4-7 最強の情報屋
「おハローございますー」
二人でミニアさんの家の門から出た途端、怪しい呼び声を掛けられた。
「貴方は……」
見た顔だった。ちょっと前にミニアさんに家への出入り禁止を食らった、確かエリアさんと呼ばれた人だ。
「はいー、人呼んで今世紀最強の情報屋、エリア・トラトアとは私の事ですよー」
「最強の情報屋……」
知り得ない事はない、って事なんだろうか。確かに、私達の事を異世界人って知っていたみたいだし(盗聴器で)。でも最強ってなんだ。
「はいー。私に知り得ない事はありませんよー」
胸を張って、自信満々に言うエリアさん。知り得ない事はない。なら、一つ気になる事があるんだ。
「あの、アサさんって一体どういう人なんでしょう?」
それを質問してみる。私の見立てでは、アサさんはやっぱり普通の人間とは違うような気がするんだ。
「おやおや? 貴方はアサさんが人間じゃないとでも?」
「いや、流石にそこまでは」
否定する。確かにちょっと失礼な物言いだったかも知れないし。反省せねば。
「まさしくその通り。アサさんは純粋な人間ではないのですよー」
っておい。さっきの反省を返せ。
「純粋な人間じゃない――って事は、アンドロイドとかなんですか?」
とばりが、エリアさんに質問をした。
「うーん、ハードウェア面で言えばそうですねー」
「ハードウェア面……」
なんだか難しい話になって来たよ。
「ソフトウェア面で言えば別物です。アンドロイドの皮を被ったAISとでも言いますかねー」
「AISって、確か自分で物事を考えられる人工知能の事でしたよね」
それはミニアさんから説明された事だ。専門家から聞いた事なんだから間違いはない筈。
「いえすです。まあ、実際にはそんなレベルのアサさんではないのですがー」
どういう事か。だんだん煙に巻かれている気がする。
「SAIS。あの子は元々そう呼ばれていました」
「……えすえーあいえす?」
ってなんだろう。AISならミニアさんから説明されたけど。……確か、自分で物事を考えて、判断出来る人工知能の事――って言ってた。私達の世界で言う、AIの事。
じゃあ頭に付いたSはなんだろう。スーパー?
「スード・アーティフィシャル・インテリジェンス・システム。偽の人工知能、と言ったところですね」
スーパーじゃなかった。でも、
「偽の?」
それはよく解らない。偽って事は、人工知能じゃないって事なのかな?
「ええ。この場合の“偽”とは、普通の人工知能に当て嵌まらない、人工知能を超えた、という意味合いを持ちます」
偽――それで本物を超えたって意味になるのか。小洒落た言い回しじゃないか。
だとすると――さっきこの人が言っていた。アサさんがSAISと。それは即ち、やっぱりアサさんが人間じゃないという事になるんじゃないか。
「アサさんは世にも珍しいSAISです。それをミニアが作り上げました」
やっぱりそういう事なのか。アサさんは人間じゃない。時空震の件も、エリアさんの言ってたスキャン云々の件も、人間でなく機械寄りという存在なら出来て納得も出来よう。
まあでも、そういった存在もこっちの世界じゃ珍しいものじゃないのかも知れない。なんたってスペースコロニーがあるくらいなんだ。ミニアさんも言っていた。私達の世界のフィクションも、いずれは形にされるものだと。それはこの世界を見れば解る。私達の世界のフィクションが、ここでは実際に幾つも形になっている。
いずれは、自分でものを考え、行動出来るロボットも造り出されるのかも知れない。それは遠くない未来に。何年掛かるか解らないけども、フィクションでは既に出来上がっているんだ。その辺りの事は、科学の進歩に期待したい。
でも、そのSAISがどういうものか、普通のAISとどう違うのか、私はまだ知らない。普通のコンピュータとスパコンくらいの差があったりするんだろうか。
「私の知る限り、ミニアは今までに三体のSAISを生み出しています」
「三つも、そんな凄いのを造ったんですか」
とばりが、好奇心をあらわにしてエリアさんに訊く。
「いえすです。それは人間と変わらぬ、或いはそれ以上の知能を有していると言っても過言ではないでしょう」
近未来の、人工知能――AIを題材にした映画とかなら、私も見た事がある。
大抵は、ろくでもない結果になったりするんだけど。でも話が通じる相手だったら、共存も可能だったりするんだろうか。
「その、あとの二つのSAISは今どうしてるんですか?」
そう訊くと、エリアさんはちょっと苦い顔をして、うーんと唸って頭に人差し指をやる。
ひょっとすると、これは訊いたらまずい話だったのかな。
「――ミオ・ノアメとアリカ・ノアメ。この二人は共に四十年程昔に失われてしまいました」
四十年程昔。
ミニアさんが言ってた、大きな戦争があった頃の事か。
戦争によって、失われるものがある。きっとその時、たくさんのものが失われてしまった事だろう。
やっぱり戦争なんてろくなもんじゃない。
「やっぱり、それって戦争が関係してるんでしょうか」
とばりがそう訊くと、
「いえすです。アリカさんは身内である軍部のごたごたで、ミオさんは軍務の最中に亡くなってしまっています」
亡くなる、か。多分、ミニアさんやこのエリアさんにとって、そのSAISとは大切な存在だったんだろうな。本当の人間のような――いや或いはそれ以上に。
「アサさんは――その戦争に巻き込まれる事はなかったんですね」
そう訊くと、エリアさんはかぶりを振った。
「いいえ? アサさんはミオさんが亡くなったあとに急遽バックアップから生み出されたSAISです。しっかりと戦争も体験していますよ」
「戦争を体験……」
って聞くと、アサさんが淡々とした佇まいをしてるのも解る気がする。きっと、私達には想像も出来ない程の修羅場をくぐったのかも知れない。そうしてあんな性格に――。
いや、それも想像だ。実際に何があったのか、私達には知る由もないんだから。
「そうですね。実に大きな被害の出た戦争――という所で留めておきましょうかー。あまり愉快なお話でもないですしー」
それ以上の想像は出来ない。このエリアさんだって、ミニアさんと同じく見た目若いけど、戦争を体験してるんだろうからな。
「とにかく、その戦争を経て我々人類は平和を取り戻しました。それから四十年、目立った争い事は起きていません。
しかし、人の本性は悪とも言います。戦争を知らない世代も多いです。いずれ、異なる形での争い事が起きないとも限らないでしょうね」
「――それは……」
私に対しても言われている気がした。私だって戦争は史料でしか知らない。なにせ六十年も昔の事なんだ。世界を巻き込んだ大戦争、今ではその記録すらどんどんと失われている。傷痕は大きかったとはいえ。
「どうやらどうやら、なにかしら思う所が貴方達にもありそうですねー」
「……そうね。体験した事はないけど、世界を巻き込んだ大戦争ならあったわ」
「それは興味深いお話」
エリアさんが、私に向かって身を乗り出すようにする。
「やっぱりどの世界、どの時代でも争い事は絶える事はないんでしょうかー。貴方達の世界では、それはどんな結果になったんでしょー?」
「……別に愉快な話でもないですよ。いろんな国で大きな被害が出たってだけで」
エリアさんの言ってた事を、似たような言葉で返す。
「いやこれは失礼をば。知らない事とか解らない事とか、どうにも興味を引かれるんですよねー。職業病、というやつですかねー」
てへっ、と舌をぺろりと出して。……反省してるとはとても見えない仕草をして来るエリアさん。
「まあ、お互いに平和な時代が続けばいいんだけどね」
「そうですね。いずれ――、
いや。あの二人共が平穏無事に過ごせる日々が続けば良いのですがー」
それは、希望か。
或いは、いずれ来る不穏な未来を予言しているようにも思えた。
見た目では若かったミニアさん。メンテナンスって事ならともかく、アンドロイドであるアサさんはいつまで生きるのか。
既に六十歳辺りであろうミニアさんが居なくなってしまった時、アサさんがどうなるのか、少しだけ気になった。
だけど、それは気にするのも野暮な事。どのみち未来は解らない事だし、あの二人なら上手い事やれそうな、そんな気がする。




