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終わるアリスの刻 -Mystic Princess  作者: 真代あと
第七話 二重へと至る道
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7-18 終わりからの終わり

 ――古めかしい、木造の校舎内。

 その廊下を、私は歩いている。

 窓から外を見てみると、赤い西日の暮れ行く時間らしいのが解る。

 人の気配は全くない。学校なのに、誰も居ない。

 私は、どこに行こうとしているんだろう。

 ふとそんな事を思うけれど。

 目的があるから歩いている。それは当然の事だ。

“――とばりは、好奇心旺盛過ぎなんだからさ――”

 そんな事を、誰かが言っていた気がする。

 ……誰か。

 誰だっただろう。私の名を呼んでくれた、その人。私が知っているんだから、とても大切な人だったと思うけれど。

 ――本当に。

 でも解らない。私が今までどこに居たのか。どうやって今の歳まで生きて来たのか。私は今、幼いみてくれなんだけど……だからこそ、今まで生きてこれた事が不可思議に思える。

 私は、なんなんだろう。

 ……解らない。大切な事の筈なのに、なぜか思い出せない。自分の名前だけなら解る。だけどそれだけだ。

 肝心の、“私”がここには居ない。

 ここは、本当に私の生きる時間なんだろうか。

 ――と、考え事をしながらも、ある教室の前で立ち止まる。

 この部屋だ。ここに、私の行くべき道がある。そんな気がする。

 引き戸になっているそれを、がらがら、と開ける。

「――ようこそいらっしゃい。Eサークルへ」

 振袖、袴――和服姿の、肩まで届く長く青い髪をした女の人が、テーブルの向こうに座って、微笑みながら私を出迎えた。

 まるで最初から、私が来るのが解っていたみたいに。

 部屋に入る。そして引き戸を閉める。

 女の人が「どうぞ」と手のひらを差し出した。そのテーブルの上には、湯気の立つティーカップが二つ、と空のティーカップが一つ、並べられていた。

 テーブルの、横の席に座る。

「私が来る事が、解っていたんですね」

 そう訊くと、女の人はにやっとした笑みを浮かべて、

「そうね。私はなんでも知っているよ。君がここに来る事も、君のお名前も」

 そう言う。今の優位はこの人だ。話の主導権はあちら側にある。

 ……お名前。

 私はトバリだ。その名前を持ってここに居る。

「私は、トバリです」

 そう答える。

「へえ。トバリちゃんか」

 女の人が、名前を繰り返す。知っていると、言っていたくせに。

 そうして女の人は、テーブルの上のカップに手を伸ばして、その中身を一口すする。私の目の前にもあるそれを覗き込んでみると、それはどうやら緑茶っぽいものだった。

 緑茶なのに、ティーカップに入っている。おかしな拘りだと思う。

「名乗られたからには、こっちも名乗り返さないとね」

「いいえ、私も知っていますよ。ココノエ クリャさん」

 知っていた。なぜだかその名前を。初対面なのにおかしい事とは思うけれど。

「そうか。君も私の名前を知っていた訳ね」

 それは間違ってはいないのだから仕方がない。このEサークルの事を、最初から知っていたように。

 ココノエ クリャ――今の日本ではまだ珍しい、西方人とのハーフの女の人。

 このEサークルの発起人であり、奇妙な現象を探す為に行動をする変な人。その本当の目的は――。

「はい。もう一人の方――ツマナブキ ヨウコさんは」

「そこまで知られていると、逆に不気味に思えるんだけどね」

 そんな事を言われても。知っているんだから仕方がない。

 クリャさんは、最初からの余裕な笑みを崩さないまま、私の方をじっと見ていた。

 ツマナブキ ヨウコ――木刀を常に持ち歩き、妖怪などが怖いから妖怪ハンターなどと自称して妖怪と対する、変な女の人。

「ヨウコなら、今は席を外しているわ。もうすぐ帰って来るとは思うけれど。でも、おかしい事と思わない?」

 ……何をだろう。おかしな事なら今ここに山程あるけれど。

「私達には苗字がある。今のご時勢、殆どの日本人に苗字はあるんだよ。ああ、私はハーフなんだけどね」

 ああ、そういう事。

「君の、苗字は?」

「解りません」

 即答。正直に言う。

「へえ、解らないか」

「本当に……」

 あったのかも知れない。トバリという名前がある以上、その前に付く筈の苗字もあって然るべきなのに。

 ……なぜだか全く頭に浮かんで来ない。記憶障害……それを疑う程に。

 そもそも、トバリという名前も誰が付けたものなんだろう。

 ……私は、一体何者なのか。名前の方ははっきりと解って、このEサークルの事も知っていて、

 だけど私は、“私”の事を殆ど知らない。記憶が、すっぽり抜け落ちたみたいに。

「貴方は、私の事を知っているんですよね?」

「うん、でもなんにも言えないよ」

 先回りをするように、クリャさんは言った。

「どうしてですか?」

「言わないように言われている」

「そうですか」

 言葉は、淡々と出て来た。自分でも密かに驚く程に。

 解る話だ。“ブルカニロ”が関わるとなれば、その目的以外の情報は極力排そうとするだろう。

 ……“ブルカニロ”?

 どうして、そんな人名が唐突に出て来たのか。

 いや――そもそもどうして、“ブルカニロ”が人名だと知っている? この日本で、そんな西洋名は珍しい――どころかまず居ないだろう。

 悩む私。

 その様子を見てか、クリャさんは「あっはっは」と笑った。

「……何か、おかしな事でも?」

 目線を向けると、クリャさんはお腹を抱えて大笑いしていた。……なんだか失礼な。

「そりゃあ笑うさ。少し前にも変な男の子が来た事があったけれど、それ並に変な子だね、君も」

「変な男の子、ですか」

「そう。なんでも自分の部屋が幽霊やら妖怪やらで大変な事になっているって言ってたけれど。だから適当に、コロボックルさんの人形を渡して帰って貰ったんだけどね」

「コロボックル……」

 ……なんだかその話、聞いた事がある気がした。コロボックルっていうのは解る。昔、まだ北海道がアイヌ民族だけの土地だった頃、そこに住んでいたという精霊の事だ。陽気で人懐っこいという性質らしい。実物は見た事がないから解らないけれど。

 そう、そんな知識もあるにはある。そういった知識は一体どうやって得られたものなのか。

「まあ、そんな話はいいわ。今問題なのは君の事。このEサークルに来たって事は、何かオカルト関係の助けが要る――って事かな」

 ……そういう訳じゃ、ないとは思うけれど。

「寧ろ、私がここに居るという事がオカルトかも知れませんね」

 自分でも正体不明の謎人間。素性が解らない私が、ここで生きていていいんだろうかと思う。

「君自体がオカルトか。っはは、成程確かに、それが本当なら君がここに居る事、相応しい訳だけど」

「はい。私にはこの世で生きるあてがありません。はっきりしているのは、このEサークルに行かないといけない……という意思があったという事だけです」

「へえ、面白いね。こんな誰も寄り付かないような所に、来る理由があったって事か」

 クリャさんは、なんだか面白いものを見る目をして、私の方を見る。

「いいでしょう、君。このEサークルに所属なさいな」

 所属、か。今の私に、後ろ盾が出来るのはありがたいけれど。

「私は、大学生じゃありませんよ」

「でもそれだけの知識はある。違うかい?」

 ……そう。本当にその知識が大学で通じるのか、解らないけれど。

 なぜだか、私には色々な知識がある。私の知らない間に、積み重ねられて来た知識なのか。

 ……解らないけれど。

「そういう事なら、断る理由もありませんね」

 何より今、私を保護してくれる人が出来る。それはとてもありがたい事。こんな姿じゃあ、一人で生活する事もままならないだろう。

「解りました。貴方達と一緒に居ます」

「そう。歓迎するわ。トバリさん」

 クリャさんが、テーブルの向こうから手を伸ばして来る。

 私も、手を伸ばして握手をした。


 ――足音。

 クリャさんと話をしている間にも、こつこつと、その床を鳴らす音がどんどん大きくなって来た。

「おっ、丁度帰って来たみたいね」

 クリャさんが、部屋の入口の方を見やる。

 廊下を鳴らす足音が、段々近付いて来る。そして――、

 がらがらと、引き戸を開けて人が現れた。

「ただいまクリャ――ってあれ?」

 その女の人は、クリャさんを見たあと、私の方を見て怪訝な顔をした。見た事のない人物がここに居たから、だろうな。

 その人は、クリャさんと同じ、和服姿。こちらは髪の色は黒髪で、それを短く刈り込んでいた。そして彼女は、腰に木刀を刺し込んでいる。それこそが彼女の一番の特徴。

「お帰りヨウコ。この子はお客さんだよー」

「初めまして、ツマナブキ ヨウコさん。私はトバリと言います」

 ぺこり、と一つお辞儀を。

「え、トバリ……ちゃん?」

「はい。苗字の方は解りませんが、宜しくお願いします」

「え、ええ?」

 混乱している様子のヨウコさん。それもそうか。こんな小さな子に――自分で言うのもなんだけど――いきなり出会って名前を呼ばれて、そして宜しくと言われる。

 これだけで理解しろというのは無理な話だ。情報が足りていない。

「この子は、これからここで預かる事になったんだよー」

 クリャさんが補足説明してくれる。

「え、預かる……なんで?」

 情報が加わって、更に混乱したみたいだった。

「トバリには身寄りがない。しかも訳ありな。だからここで預かる。おけー?」

「お、おけー……」

 納得出来ているのか出来ていないのか……だけどクリャさんのごり押しで、ヨウコさんも(一応)了解して頷いてくれた。

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