4-6 有限定理
「でも、それって……」
時空震ってのは直接体感した事がないから解らないけど。
「私達が帰れば、解決する話なのかな?」
「……そうね。異なる世界からの質量の移動が原因。質量自体が元の場所に戻れば、必然的に時空震もなくなるわ」
なんのこっちゃ。難しい話でよく解らん。
そう思って、とばりの方を見る。するととばりは、私の方を見て、一つ、うんと頷いて、
「……む、むずかしいはなしですね」
なんと。つたないながらもとばりから助け舟が出された。うう、情けない話だよ。多分、とばりは今の話を理解出来てただろうにな。解っていない私の為に身代わりになってくれるとは、なんていい子だろう。
「そうね、例えばぴったり水の張ったコップを思い浮かべてご覧なさい。そこに一つ、小さなガラス球でも落とす。するとさてどうなるでしょう」
「……水が溢れる?」
答えはすぐに出て来た。我ながら単純な解答だと思うけど。
「うん。それだけじゃあないけれど、概ね正解ね。その水が溢れるっていうのが時空震と考えればいいわ」
「その、水が時空で、私達がガラス球と考えていいんですか?」
とばりがミニアさんに質問する。
「そうね。例えとしてはそれでいい」
ミニアさんが時空って言ってるものの正体はよく解らないけど、きっとこの世界では普通に観測出来てる事象なんだろうな。文明のレベルが全然違うんだから。
「じゃあ……水が溢れるのが時空震って言いましたけど、それによって何か、良くない事が起きたりしないんでしょうか」
とばりのその質問に、
「いーい質問だわトバリさん」
ミニアさんが身を乗り出す、みたいな仕草をして、お褒めの言葉を送ってくれた。多分核心を突いた質問だったんだろう。私も嫌な予感はしてたんだ。時空震って言うけど、地震だって規模によっては大きな被害が出たりするんだ。
「そうね。私達の世界では“有限定理”っていう言葉があるの」
「有限定理……」
意味は解らない。専門用語っぽいけど。
「簡単に言えば、この世界は無限だろうと有限だろうと、全てにおいて限りがあるっていう話なんだ」
全然簡単じゃない。無限なのに限りがあるって、そりゃあどういう事か。
「詳しい説明は省くわ。まあ単純に言うとすれば、トキコさんの吸ってた空気や飲んだお茶が、他の誰かに行き渡らなくなるって言う程度の事ね」
質量保存、みたいな感じなのかなあ。
「それって、結構大変な事なんじゃあ……」
「海の水を考えてみればいいわ。その水をコップ一杯すくったとして、さて海の生き物達に大変な事が起きるかしら?」
「……多分、起きないんじゃないかと」
「そういう事よ。貴方達が気にする程の事は起こらない。まあここに長居するっていうのなら話は別だけど」
長居すればする程、消費するものが増える。その分、割を食う人が出て来るっていう事なんだろう。
勿論私は、そんな被害を起こしたいとは思わない。
「どうやら早く帰った方が良さそうだね、とばり」
隣に居る、とばりに声を掛ける。するととばりも、うん、と一つ頷いた。
「そうね。ここが本星だったら話も変わって来るんだけどね」
本星、ね。宇宙に住んでるならではの言い方だな。
「じゃあ、やっぱりここはスペースコロニーだったりするんですか」
「あ、そういう知識はあるんだね」
ミニアさんが関心したような声を掛ける。
「まあ、SFとかアニメとかの知識なんですけど」
「うん。そうしたフィクションでも、いつかは形にされるものよ。スペースコロニーだって宇宙船だって、貴方の世界でもいつかは生み出される技術になるわ」
そうだな。実際にここにはそれらがあるんだ。宇宙船はまだ見た事はないけど、スペースコロニーなら実際にここにある。その地面に立っている。
同じ人間が、知恵のある人間が、それらを再現出来ない道理もないだろう。
「私達に出来るのは、そうした技術が早く貴方達の世界でも実現出来るようにエールを送る事くらいね。私達の連盟に仲間入りが出来れば、しちめんどくさい条約なんかに縛られずに済むし」
「そうね。早くそうなるよう、私達も祈っています」
多分、そうなるには百年か二百年は経たないと実現しそうにないけどな。私達が生きている間には実現する事はなさそうだ。
「じゃあ、私達はそろそろおいとましましょうか。あんまり長く居ると良くないっぽいしね」
とばりの方に向かって言う。とばりもまた、うん、と一つ頷いた。
うん決まりだ。今回はこの辺りで退散するとしよう。
「じゃあ、私達は消えて行きますんで。お話し出来て楽しかったです」
「どういたしまして。また会えたらいいんだけどもね」
残念ながらそれは難しいだろうな。アリス症候群プラスはいつどこに繋がるか解らないものなんだ。私だって、同じ異世界に二度行けたとかいう覚えはないんだし。
でも、
「……そうね。今度はゆっくりお話しが出来ればいいんですけど」
折角こうして出会う事が出来たんだ。この出会いも何かの意味があったものだと信じてみたい。
だからいつか、また会う事が出来たら――。
「そうだ。アサー? 折角だから、あのお菓子、まだ残ってたわよねー?」
ミニアさんが、部屋の奥に居るアサさんに声を掛ける。
「はい。丁度あと二つ、保存しています」
「おっけー。ちょっとあっためて包んであげてー」
「了解です、ミニア」
なんだろう。私ととばりは顔を見合わせる。お菓子って言ってたけど。
程なくして、アサさんが部屋の奥から出て来た。手には包み――布のようなものを持っている。
「お土産よ。渡してあげて」
アサさんが、包みをこっちに差し出す。言われた通り、私はそれを受け取った。
「あの、これって」
「これも有限定理の一つよ。出来立てじゃあないのが残念だけどね」
なんなんだろう。包みからは中は窺えない。持ってると何かあったかいんだけど。
「無事帰ったら、二人で食べて。じゃあ、またね」
中身は教えてくれなかった。食べ物らしい事は聞かせてくれたけど。
二人と別れて、玄関から外へ。そうしてから、包みを鼻の所にやって、少し嗅いでみる。そこからは、少し甘い香りがした。




