2-9 神殿
「ここってさ、常に軍人――いや猫でいいのか。その軍猫が町の入口に立っていたりするんでしょ?」
「そうですにゃ。民の安全を守るのが私達の義務なんですにゃ」
「だったらさ、ここに出入りする人間とかも簡単に解ったりする訳だよね」
「簡単に、とまでは行かないですけどにゃ。逐一チェックはしていますにゃ」
「成程」
つまりだ。ここから人間の誰かが出て行ったという報告がない以上、とばりは今も、この町のどこかに居る事になる。……筈だ。
「私はとばりを探しに行きたいんだけどさ」
「はいにゃ」
頷くヒヅキさん。
「この町を歩き回れる許可、とかくれたり出来ない?」
「うーん、それは……」
「無茶言ってるかな、私」
「そういう訳ではないんですけどにゃ」
でも渋るヒヅキさん。
「さっきも言いましたけどにゃ。魔女と魔王を名乗る者が居て、そいつらが迷惑を掛けて来るかも知れないんですにゃ」
「だったら尚更行かないと」
そいつらがとばりに何かやらかすなんて、考えたくもない。
「大切なお方、なんですかにゃ」
それは愚問だ。
「その通りだよ」
「にゃるほど……」
ヒヅキさんは、腕を組んでうーんと少し考えて。
「じゃあこうしましょうかにゃ。貴方と一緒にこちらでも捜索してみますにゃ。それと連絡係兼護衛として、兵士を一人、貴方に同行させますにゃ」
――見張り。
そんな言葉が頭によぎったけれど、口には出さずにおいた。これが善意での提案だとしたら悪いしな。
「おっけー。それでいいわ」
その提案は素直に呑む事にした。裏があろうと表だろうと、どっちでもいい。私としては、とばりが見付かればそれでいいんだ。
「それでは護衛を紹介致しますにゃ。ニニカ」
「はいにゃ」
ニニカと呼ばれた猫さんが、扉を開けてやって来る。黒い毛並みの猫さんだ。っていうか察するに、さっきちらりと見えた、部屋の前に居た黒い尻尾の猫さんだろう。
「このトキコさんという方をお守りして差し上げるのにゃ」
「了解しましたにゃ」
びしっと右手を上げて、軍人みたいな敬礼をする。いや軍なんだから当たり前か。
「あの、あんまり気を張らなくてもいいからね?」
本音を言うと、あんまりこういう所で目立ちたくない。……というのも無理か。ここではみんな猫で、人間なのは私だけ――でもないんだっけ。極少数しか居ないんだろう。
どうやっても目立つ。なら護衛でも道案内でも、頼りになる猫さんが一緒に居てくれた方がいいだろう。
という訳で、一人(一匹?)を引き連れて町中へ。
ヒヅキさんは、「私はちょっと用事がありますのにゃ」と言って、私達を部屋から見送った。
見えない、という程でもないけど、町中は暗い。
空に明かりがないからだ。電柱とか、そういう道を照らすものだってない。まるで私の田舎みたいな所だな、と思った。
「それにしても。あんたもまあ、大変ねえ」
ニニカさんに語り掛ける。私一人を護衛する為だけに付いて来るよう言われるなんて。
「うにゃ、そんな事ありませんにゃ」
語尾に“にゃ”って付くのは、猫の標準語なのかも知れない。
……ふと思い付いた。
「ねえねえニニカさん。“なにぬねの”って言って貰っていい?」
「はい? にゃににゅにぇにょ」
うわやっぱ可愛いわちくしょう。
「“あかざかなあおざかなきざかな”って」
「あかざかにゃあおざかにゃきざかにゃ。
あの、何か変な事でもあるんですかにゃ」
「いや? 只愛でているだけだよ」
自然と笑みが零れるのも致し方ない事。ニニカさんは若干不服そうにしていたけど、これは人間の持つエゴだ。
なんて、こんな言葉遊びなんてしてるけど、目はしっかり周囲を見てる。
やっぱり気になるのは、道行く猫がみんなこっちを見ていた事だ。暗い外だからか、住人の猫自体の姿が少ないけど。
警戒してるとかでない、好奇心での目付き。
ヒヅキさんが言っていた、猫達は好奇心が旺盛という言葉。本当だとするなら、今猫達に囲まれずに居るという事は、軍猫であるニニカさんが傍に居てくれているお陰なんだろうと思う。
――だとしたら。
ふと思った。
とばりには、今こんな護衛とかは居ない筈。
となると、一人で居るだろうとばりの姿は、猫達にとってとても目立ちはしないか? どこかで一般の猫達に囲まれていても不思議じゃない。
なのに今、その目立つ筈のとばりの噂が入って来ない。
どういう事か。夜も遅いし、外に居る猫の姿が少ないという事もあるだろうけど。もしも、人目に――いや、猫目に付かない所に今居るのだとしたら。
――なんて。考えても仕方のない事は取り敢えず頭の奥底に封印する事にした。捜査の基本は足だって、どっかの刑事さんも言ってたしな。
とにかく町を歩いていく。多くの家に混じって、看板のある店らしきものもあったけど、夜だからか殆ど閉まっていた。
気になったのは、やっぱり全部の建物が一階建てだったって事。
何か理由があるんだろうか。猫は高い所好きそうだし、それがないのは少し気になる。或いは高い建物を建てる技術がないのかも。
でもその中で、一つ他とは違うものが目に入った。
「あれって……」
それは他とは違う、一際大きな建物だった。それだけが二階建てくらいの高さになっている。他が一階建てばかりだから余計に目立つ。
「なんなのかな?」
「うにゃ? 神殿の事ですかにゃ」
私が指差して聞いてみると、ニニカさんが答えてくれる。
「神殿?」
「昔の城跡を改修したものですにゃ。神殿って言う通りに、中には神様がいらっしゃるんですにゃ」
これがヒヅキさんが言っていたやつかな。白猫王と黒猫女王、だっけか。神様がここに居るって事は、ここで争いの決着が付いたのかも知れない。
ふっと、興味が湧いて来た。
「見学とか出来ないの?」
「うーん、出来ない事はないですけどにゃ。今はもう暗いので誰も居ないと思いますにゃ」
「ふーん……」
暗い。誰も居ない。
なんとなく、とばりの顔が頭に浮かんだ。もしかして、居るんじゃないかと。
気にはなる。だから歩きながら、そこをじーっと見ていたんだけど、
――その時、
居た。誰かが。確かに人間らしき小さめの影が目に入った。
――人間はここでは珍しい。
白熊さんが言った通り、ここに殆ど人間が居ないとなれば、
――あれはとばりの可能性が高い。
「とばり! とばりー!」
呼び掛ける。
だけど聞こえていないのか、その人影は神殿の入口に消えていってしまった。
駆け出す。
「うにゃっ。トキコさん!」
ニニカさんの制止するような声が掛かる。
だけど構うものか。私はとばりを追って、神殿の中へと入っていった。




