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第6話:混沌



「そういえばアキさん、病院で何があったんですか?」

「あ!そうだったな…二人に話しておくことがある」

アキはバックルから取り出したピストルを構えながら、小声で続けた。

「闇病院ではとんだ災難だった。敵は確実に何らかの訓練を受けていた…しかも、私が“mC”の人間だと知っていたみたいだ」

外が騒がしくなってきた。廊下の暗がりを、歩調を早めて進んでいく。

「銃で頭を狙われた…ピンポイントに眉間。偶然にも、庇ったときにこのピストルが軌道を逸らしてくれたが」

「そうだったんですか…」

アキは自分が今生きていることを確かめるように、軽く額の絆創膏に触れた。あの状況から生きて戻って来れたことは奇跡に近い。


それもこれも、あの女性のおかげ。


「実はそのとき私を助けてくれた女性がいてな。名は“日輪”。何やら派手な出で立ちではあったが…早羽、お前のことを知っていたぞ?」

「え?…俺?」

早羽にはトンと心当たりが無かった。“日輪にちりん”という名も聞いたことがない。

「彼女は〈依頼人〉の命に従って動いていると言っていた。早羽なら何か知っていると思ったんだが」

「いや…俺は何も」

「……そうか」

“日輪”のことも、凌介が言っていた“鳶影”のことも、何も解らない。早羽の頭の中にはなんの手掛かりも無かった。

「それと、これはもっと重要なことかもしれないから言っておく。闇病院で私を狙撃したのは女だった。髪は黒で短髪。襟のところには“兜壱”の監査員バッチがあった」

「兜壱?!」

早羽もフェルエールも信じられなかった。

兜壱といち】は“mC”の客なのだ。

〈兜壱〉の監査員が何故あの時間帯にあんな病院にいたのか。アキの話だと正体はバレていたようであるし、何か理由があって攻撃してきたことは明らかだった。


〈兜壱〉は国内最大の刑務所であり、主に死刑囚を収容している。凶悪犯罪者は先ず〈兜壱〉に送られるきまりだ。〈兜壱〉は世間一般に“要塞禁固”と喚ばれ、脱獄に成功した者は未だに皆無。

そこの監査員とまでなればかなり高位の役人で、お巡り出身のキャリアもいれば、軍出身の腕自慢もいる。

そのような人間が何故“ウラ”の社会に忍び込んでくるのか。

「とにかく、“mC”には私たちが知らない影があるようだ。凌介がいなくなったからと言って安心は出来ない」

「そうだな…」

一筋縄ではいかないことは分かっていたが、どうやら中々ややこしい。これは結構時間がかかる話かもしれない。

「そう言えば、“日輪”は今回の作戦のことも知っていたぞ?いつ・どこで・誰が・何をしようとしているのか」

「そこまで詳しく知ってるなんて…一体何者なんでしょうか」

「さぁな…いくらアキを助けたと言っても、敵なのか味方なのか…よく分からない」



カタ、カタ、カタ…



「…?...ちょっと待て」

早羽は歩を進める二人を制し、微かな足音に耳をすませた。

アキは咄嗟にピストルを構え、フェルエールはサーベルを抜いた。緊張が高まる。

正面の暗がりから、徐々に足音が近づいてくる。音が反響しているせいではっきりとは分からないが、一人ではないようだ。二人?いや、三人かもしれない。

「誰だ?」

暗闇に問い掛ける。もちろん返事など期待はしていないが。

ついに影の動きが見えるほどに近づいた。何かを仕掛けてくる様子はない。さらに足音は前進を続け、薄明かりの中にひとつの人影が現れた。


「あ!皆さん、こんにちは。ここに住んでる方々ですか?迷ってしまって…道を教えて頂きたいのですが」


なんとも間延びした声が響いた。変声期が終わった直後のような、幼くも渇ききった声。

その男は濃い緑の制服を着ていた。なんだか見覚えがある。

そして襟元では、兜壱の監査員バッチが燦々と輝いていた。監獄の上で照る黒い太陽と番犬“ヘルハウンド”の姿をモチーフにしたそのバッチは、明らかにその持ち主が早羽たちの敵であることを示していた。

男は陽気な調子で一方的に話し続けた。見た目は20代半ばくらいだが、やたらと声が若い。まるで少年のようだ。両手には薄い素材の白いグローブをはめている。

「お前、ここに何の用があったんだ?ここが“mC”の基地だって知ってて来たんだろ?」

「ええ、ええ!そりゃあもちろんです。しかし…『何をしに来たのか』という質問には答えかねます」

男の目付きが変わる。

早羽たちが警戒を強めたそのとき…


ガチャンっ


バン!バンバン!


「早羽!隠れてください!」

突然、男の背後から銃弾を装填する音が聞こえたかと思うと、何の前触れもなく発砲が始まった。

「暗式さん、まだ合図してないんですけど」

「自分でタイミングを取るのが一番なの」

現れたのは一人の女。

「...!!お前っ…あの時の!」

男の後ろの暗闇から姿を現した女は、男と同じ濃い緑の制服を着ていた。襟のバッチも同じ。華奢な体に不釣り合いなほど巨大な銃を肩から下げている。

アキを闇病院で襲撃したのはどうやらこの女であるらしい。【暗式くらしき】と呼ばれていた。

突然、暗式は大きな銃口をフェルエールに向けた。

躊躇いなく撃つが、フェルエールは間一髪でかわす。

彼女が放つ弾丸は一発一発がとてつもなく重い。

早羽とアキが援護に回ろうとすると、暗式は懐からサッともう一丁銃を取り出し、二人に向かって発砲した。フェルエールに向けている銃を右手一本で操り、射撃を続ける。二丁の銃を操っているにも関わらず、正確性に事欠かない。

信じられないほどの視野と、神懸かり的な射撃センス。壁に隠れつつの応戦はほとんど意味を成さず、フェルエールはどんどん追い詰められていく。

暗式が持つ巨大な銃は、連射はできないようで、発砲回数はとても少ない。が、狙い所が良すぎる。

反撃の時間を与えてくれないどころか、壁裏に隠れたフェルエールを追って放たれる銃弾は、彼を壁ごと吹き飛ばしてしまう。すでにフェルエールは相当なダメージを受けていて、フラフラと足元が頼りない。

「フェルエール!アイツの射程範囲内から出ろ!とにかく遠くまで離れて!」

「き、厳しい…です…行く手を…ガレキ…で…塞が…しまって」

フェルエールは答えるのがやっとで、意識も朦朧としている。どこかに銃弾を受けたようで、血を流していた。

「どうしたら…これではフェルエールが…!」

「…アキ、あの女の手を見ろ」

非情なまでに冷静な早羽の言葉に促されてアキが暗式の手を見ると、なんとも痛々しい程に血だらけだった。巨大な銃を支えている右腕は深く抉れていて、引金にかけた指は爪が剥げていた。

「あの女も限界だ」

考えてみれば当たり前のことだった。あの細い体で身の丈の3分の2程もある銃を構えているのだ。しかも片手ときた。

「いくなら今だ。俺はあの女の銃を狙いにいく。お前はフェルのところに走ってあいつを離れた場所まで連れていけ」

「...わかった」

勢いよく早羽が暗式に向かっていく。腰のバックルから小刀を取り出し、暗式の腕に狙いを定める。やはり狙いがブレてきているようで、とんでくる銃弾は中々早羽に当たらない。

顔の横を掠めていく銃弾をものともせず、早羽は進み続ける。

暗式にも焦りが見え始め、フェルエールに向けた銃の弾道もほとんどが外れている。

「なんなのっ?!あの男…サーベル一本でどこまで持ちこたえるつもりで…」

暗式の褐色の肌に苦悩のシワが刻まれる。冷や汗が流れてきた。もう無理だと感じた暗式は、フェルエールに向けていた銃を投げ捨て、早羽に狙いを定めた。


「「早羽っ!!」」


「っ!…」


早羽が投げた小刀は見事に暗式の右腕に命中し、彼女の持つ小型の銃を弾いた。

暗式本人までの距離僅か10m。そのままピストルに持ち変えて止めをさそうとした、その瞬間…

「まったく、困ったものです」

「...何っ…?!」

後ろで高見の見物を決めこんでいたかのように見えた男は、早羽に銃口を向けていた。

まっさらなグローブの中にすっぽりと収まっている黒い拳銃。それはとても鮮明に早羽の脳裏に焼き付いた。

一瞬、あの男と目が合った気がする。さっきまでの社交的な笑顔は消え去っていた。獲物を狙う猛禽類の如く鋭い眼光は、早羽の中に狩られる側の恐怖を植え付けた。

「さよなら」


パンっ!


「早羽ぁっ!!」

アキの絶叫が古びた廊下に谺する。


−撃たれた−



そう思ったが、どこも痛くない。

薄明かりの中で反響した金属音は、はるか遠くから聞こえたような気がした。ゆっくりと目を開けると、眼前には丁寧に手入れされた日本刀がある。その日本刀が自分を救ってくれたのだと早羽が理解するまでには、少し時間がかかった。

起き上がろうとして頭を上げると、優しい布の感覚が頬に触れた。

「不意打ちは感心せんのう」

早羽を守るように立ち塞がるのは一人の女性。背が高く、変わった風体をしている。

「…日輪?…日輪なのか!?」

アキが弾かれたように顔を上げた。

「おお、アキではないか!またこんな危ない場所にいるのかえ?お前さんも懲りないのう」

黒の布地に朱い華の刺繍の羽織りを肩に引っ掛け、右手には金のキセル。うなじでひとつに纏められた黒髪は腰まで伸び、緩いサイズの着物を崩して着ていた。

「これはこれは…懐かしいですね〜…日輪さん」

「アハハ!懐かしいとはよく言ったものさね。お前さんにあの頃の記憶はあるか?のう、鳶影?」

「失敬な!ちゃぁんとありますよ」

日輪は銃弾を弾き返した日本刀を、改めて構え直した。

「お前さんだけには二度と会いたくなかったがのう」

「光栄ですね」

互いに互いを嘲笑ったあと、少しの沈黙があった。空気が張りつめて、まるで金縛りにあったかのように動けなくなる。

状況を良く理解出来ていない早羽とアキは、黙って事の成り行きを見ているしかなかった。

「まさか貴女が“mC”と繋がっているとは」

「儂の依頼人に頼まれたからじゃ。久々に面倒な事に巻き込まれたようだがのう」

そう言うと、日輪は構えていた日本刀の柄の部分から黒い針のようなものを取り出し、素早く鳶影のピストルに向かって投げた。

黒い針は暗闇に溶け込んで見えなくなり、無音のままその姿を消した。

「日輪さん...今何を?」

日輪は鳶影の言葉を無視してキセルを吹かした。

鳶影はあからさまにムッとした表情をしてみせ、その後に苦笑して銃を構えた。


「昔からずっと思ってたんですけど、相変わらず気に入りませんよ…その態度」


引金に指をかける。

「おい!危ないんじゃ…」

「案ずるな。黙って見ておれ」

不安感を募らせる早羽を傍らに、日輪は日本刀を軽く立てた程度にしてキセルを吹かし続ける。

「いつまでもそうやって余裕ぶってられると思ったら大間違いですよ!」

勢いに任せて、鳶影は引金を引いた。

早羽は思わず眼を瞑る。


パキンっ…


「これは…!」

突然、ピストルは綺麗にふたつに割れて、破片が床に溢れ落ちる寂し気な音だけが後に残った。

鳶影の顔に、初めて焦りが見える。

「日輪さん…あなた何を?」

「何ってそりゃあ、針を投げたのさ」

「…針?…普通の針じゃ、ありませんよね?」

「まぁ…色が黒い針じゃ」

そう言って日輪が高笑いすると、鳶影の顔色が変わった。恥辱にまみれ、肩を怒らせ、今にも飛びかかってきそうな勢いで日輪を睨みつけた。

「やはりあなたも、あの時殺しておくべきでした…」

今の鳶影には、先程までの陽気な調子も、紳士的な振る舞いも無かった。日輪は相変わらずキセルを吹かしていて、鳶影を相手にしようとしない。

ただ、明らかに日輪の様子も違っていた。余裕の笑みを浮かべるでもなく、鼻先で鳶影を嘲笑うでもない。まるで哀れむような視線を向けているのだ。

「今日は…このまま引き下がらせてもらいます。お荷物もいるのでね…」

疲労で倒れ込んでしまっている暗式を担ぎ上げ、鳶影は背を向けた。

「三条早羽さん…命拾いしましたね。僕たちは始めから、あなたを狙っていたんですよ」

「...凌介の命令でか?」

「いいえ…とんでもない。あんなに頼りない人間に従うわけがないでしょう?」

暗闇の中に溶け込んでいく鳶影の後ろ姿を追うように、早羽は声を飛ばした。

「ちょっと待て。じゃあ誰の差し金で俺たちを殺しに来た?」

「凌介さんはあなた方に会うための捨て駒に過ぎませんでした。ついでに言ってしまうと、僕たちはあなたを殺すために来たのではないんですよ」

ふと足を止め少しだけ振り返った鳶影の瞳は、確かに早羽の心臓を鷲掴みにした。

「恐怖を植え付けるために、ね」

クスクスと不気味な笑い声が反響した。既に鳶影の表情はうかがえない。しかしきっと、口の端々が引きつったような悪魔の笑みを浮かべていたことだろう。

「自らの命が握り潰され、目の前で仲間が殺される恐怖。そして、あなたはまだこれからも狙われ続けるのです。安寧の見えない日々を平然と過ごすことができますか?」

鳶影は元来た闇へ歩き出した。


混乱が混乱を招き、またひとつ、不確かな事実とわだかまりが早羽たちを取り巻いていく。

早羽は、これまでに経験したことのない言い知れぬ恐怖と見えない脅威とを、確かに感じていた。




第6話:混沌 end



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