2-10 嘘の神様
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――騙す女神、か。
僕の望みとは少し違ったけどさ。
あいつの役に立てたっていうんなら、神様になるのも悪くないのかもね。
僕はもう、あんなにも悪者だったっていうのにさあ。
}
・
神殿の中。
ニニカさんの言った通りに、暗い時間だからか、そこには誰も居なかった。
誰も居ない。つまりはとばりの姿も見当たらない。
大きく見えた外観通りに、中もとても広かった。外観は西洋風だったけど、イメージしていたでっかい壁画とか、そんな類のものはない。
――このどこかにとばりが居るのかも。
そう思うと、自然と足が奥に向かう。
薄暗い中。奥へ奥へ。
すると、一つの扉に突き当たった。
小さい扉。でも猫さんサイズにしては大きい。人間が通るのに丁度いい大きさの扉だった。
ドアノブに手をやる。自分でも不思議なくらい、凄く自然にそうしていた。
この向こうに、何かがある。そんな気がしたから。
がちゃり。
鍵などは掛かってなくて、当たり前に扉は開いた。
その向こうも広くて暗い。だけど、まるで道標でもあるみたいに、自然と足が進んでいく。
その奥に、何か、小さな塊が見えた。
……なんだろうこれは。
近付いてみる。
……人型。の像?
等身大――子供の、女の子のようにも見える、白いローブを纏った少し小さな人型の像だった。
なんでこんな所にあるんだろう。動物系の人しか居ない所で。
彼らは人間を理解していた。
ならこれは、その人間を表現したモニュメントか何かかな。
良く出来ていると思う。この少女。地面に膝を付いた姿勢で、両手を前に、手のひらを上に向けている。背筋をしっかりと立てていて、表情が……目を細めているままに、とても穏やかな、優しそうな笑顔をしていた。
まるで、誰かを迎え入れるかのように。抱き合う直前のように。
これは、表現するに天使のようにも見える。それだけの荘厳な形に見える像だった。
……でもなんだろう。
確かに良く出来ている。でもどこか、変な感じもする。
姿勢が珍しいからだろうか。
近付いてみる。何やら不思議な魅力があったんだ。まるで、電灯に吸い寄せられる蛾のように――、
ごっ。「うおっ!」
足が地面に!
引っ掛かって、バランスが崩れて、
勢いで目の前にあったものを――、
ごつんっ。「うぶっ!」
……思いっきりこけた。
顔面、痛い……。
鼻はやってないけども、額が床にぶつかって、眼がうるうる涙目になっている。
「うう……」
えらい目に遭った。醜態だ。誰も見てないから良かったものの。
顔を上げる。
手が。
……。
「え?」
目の前に手が差し伸べられていた。それと膝がある。
目線を上げる。
少女の像が。片手、左手を下げていて。
「げえっ!」
こける直前、何かに触ったと思ったけど、
やばい、これか!
ばっと立ち上がる。痛みなんてもうどうでもいい。
これはまずい。左手が壊れてしまった。
どうしよう。これ、この手を戻さないと。
とにかく手を持って、ゆっくり上げて――、
上がった。
「あれ?」
元の位置に戻す。手を離す。すると、その位置で腕が止まった。
「……え?」
普通の像じゃない。
程好く軟らかい。芯が通っている。しかも重さを支えられる。
顔を見てみる。
穏やかな顔が。
……なんだろうこれ、急に怖い感じが。
精巧に出来過ぎている、と思ったんだ。
まるで生きているみたいな。
動かないけども、今にも動きそうな。
或いは、動かない方が不自然にも思える。
古ぼけた人形。
そんな感じだ。
限りなく質感が人間に近い人形だけど。
「――これは、猫達の神様の像らしいですよ」
突然の声。幼い感じの声がここに響いた。
「えっ」
後ろを向く。
そこに居たのはとばりだった。
「おお、とばりー、探したよー」
駆け寄る。駆け寄って、小さな体に縋り付くように抱き付いた。
「ちょ……大の大人が泣きそうになってどうするんですか」
「だって、だって」
変な所に迷い込むし。さっき言ってた神様の像とかぶっ壊しそうになったし。とばりは全然見付からなかったし。
「今までどこに行ってたんだよとばりー」
「見学です」
「見学?」
「はい。やっぱりこういう所は物珍しいですし。いずれ帰るにしても色々と見ておきたいじゃないですか」
この子の好奇心には目を置いているけど、だからってこの異世界で堂々と順応出来るってのは、どうなのかなあ。ミヤケン(宮沢賢治)とかの読み過ぎじゃないの?
「それに、時子も来てくれるって思いましたから。だから目印も残しておきましたし」
「あの六十五点のやつ?」
う……と、とばりの声が詰まる。やっぱり怒られると思ってたんだろうか。
「もー、そんなの今はどうでもいいの。とばりが無事だってんならいいんだから」
またしっかりと抱き付いて、頭を撫でてやる。しばらくの間、二人で静かにそうしていた。
誰も居ない。静かな所。神様の像だけが佇んで、この場を見守ってくれてる気がした。
「……でもとばり。色々寄り道し過ぎだよ。こうして出会えたから良かったけどさ」
「ごめんなさい」
素直に謝るとばり。
「私はこっちに来た時白熊さんにお世話になったからさ。てっきりとばりも最初そこに居たものとばかり」
「……熊の住んでいる家は見ましたよ。だけどだからって熊の目の前に出て行くなんて、出来る訳がないです」
「そりゃあそうだけどね」
誰が好き好んで得体の知れない熊の目の前に行きたがるだろうか。怖いよな。私だってこっちに来て気絶していなかったら。まともにあの熊さんと出会ったとしたら、即刻逃げ出してしまう自信がある。
「でも話してみるといい熊だったよ。介抱してもくれたしさ」
「……熊と、お話ししたんですか……」
じーっと。なんだか可哀想なものを見るみたいな目で見られる。
「変な目で見ないでよ。ここがそーいう所だって解ってるでしょ」
「解ってますよ。冗談です」
と、とばりはゆっくり、あの人形の方に近付いていく。
手で触れる。(たった今ぶっ壊しかけた)人形は、変わらず荘厳なたたずまいをしたままで。
「これは猫達の間で神様と呼ばれているものらしいです。昔この地で起きた争いを止めたのが、これともう一人の人間なんだとか」
どこでそんな知識を得て来たんだろう。行方不明の間に何をやってたんだこの子は。
「もう一人の人間?」
それはちょっと気になる話。ヒヅキさんもニニカさんも、そこまで詳しい話はしてくれなかったし。
「猫達は二つの陣営に分かれて戦い続けていたといいます。そこにこの神様と人間が現れて、争いを鎮めたのだと。そして人間はいつしか姿を消し、身を挺した神様はずっとここで眠り続けて、世を見守っていると」
人間と神様か。話を聞いた感じでは、確かに神格化されてもおかしくはないと思うけど。
「なんだか、動かせるんだよこれ。マネキン人形みたいにさ」
「まねきん……?」
首を傾げるとばり。
「知らないの?」
マネキンの事を。
「知ってますけれど。だったらそれはマネキンじゃないんですか?」
「そうなのかなあ……」
マネキンが神様になったりするだろうか。私もヒヅキさんから話を聞いた。これが猫達の争いを止めたんだと。
……マネキンが争いを止められるか?
それにあの質感、マネキンにしては――、
まるで生きているみたいな――。
いや、生きていたみたいな――。
……いや違うか。生きていたんだとしたら、とっくに腐っているだろうしな。ミイラ化しているって事でもないし。これは完全に人間の形をしていた訳だから。
よし、これ以上深く考えるのはやめよう。
「……まあとにかく、壊れたとかじゃなくて良かったよ。神様ぶっ壊したってなったら洒落にならないからね」
「ぶっ壊した……」
じーっと。ジト目で見られる。
「言わないように。ほら、なんともないんだから」
見るように、手のひらで促す。神様の像は、最初に見た時と同じ姿勢を保っている。数ミリ程度、腕の位置が違ってたりするかもだろうけれど、言わなきゃ気付かれない筈だ。
うん解決。
序でにその像に向かって、ぱんぱん、と拍手を打っておく。そして深く一礼を。
「神様っていうなら、こうしておかないとね」
私達の思う神様と同じものなのかは解らないけれど。でもこれが一応日本人としての礼儀だ。
その神様の優しい微笑みが、私に応えてくれている気がした。




