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終わるアリスの刻 -Mystic Princess  作者: 真代あと
第五話 封印図書館

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5-1 とばりと古書

 ――それはある寒い日の、ある夕方の頃の事。

 大学の帰り道にある小さな古書店の前にて。そういえば、探してた本があったなあ、と思ってふとその中を覗いてみると、そこに腰まで届く長い黒髪の、白いワンピースを着ている少女――佐倉とばりの姿を見付けた。


 その古書店は気難しいお婆さんが一人で切り盛りしてる古い店で、客層も特殊な人種が多い。例えば歳老いたせどり屋さん――古本屋などで掘り出し物を見付けて、それを他の所で高値で売って儲けようとする人とかが居たりする。一般向けというには少々難易度の高い店だ。

 その中に混じって、小学四年生のとばりの姿がある。肩に小学校仕様の赤いランドセルを背負ってる辺り、察するに学校帰りに寄ったんだろうか。

 ミスマッチではあるなあ。少なくともこの古書店には、普通の小学四年生辺りが喜びそうな漫画などの類の本は殆ど置いてない。お婆さんの拘りなのか、見た目古そうな小難しい本ばっかり置いてある。でも、とばりは頭がいい。大人が読むような難しい本も、自分の部屋に幾つも置いてあって、毎日のように読んでるんだ。“とばりコレクション”と私が勝手に呼んでいるそれらは、とばりの部屋の本棚は完全に占領していて、それにも入りきらない大量の本が、部屋の床をどんどん侵食していっている。

 とばりは一体何を求めてこの店に居るのか。まあ古書店なんだから本しかないんだろうけど、じゃあどんな本を読んでいるのか。

 興味が湧いた。だから私も店に入る。入口、ガラスの引き戸になっているそれを出来るだけ音がしないように、ゆっくりからからと開けた。

 とばりは何かの本を立ち読みしていて、私が来た事には気付いてないみたいだった。

 そろりそろりと、本棚の並ぶ狭い通路を歩いていき、とばりの後ろへ忍び寄る。

 そしてそこからとばりの手元、本を覗き込む。

 ……難し過ぎて読めない。

 文章が難しいというより、文体が難しい、というべきか。どうやら相当古い本らしく、文字一つ取ってもまるで読めないものと、かろうじて読めないものの二種類しかない。とばりは本当にこれを読めてるんだろうか。

「……あんまり人の読んでいる本を覗き込むものじゃないですよ、時子」

「うおう、ばれた」

 本に目を落としたままで、とばりは私に話し掛けて来た。見えていない筈なのに、なんで私だと解ったんだろう。頭の後ろに目でも付いてるのか? トゥアタラみたいに。

「いやごめんごめん。ちょっと気になったものでね」

「……まあ、いいですけれどね」

 呆れたような声で言いながら、だけどその目はまだ本から離れず文字(?)を追っていたりする。

「なんの本を読んでるの?」

「これですか」

 手にしてる本をぱたんと閉じて、それを持ち上げながらとばりはこっちを振り向いて言う。

「古文書、みたいなものですね」

 古文書……何かお宝の在処でも書かれてるんだろうか。表紙を見ても、なんの本なのかさっぱり解らない。書いてある文字が崩れ過ぎてる。

「面白い?」

 訊いてみる。

「まあまあですね」

 微妙な答えが返って来た。

 だってそう、私にはこの本が読めないんだ。どこがどうまあまあなのかも解る筈がない。そもそも題名や作者からして不明なんだ。ジャンルも解らない。面白いと思える筈がなかった。

 でもとばりはまあまあと評する。ならそれなりに面白い本なんだろう。読めればの話だけどな。

「で? どうするのその本。お部屋のとばりコレクションに加えるのかな?」

「……別に、あれはコレクションしてる訳じゃないんですけど」

 いいやそれは嘘だな。前にどるまん――佐倉家の飼い犬であるレトリバーがとばりの部屋に入り込んだ時。床に散らばっていた本の上に寝そべってしまったどるまんを必死になってどかそうとしてた事、私はしっかりと覚えてるぞ。

 つまりはあのたくさんの本は、とばりにとって大切なものだという事だ。少なくとも汚れる事は良しとしていない。その割には無雑作にとか、床に山積みにされてたりとかされている本が多いんだけど。置き場所がないんだといえば仕方のない事かも知れないな。

「でも……そうですね。お小遣いもありますし、買っていってもいいかも知れません」

 そう言って、とばりは古文書(?)を持って、レジのあるお婆さんの所へ行く。

 ……あのお婆さん、私は苦手なんだよなあ。気難しい性格をしているから、客に対しても殆ど愛想がないんだ。

 私も何度かここで本を買った事がある。ちょいと昔の民俗学系の本とかな。その時にはお婆さんは殆ど何も言わず、本の値段くらいしか声を聞かせる事がなかった。勿論お客に対して敬語なんて使わない。いらっしゃいとか毎度ありとか、そういう事も言わない。店番をしていてもレジのある机の椅子に座ったままずっと険しい顔して本を読んでいて、来る客に対して気遣いとか媚びるとか、そういう事も一切ないんだ。ここがなんでやっていけてるんだろうって、本当不思議に思うけど。

 とばりはそういう事、解ってるんだろうか。なんだか心配だよ。なので離れた所から見守ってみる事にする。

「いいですか、お婆さん」

 とばりがお婆さんに声を掛ける。

「……なんだ、佐倉ちゃんかい」

 あれ? 今までに聞いた事のない声を発したぞこの婆ちゃん。

 婆ちゃんは読んでた本から顔を上げて、とばりの方を見た。顔は渋そうな表情のままだったけど、さっきの言葉からして、もしかすると知り合いだったり?

「はい。この本を買いたいんですけど」

「ふん……またこんな小難しい本を。たまには漫画でも読めばいいのに」

 あれ? 随分口数が多くなってないかこの婆ちゃん。

「面白い本なら読みますよ」

「生意気な口を利くねこの子は。……千円だよこの本は」

「はい。ありがとうございます」

 とばりが肩のランドセルを外して、そこから財布を取り出して、お札を一枚手渡す。

「毎度」

 おお、あの婆ちゃんの口から毎度って言葉が出るなんて。

「お待たせしました」

 とばりがさっきの本を手に戻って来る。

「……凄いじゃないの。あの婆ちゃんが世間話とかするなんて」

 まだ店内なので、婆ちゃんに聞こえないように小声で話す。

 これはあれか。とばりの持つ幼い小学四年生パワーが成せる業だったりするんだろうか。人に好かれるという純真のオーラが婆ちゃんに当てられた結果だったりするのか。

「……別に、凄いとかじゃないと思いますけど」

 とばりは例の古文書(?)と財布を、ランドセルに仕舞いながら言う。

「いやいや、私もここで本買った事あるけどさ、相当無愛想だったよあの婆ちゃん」

「あの人は、人見知りする気質なんです。私は昔からここで本を買ってましたから」

 常連さんだったのかい。というか人見知りをしなくなる程昔から通っていたのか?

「私もずっと通ってたら、人見知りされなくなったりするのかな?」

「……どうでしょう。私には最初からあんな感じでしたけど」

 もしかしたら、とばりの事は孫みたいに思ってるのかも知れないな。だとしたら微笑ましい話だけど。

「私もいつか、あの婆ちゃんに話し掛けられたりされたらいいのになあ」

「時子なら、すぐにその時が来ますよ」

「うん、優しい子だなあとばりは」

 とばりの頭を、かいぐりかいぐりしてやる。

「外でやられると恥ずかしいですからこれは!」

 頭に手をやり、私の手を剥ね退けようとするとばり。

「いーじゃんかよー減るもんじゃないしー」

「減ります何かが減ります」

「あんた達! 騒ぐんなら外でおやり!」

 うお怒鳴られた!

 婆ちゃんの大声が残響となって耳に響く。

「済みませんすぐに出ます」

 とばりがぺこりと頭を下げて、私の裾を引っ張っていく。つられて私も、一緒に店の外に出て行った。

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