4-8 お土産
「さあ、お二人さんはそろそろ帰るんでしょう? 今はこの貴重な経験を胸に、元の世界にお帰りになる時ではないかと」
そうだ。私達は帰らないといけない。ここはあくまで彼女達の世界で、私達の世界じゃないんだから。
……あれ?
「っふふ。貴方達は次に、なんで帰るのが解ったんだろう、とか思いますよー」
なんで、帰るのが――いやそんなのはいい。あの時、盗聴器はアサさんに発見されて処分された筈だ。それ以降の会話は聞けない筈。なのに――。
「ふっふっふー。最強の情報屋を舐めちゃあいけませんよ。例え相手がSAISであったとしても、それに簡単に察知されるような盗聴器を私が仕込むとでも?」
……つまり、盗聴器はまだあると。アサさんですら見付けられない盗聴器が。
「……いやはや」
凄いと言うか、怖いわこの人。全てを見通すような、優秀だろう機械を欺けるなんて。
「だからですね。お二人が例のブツを貰った事もちゃんと解ってますよー」
「例のブツ?」
なんだろうそれは。主語がはっきりしていないけど。
「ええ、ミニア特製タイヤキの事です。甘い匂いもしますから、すぐに解りましたよー」
なんと、ミニアさんがおみやげにくれたのはタイヤキらしい。……って、この世界にタイヤキという存在があるんだという事自体に驚きが来るんだけど。
「これ、ほんとにタイヤキなんですか」
甘い香りのする包み袋を顔の前にまで持ち上げる。中身はまだ見てないから解らないんだけど、確かにタイヤキと言われればそうなのかも知れない。あっためて、って言ってたしな。
「ミニア特製のタイヤキは絶品ものですよー。私も是非とも食べたいものですけど、ちょっとした約束がありましてねー。お二人だけで、どうぞご賞味下さいな」
そう言われると、二つしかない事だし、仕方のない事だと思うんだけど。
「……エリアさんは、このタイヤキ、食べないんですか?」
二つあるんだし、一つはエリアさんが、もう一つは私達が二つに割って食べてもいい。そう思っていたんだけど。
「食べたいのはそうですけれど、言ったでしょう。私には約束があるんですよー。お気になさらずに、お二人で分け分けしてやって下さいな」
……そう言われると。私も無理に勧める理由がなくなってしまう。
「……解りました。帰ってから、二人で分け分けして食べます」
「名残惜しいですけどもねー。これも契りというようなもので、こんな外道な私でもそう簡単に違える訳にはいかないんですよー」
自分で外道って言っちゃうかね。
だけど一体どんな約束をしてるんだろう。タイヤキ食べちゃいけない約束って。
気にはなったけど、私達の最優先事項は元の世界に帰る事だ。あんまり深入りしちゃいけない。
「じゃ、そろそろ行こうか、とばり」
隣に居るとばりに声を掛ける。もうこの近くには、例の帰り道――穴がある筈だ。
「はい。行きましょう、時子」
とばりもそう言ってくれる。
穴は、私達の居た場所からすぐ近くにある筈だった。
興味があるのかどうなのか、エリアさんがずっと後ろから付いて来てたんだけど。
「どうぞ私の事は気にせずに。ちょいとお二人の来た場所というものに興味があるだけですからー」
……いや気になるんだけど。でも今まで他人がこの穴を見る事が出来たっていう事例は聞いた事がないから、エリアさんが穴の所まで来ても只何もない地面を見る事になるだけだと思う。多分。
――まあ私達が見えさえすればいいんだけどね。
そうして少し歩いていった所、歩道の奥、街路樹など、草木の植えてあった場所に、帰りの穴があった。
黒い穴。人が二人、並んで入れるくらいの大きさの穴だ。
勿論、私達にはしっかり見えてる訳だけど、
「はー、例の穴というのはどこにあるんでしょうねー」
きょろきょろと辺りを見回すエリアさん。案の定、エリアさんにはこの穴が見えてないらしい。……まあそれはそれで面倒な説明とかしなくていいんだけどさ。
「確かにこの辺りに時空震の原因がある筈なんですけれどー。お二人は何かあるのが解ってるんですかねー」
エリアさんが私達に向かって訊いて来る。
……やっぱり面倒な説明が必要なのかも知れない。……というか、エリアさんなら今の状況も解っていてもおかしくはないのでは、と思うけど。
「ここには穴があるんですよ。私ととばりにしか見えない穴が」
「むー……」
エリアさんが少し唸って、この辺りをしげしげと見回す。幾ら見ても解らないだろうさ。だって今、穴はエリアさんの本当目の前にあったんだから。
「……」
とばりが無言で穴の前にまで行って、直前で座り込む。そしてそのまま、穴の中に片足を突っ込んで、ぶらぶらさせた。
「おおお――」
エリアさんが感嘆(?)の声を上げる。
「こういう訳ですよ」
私から見ると、只とばりが穴の中に片足を入れたってだけなんだけど。
これがエリアさんから見ると、地面に足が埋まったように見えた筈だ。
「私、久しぶりに感動しましたよー。全く知らない物理法則をこうして目の当たりにするなんてー」
どうやら感動してくれたらしい。良かった良かった。
「一体どういう仕組みなんでしょうかー。私には見えないのに、トバリさんには干渉が出来る、この理屈」
「残念ですけれど、私達にもよく解っていないんですよ。アリス症候群っていうのが関係してるらしいって事くらいで」
「アリス症候群、ですかー……聞いた事のない症状ですねー」
最強の情報屋でも解らないか。まあ、こことは違う世界の事だろうからな。アリスという人名も人物像も、地球由来のものなんだから。
「まあ、世の中はまだまだ未知に満ちている、という事なんでしょうね。最強の情報屋としては、正直歯痒い事でもありますが」
「まあ、私達の世界でも一般に認知されてる訳じゃないですから」
出来れば、これも一時の夢と思って忘れてくれるのがいいんだけどさ。
「――まあいいでしょう。今の私は、お二人をここで見送る事しか出来ないのでしょうから。これも貴重な体験です」
そうだな。多分、もう一生会う事もないんだろうし。
「では、私達はこれで消えていきます。エリアさんも、お元気で」
「ありがとうございますー。お二人――トキコさんもトバリさんも、どうかお元気で」
うん。いい人じゃないかこの人も。
そんなエリアさんを後ろにして、私達は穴に向かう。
「じゃあ、行くよとばり」
隣で、「はい」と頷くとばり。
そして、私達は、
――いっせーのーせっ。
二人一緒に、穴へと飛び込んだ。
・
そうして、今回の冒険は終わった。
時間にすれば一時間程度。だけどこっちの時間では十分程度しか経っていなかった。
まるで夢の中のような体験。こっちに戻った時、私達は二人並んで私の部屋の真ん中に立っていた。
手に残ったのは、ミニアさんから貰ったタイヤキの入った包み袋。
「さてと、食べようか、とばり」
手を繋いだままの、とばりの方を向いて言う。
「それを食べるなら、お茶とかがあればいいでしょう。用意しますよ」
とばりがそう言って、我が家の台所へ向かう。勝手知ったるこの家――というよりは単に狭い部屋ってだけなんだけど。
「ああ、ありがと」
とばりがお茶を用意してくれている間に、包みを開いてみる。ミニアさんから貰ったタイヤキはまだ少し温かくて、そして本当にタイヤキの形(鯛の形にあらず)をしていた。少し割ってみると、中身にはしっかりあんこが詰まっていた。
……でもなんであんな近未来の世界にタイヤキなんてあるんだろう。私達の世界にあるものが、そのまま向こうの世界にもあった。
これは実に興味深い。私達から見るとあっちの世界の人達は、まさに宇宙人になるんだけど。だけど姿形は私達と変わらなかったし、タイヤキだって私の知ってるそのままの形で出て来た。
宇宙には、人間には解らない何かの繋がりがあったりするのかも。
しかし、世の中ってのは広いね。ファンタジーやらSFやら、いろんな世界があるんだから。
それが現実なのか、或いは夢なのかは解らないけれど。
……でも出来れば、こんなのは夢であって欲しいなあ。元のアリスのように、荒唐無稽な世界に行ったとしても、全部夢だってんならまだ納得出来るんだ。
現実だとするなら、このアリス症候群プラスはなんの為にあるんだろう。
そしてなぜに、とばりにそれが現れているのか。
……現実だとする証拠なら、今ここに、二人で食べた異世界のタイヤキがあったって事くらいだ。でも、それももう全部食べてしまって、最早痕跡も残っていない。異世界を証明するものは、もうここにはない。
因みにそれは、甘くてとてもおいしゅうございました。




