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終わるアリスの刻 -Mystic Princess  作者: 真代あと
第一話 草葉影の狼
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1-14

 来た道をバスに乗っていって、降りてからはバス停に停めていた自転車を押して、京香と他愛無い話をしながら一緒に歩いて戻り、京香を家まで送って行ったあと。

 実家に帰って我が弟、八幡の部屋を覗きに行くと、在奴は今もちゃぶ台の上のノートパソコンと睨めっこをしていた。

「おー八幡よ、読んでるかーい」

 声を掛けると、八幡は首だけ傾けてこっちを見た。

「あーおかえり……うおお……」

 ずっとモニターを見ていて首が凝ってるんだろう。八幡は変な呻き声を上げて、それからちょっと首を左右に振った。こきっこきって音がした。

「こらこらーそうやってずっと画面とにらめっこなんかしてると馬鹿になるぞー」

「これ読ませてるの姉ちゃんだよね!?」

 まさに驚愕、と言わんばかりの突っ込みが返って来た。この子、突っ込みの方はいいキレ味してるんだけどな。他の事が鈍過ぎるってのが難点なんだ。

「どーどー。で? 何か言いたい事とかは?」

 私が鎮めてあげると、突っ込みモードを解除して、八幡はノートパソコンに向き直る。

「いや、ずっとこのお話読んでたんだけどさ……なんだろ、俺ってこんなにファンタジーみたいな日常してるの?」

「端から見れば充分そうだったんだけどねー」

 自覚がないっていうのもアレだよな。或いは此奴、わざと考えないようにあの部屋に居座っているのかも。だとすると凄いぜ。根性座っているってレベルじゃねーぞ。

 ともかく、ここで立ったままなのも少し疲れが来るので、スポーツ鞄を床に下ろし、畳の上に座る八幡の隣にしゃがみ込む。そうすると、鞄の空いてる隙間からぴょこっと小さな人形が顔を出した。

「コロすけー、ご主人様ほったらかして付いて来ちゃ駄目だろー」

「あー、なんか居ないと思ったら……」

 私らのいろんな心配をよそに、曰くの人形コロすけはもぞもぞとスポーツ鞄から這い出ようとする。これ外見が可愛らしい人形じゃなかったら、思いっきりどっかの映画のサダコみたいだよなあ。

 そのまま鞄から転げ出てしまいそうだったのを、八幡が首根っこ捕まえて持ち上げる。親猫に首を咥えられた子猫みたいに大人しくなって、そのまま畳の上に降ろされる。手を放すと、コロすけは両手を体の前に組み合わせ、ぺこりとお辞儀をした。日本語に訳すると、降ろしてくれてありがとう、っていう所か。

「この子、わざわざ連れて来たの?」

 気になった所を、八幡に問い掛ける。

「な訳ねーって。気が付いたら電車の中でリュックの中に潜んでたんだよ」

 成程。私に付いて来た時とおんなじパターンだって事か。

「悪い子だねーあんたも」

 うりうりー、と、コロすけの頭を人差し指でぐりぐりする。そうすると頭を押さえて屈み込んでしまった。うん、可愛くはあるな。曰く付きだからって偏見をするのはやめましょう。もしかしたら本当のお人形よりも可愛いかも知れないんだから。

「で。お読みになった感想をどうぞお一つ下さいな」

「いきなり低姿勢になられても……っていうか、そろそろ放してあげなよそいつ」

「おっと、ごめんごめん」

 ぐりぐりしている指を離す。こっちを見上げたコロすけの顔が、私を非難しているみたいに見えた。表情は変わってないんだけどな。というか人形の仕様上、無表情以外には変えられないんだと思う。

「いやーつい、うちの所のにゃんこみたいに可愛くってさ」

「って、姉ちゃんの所もアパートだったろ……」

 そう。基本ペットを飼うのは禁止の所。だけど、

「部屋で飼っている訳じゃないの。近くに住んでるのらがベランダからひょっこり遊びに来るんだよ」

「交友関係広いってレベルじゃないよな」

「私は意外と人見知りするんだよねー」

 だから人間よりも犬猫とかの方に好かれたり。

 人間相手でも、物静かな子とかと知り合いになる事がよくある。

 それらもモデルとして、八幡に渡したお話の中に登場させて貰ったんだ。近く、あの子――とばりにもこのお話を読んで貰ってもいいかも知れないな。

「まあ、俺の部屋をそれなりに面白くしてくれたのは嬉しいけどさ」

「そりゃどうも」

 偏屈な物書きとしては、普通に面白いと言われるよりも、嬉しいと言ってくれた事の方が嬉しかったり。

「でもさ、最後の所だけ。結局これ結末はどうなったんだよ」

「最後の所?」

 首を傾げる。

「オチだよオチ。なんか訳解らない」

「それは解るけど――ああ」

 思い至った。

 それはそのお話の最後の部分。私は敢えて、話の結末をはっきりとは書かず、ぼかして書いていた。主人公が物事を解っていないように。それはつまり、モデル兼読み手である八幡にも解らないように。

 結末をはっきりとは書かない。それは話を読んで貰う物書きとしては、いわゆる禁じ手に近いものなんだけど。

「さあ?」

 作者自身もとぼけてみせる。

「さあって……」

 不服そうな顔をする八幡。

「お話の中のあんたが解ってないって事なら、作者が補足したり口出ししたりするのも野暮ったいでしょ」

「俺はそんなに鈍くないからな」

「どうだかねー」

 私の見立てとしては、お話の中の八幡の思考の鈍さは、しっかりこの八幡を再現出来たものと思う。ご主人様である八幡の前でじーっと突っ立って見ている“コロすけ”を見ると、なんだか同情してしまう。あの子も浮かばれないよなあ。幽霊だけに。

「そういやあんた。折角のお里帰りなんだから、どっか行こうとか思わないの?」

「今日は姉ちゃんの話を読むっていう大任があったからな」

「あーそりゃごめん」

 帰る時にフロッピーを渡しても良かっただろうな。でもパソコンがないんだっけか。だったらプリントアウトしたものを送り付けてやるしかないな、って思ったけど。そうすると紙が結構な量になっちゃうしな。やっぱり、今しか読んで貰う機会はない。つまりそれは、感想を聞く機会も今しかなかったって事だ。

「俺は姉ちゃんみたいにアクティブな感じじゃないからさ。もうちょっとゆったりしてたいよ――っ、くー……」

 変な声。八幡が座ったまま伸びをして、そしてそのまま後ろにごろんと寝っ転んだ。コロすけも甲斐甲斐しく、その隣にちょこんと正座する。

 お疲れにさせてしまったな。

 こりゃあいけない。姉ちゃんとして、弟の苦労を労ってあげないと。

「おーい、やはたー」

「んー。何さ」

 寝ながら上を向く八幡。

 その目に映るように、上着の、豊満とは程遠い胸元を、

「ちらっ」

 と少しめくった。

「うおあっ!」

 驚いて跳び起きて、壁際にまでずり下がる八幡。

「なにしてんのさ!」

「いや疲れただろうからちょっと労ってあげようと」

 多分、ブラくらいはちょっと見えていたかもだけど。まあ他人じゃないんだし。

「……そういうのもっとまともなのにしてくれよ……」

 うーん失敗。弟相手にたまにえろちっくに走る癖は、そろそろ直さないといけないなあ。こういうのにいつまでも耐性がなさ過ぎる八幡もどうかと思うけど。

「ごめんごめん。じゃあさ、簡単にだけど、夜食に一つ、おやつを作ってあげるよ。序でに母さんの夕飯も手伝いにね」

「そうそう、そういう真っ当な方面でね」

「おっけ。じゃあ行って来るわ」

 立ち上がって、部屋をあとに。

「姉ちゃん」

「ん?」

 その途中で、

「ありがとな」

 パソコンから抜いたフロッピーを掲げて、八幡がお礼を言った。

「どういたしまして」

 平静を装って、今度こそその場をあとにする。

 ふすまを閉めて。八幡の姿が隠れてから、妙な感情が抑え切れない程に湧き出て来た。

 ――ありがとな、か。

 やばい。やばいぜ弟よ。今のやりとりは、姉ちゃんなんだかぐっと来たわ。

「くふ、ふふふふふ、うふふふふふ――」

 妙な笑いが込み上げて来る。こりゃ駄目だ。気が昂ぶり過ぎている。台所に行く前に、ちょっと頭を冷やして来よう。

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