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終わるアリスの刻 -Mystic Princess  作者: 真代あと
第一話 草葉影の狼
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1-15

 ちゃぽーん、と浴槽の中でお湯の音が鳴る。

 お風呂っていう所は、普段外では聞かない音で溢れているように思う。例えば天井からの水の滴る音だとか。例えば湯船に入っている時のお湯の跳ねる音だとか。だからなのかな、私がお風呂に入ると落ち着くっていうのは。

 あったかいお風呂の中。お湯いっぱいの湯船の中で、今後の事を考える。

 さてこの先どうしたものか。勿論、動くには京香の調査結果を待たないとなんだけど。指標がなければ動くも何も出来ないんだから。

 時間はたっぷり――とは言えないまでも、あるにはある。お盆が終わってから二、三日までって所か。大学の課題も済ませないといけないし、あの子――とばりの家庭教師の仕事もほっぽり出せない。

 ……その間に、謎は解けるんだろうか。

 脳死状態だった筈なのに、高校で行動していたという少女Aの正体。

 解らないものを、知るという事。

 これが私の、昔からの原動力だ。

 物書きを目指そうとした、始まりもそう。

 曰くだらけの八幡の部屋に突撃しに行ったのもそう。

 私は、知る事を欲する。

 それが性分なんだ。だから、

 ――あの時の、喫茶店を出た時の不穏な空気。

 今になって考えると、あれは何かの警告みたいなものだったのかも知れない。

 だっておかしい。普通には考えられない事が起きていた。謎の、空白の時間があったように思えていた。

 何をされたのかは解らない。本当に何かをされたのかも解らない。只の立ち眩みみたいなものかも知れないし。だけどそれとは違う――何か、私の調べるものとの関わりがあるものだとしたら。

「……くふふふふ――」

 いいじゃないか面白いじゃないか。私の欲しかった真相が、向こうから来てくれるかも知れないんだから。まさしくそれこそ望む所。飛んで火に入るなんとやらだ。……ちょっと意味が違うかも知れないけど。

「時子ー、ちゃんと居るー?」

 母さんの声。それが脱衣所の所から響いて来た。

「えー? あ、うん、居るよー」

 実家恒例、私が溺れていないかの確認だ。こんな歳だからもう溺れるもなにもないと思うんだけど、母さんの中ではまだ心配があるらしい。

「夕飯のお手伝い、してくれるんでしょう? あんまり長風呂しないようにねー」

 そうだった。それは八幡にも言ってた事だ。リラックスし過ぎて忘れてしまいそうになっていたけど。

「うん解った、もう出るよー」

 どうでもいいけど、お風呂に入って話をすると、自然と語尾が伸びるよな。なんでなんだろう。

 と、そんなどうでもいい事を考えながらも、湯船から上がる。頭を冷やすという当初の目的は完了したし。……逆に頭が茹だったって気もするけれど。まあそれはいいや。お風呂に入ってさっぱりして、母さんの手伝いでもしますかね。――勿論、冷たい牛乳を一気飲みしてからな。




 ――お風呂から上がって、バスタオル姿から簡単にシャツと短パン姿に着替えて、私は母さんの作る晩ご飯のお手伝いをする。

 父さんは、昨日と同じく居間にあるちゃぶ台の定位置、上座に座ってその向かいのテレビを見ていた。勿論昨日と同じ野球中継だ。野球の面白さが解らない私にとっては、それをビールを飲みながら観戦していて何が楽しいんだろうととても疑問に思う。因みに父さんの好きなチームとかは解らない。訊いた事がないんだもの。詳しくもないし。定番としてなら、この地元に一番近い所に本拠地があるチームなのかな、とは思うけど。

 その辺り、テレビをちらっと見てもさっぱり解らん。解るのは、その日の結果次第で父さんの機嫌が微妙に変わるって事くらいだ。ある時には本当若干、饒舌っぽくなったりするし、またある時には本当若干、物静かな状態から更に言葉を発しなくなったりするんだよな。

 八幡も、父さんの横に座って野球を観戦していたけど。

 ……会話がない。父さんが寡黙過ぎるからだ。ビールもちゃぶ台の上にあるんだけど、同じ席に居る八幡は、まだ未成年だから飲めない。というか飲まない。しかし、会話なし、ビールなしで野球を見ていて一体何が楽しいんだろうな。八幡が野球が好きっていうのもちょっと違うっぽいし。なんでそこに座ってるんだろうか。我が弟ながら解らんわ。

「八幡ー、それ見てて楽しい?」

 実際に訊いてみる。

「んあ? 何が?」

「野球だよ野球。面白いんならいいんだろうけどさ」

「うん。まあまあかな」

 微妙な答えが返って来た。……まあ、ちゃんと野球を見られてるって事は、少なくとも私よりも詳しいんだろうなっていうのは解る。

 ……勿論、それが解ったところで私には理解出来ない世界なんだな、というのも解るんだけど。八幡がパソコンの操作を理解出来ていないように、知らない世界は人それぞれある訳で。

「時子、これの盛り付けお願い出来る?」

 母さんからのオーダーが入って来た。

「あ、おっけー、やるよ」

 見ると、そこには大皿と、鍋に入った大量の冷麦が。これが今日のメインディッシュらしい。

 これを四人で突付く訳だと。いいじゃないの。夏らしくて。

 大皿に冷麦をどんどん載せていって、完成すると共に、いざ食卓へ。

「はいはい男どもー、もうすぐご飯だよー」

 ちゃぶ台のど真ん中に、大量の冷麦の載った大皿を置く。

「おお、冷麦いいな、夏らしくて」

 八幡も、私と同じ感想を口にした。

「お味噌汁とかもあるからね。にゅう麺も出来るよー」

 夏場にあったかいにゅう麺っていうのもどうかと思ったけども、美味しいなら良し。

 そして、これこそまさにおふくろの味ってやつだ。美味しくない訳がない。

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