められた本だらけだった。
自分の背丈以上の、高くて長い本棚。
ゆっくりと、絨毯敷きの通路を歩いていても、それ以外のものが全く見当たらない。通路の角が見えたかと思ったら、そこに行くと更にたくさんの本棚がずらりと並んでいた。
図書館――と言うにはあまりに広い。
そして人らしき気配が全くない。
暗い。
不安になって来る。
「誰か居ませんかー……」
小さく声を上げてみる。
その声は、周囲を覆う暗闇に吸い込まれていっただけだった。
なんでこんな小さな声になったか。それは唐突に、“図書館では静かに”という言葉を思い出したからだった。いやここが本当に図書館なのかどうかは解らないけど。
……勿論、そんな声を聞いてくれる存在などここに居る筈もなく。他に人が居なければ、
“図書館では静かに”なんてルールを守る必要もないんだろうけどな。
空を見上げてみると、それは夜空。たくさんの星々と、一つの大きな月がそこに輝いている。
夜空の下の、妙な建物。
勿論おかしい。穴に入って来たのはまだ日が照っていた頃だったんだ。時間が元の世界とは違う、おかしな事になっている。
いやそれ以前に、ここは一体どういう所なんだろう。
本がたくさんあるから、つまりはやっぱり図書館? でいいんだろうか。
……図書館。
不意に、ある衝動が湧いて出て来るのを感じた。
してはいけない――故にこそ、やってみたいという考え方もある!
「うにゃああーーーーっ!!」
猫の鳴き真似、プラス大声。
誰も居ないと解るとなると、気も大きくなるというもの。勿論、ここにとばりが居たなら、そしてこの声を聞いてここに来てくれるとかになったら、一気に今回の問題も解決するってものだ。
「うおーい、とーばーりーっ!」
本来の目的を思い出して、大声を若干修正。
「――あらあら。またお客さんですか」
そうすると、突然に声が。
「うおっ」
自分で呼んでおいて、ちょっとびっくりする。
「今度は誰?」
さっきまでのとは違う声。それが女だというのは解ったけど、とばりとは違う声なのは確かだった。
「怪しい者じゃあありませんよ」
――足音が。そのつかつかと鳴る方向に目を向けると、暗闇の奥から人影が。
そして暗闇から顔を覗かせるは、とばりじゃない、一人の小さな女の子だった。
「こんにちは、お客さん」
その子は微笑みながら、儚げな声でそう言った。
……こんにちはって言われても。
「こんばんは、お嬢さん」
こっちの方が適当に思える。なにせ日が照ってないんだもの。空に見えるのは完全な星空。真っ黒い所にある幾つもの光点。
それよりも、
その子もまたおかしい。主にそのいでたちからして。
床に届く程の長さの、質素ながら白いドレス。そして頭に掛かる、同じく白の薄いベール。
まるで花嫁衣裳みたいな――それが率直な感想だった。だけどその割には幼く見える背格好なんだけど。
……その子は微笑みながらこっちを見ていて、
「貴方は、どうやってここに来たんでしょう」
そう訊いて来る。
「どうやって、って訊かれても……」
私にも解らない。穴に落ちて、気付いたらここに居たんだ。そのプロセスは不明。
「普通には、人はここには来られない筈です。ここには普通の入口などはないんですから」
普通の入口はない――。
つまりはあの穴は、やっぱり普通に出来るものじゃないという事か。いや薄々感付いてはいたけども。
「貴方は、アリス症候群……って知ってます?」
「アリス、症候群?」
首を傾げる彼女。
「正式には、不思議の国のアリス症候群って言うんだけど」
微妙に長ったらしく語呂の悪い名前で尋ねる。
「……ああ」
彼女の首が戻る。
「その症状は読んだ事があります。そう、という事は、貴方は“地球”の方ですね」
そんな事も解ったりするのかい。確かに不思議の国のアリスは地球生まれのお話だけども。
――だけど、今聞いた台詞。
「読んだ?」
なったとか、見たとかでなく、読んだ。
ちょっと解らない。地球の事が書かれた本でもあるのか? 確かにここには本はたくさんあるけども。
「ええ、読みました。地球について書かれた本は殆ど」
……やっぱり解らない。地球の事について書かれた本を殆どって、仮にあったとしてどれだけの量になるんだ?
そして、ここに地球以外の事が書かれた本があるとしたら――。
「貴方が居たのは、西暦にして何年でしょう?」
西暦、という概念まで解るらしい。地球の本があるっていうのも、あながち冗談とかじゃないのかも。
「私が居たのは西暦二〇〇二年よ」
そう私が答えると、
「そうですか……西暦二〇〇二年……」
なぜか、渋い顔をして口元に手を当て考え込む女の子。
「な、何か?」
「いえ、お気になさらずに。こちらの事ですから」
考え込みを解除して、こっちに向き直る女の子。
「いや気になるわそんな思わせぶりな事されたら」
二〇〇二年に何があるのか? 何かある事を知ってるのか?
っていうか、この子は一体何者なんだ? こんな広くて暗い所に、一人で居るのか? 他の人が居そうな気配がまるでしないんだけど。あの最初の声の主も、どこに行ったのやら解らないし。
「……それよりも、貴方はどうしてここに?」
女の子から、そう疑問を投げ掛けられる。
それは私が訊きたい所だ。穴に落ちて気が付いたら宇宙空間に居て、次に気が付いたらこんな謎空間に居るんだから。
だけど、私にはやるべき事があるんだ。例えどこに行ったとしても、忘れてはいけない事。
「私は先にこっちに来ちゃった女の子を探しに来たの。佐倉とばりって言うんだけど」
「……サクラ トバリさん……」
少し、考え込む女の子。
「ここに誰かが入って来たら、大体は解ります。そもそもここに誰かが来る事自体、あまりない事ですから」
「さっき、またお客さんって言ってたけど、もしかしてその前に小さな女の子が来なかった?」
女の子は、少し考え込んで、
「ああ……確かに来ましたね」
そう答えた。
とばりの事だ。間違いない。
「どこに行ったの?」
「……さあどこに行ったんでしょう。少なくとも、この真ん中より外に出たとは思えないですけれど」
そうか。また好奇心に触発されてどっかに行っちゃったんだな。
だけどこの図書館? みたいな所、本と本棚だらけで一体どこを探せばいいのやら。どこまで行っても、景色としては殆ど変わらない所なんだもの。
それに、さっきこの子はここを真ん中って言ってたけど、するとここには真ん中以外の場所があるって事か。そんなの探すってなったら、広過ぎてすぐに遭難しそうだよ。
「っていうか、ここはなんなの? なんだか本しかない場所みたいだけど」
女の子は、少し考えを巡らせるように、口元に手をやってから、
「ここは、世界の英知を集めた所。封印図書館と呼ばれています」
そう答えを返した。やっぱり、ここは図書館らしいけど――。




