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第4話:兆候

『アキ、気をつけろよ。敵のアジトの本丸にいるんだからな』

「分かってる。そう心配されずともすぐに終わる」

無線通信特有の機械音が、だだっ広い廊下にぼんやりと響いた。

アキは上下黒のスウェットに身を包み、内側に着込んでいるベストのポケットには“商売道具”をみっちり詰め込んでいた。

「だいたい、こんな雑務を押し付けられるだけでも心外なんだぞ?データのハッキングだなんて今時誰でもできる」

『悪いな。でも今の時期に失敗はできない。だからお前に頼んだんだ』

「...前向きに、信頼されているととらえておく」

そう言って、アキは無線を切った。


アキが敵の拠点である〈闇病院〉に潜入したのは約15分ほど前。敵というのは何も商売仇だけではない。麻薬密売の中継職に位置するグループ−いわゆる詐欺団体−のうち、“mC”と提携していたはずの会社がここ最近不穏な動きを見せていた。その討伐というのか、とりあえず白黒つけるための証拠を探すためにアキが派遣されたのだ。

アキは“mC”内では貴重な密偵要員であり、ピッキングやハッキングの技術に秀でていた。交渉人として刈り出されることもしばしば。

「ウチから仕入れた薬をどこかに横流ししてるな…しかしここのセキュリティーも雑だ。取引先まで筒抜けじゃないか」

暗闇で光るパソコンの画面とにらめっこしながら、穴だらけの管理システムを潜り抜けていく。

施設内に人の気配はなく、気味が悪いくらい静まり返っていた。

「それにしても静かすぎる…管理塔にもこんなに楽に入れたワケだしな」

手を休めることなくアキはパソコンのキーボードを打ち続ける。

「…よし」

ピコンという電子音のあと、画面には〈データ転送中〉の文字が表示されていた。

今は少しでも速くこのデータを早羽のもとへ送らなくてはならない。早羽は今日明日中にでも凌介の首を狩るつもりでいる。

早羽はいつも定位置に満足しない。ガキの頃からずる賢くて、妙に頭が切れて。そんな早羽をおもしろいヤツだと思ったから、アキはここまでついてきた。

凌介がリーダーに相応しくないと思っているわけではない。しかし、早羽がリーダーになるほうが自分にとっても組織にとっても数倍おもしろいはずだ。

『アキ、データは確かに受け取った。ありがとう』

「ふん…お前から礼を言われたのは初めてだな」

『そうだったか?』

自分はいつの間にか早羽の存在に付随するモノになっていたのかもしれない。それは明らかに能動的な意味であり、自分の人生を切り開いた。付き合いの長さで人を判断するのは良いとは思えないが、早羽には凌介以上の何かがあると感じている。

「上手くやれよ」

『おう。下準備は今日中に済ませる予定だ。明日の3時に研究室前集合にする。いいな?』

「了解」

いよいよ明日、“mC”は早羽のものになる。“mC”を自分のものにして、それからそのあと早羽は何をするつもりなのだろうか。

任務も無事終わり、今度は脱出のための準備に取りかかる。ベストから鉄製の金具を取り出し、侵入経路がバレないようにいくつかの扉の蝶番に仕掛けを施した。

「...?」

作業の途中、何度か不審な音を聞いた気がした。金具がぶつかり合うカチャカチャという音の他に、コツコツと何かを軽く叩くような音が聞こえる。足音に聞こえなくもない。そう思い、警戒を強めてはいたが、特に何かを仕掛けてくる様子もない。

武器は簡易スタンガンと小刀、銃は弾が6発ぽっきりしかない。

「…誰かいるのか?」

戦うには心もとない装備だが、このままでは気味が悪い。後をつけてくるのに攻撃してこないのは何故なのか。

今、“mC”に不利になる状況を作るわけにはいかない。自分が早羽の足を引っ張るようではいけないのだ。

「いるなら出て来い!」


パンッ


「ぅわっ!」

いきなり左側から発砲。撃った人間の姿は見えない。

「くそっ…やはり銃か」

初弾は当たらなかったものの、こちらからあちらが見えない時点でかなりのハンディだ。接近戦ならまだ見込みはあったのだが。

−どうする?!−

逃げるべきなのか、それとも一矢報いてやるべきなのか。

とりあえず銃を構え、壁に背を向ける。これで周囲を見渡せるようにはなったが、状況はたいして変わっていない。

そのとき、ジジッと無線機のスイッチが入った。

『アキ、お前から送られてきたデータの関連会社の中にあり得ない名前があった。もう少し調べて欲しい。もう一度接続できるか?』

「…悪いな。今は取り込み中だ」

力を入れ直して銃を握る。どこから撃ってくるかはまったく検討もつかないが、殺すのが目的なら、狙うのは頭か心臓だ。


−失敗してはいけない。早羽が待ってる。私は頼まれたのだ。信頼には答えねば。−


『何かあったのか?』

「いや…や、やっぱりたいしたことじゃない。用件を言え。運がよければもう一度接続しに行ける」

自分でも息が上がっているのが分かる。しかし不思議なことに、話している間は敵の殺気を感じなかった。

『薬を横流ししてる会社のリストに“兜壱”があった。量はほんの少しだが、一番強いのを買ってる』

「“兜壱”?まさか死刑囚に流してるわけじゃないだろうな?」

『さぁな』

「しかも今一番強いのっていったら〈Nitro〉じゃないか」

次の瞬間、アキは空気がはりつめるのを感じた。


パンッパンッ


『アキ、どうした!?』

「......」

無線の向こうから、返事はない。

『撃たれたのか?!アキ!返事をしろ!アキっ!』


パリン…


氷の表面にヒビが入るときのような、冷たく浅い響きを最後に、無線通信は絶たれた。回線を踏み潰され、おそらく無線はもう使えない。

冷たく暗い廊下で血の海に沈むアキの姿が、脳裏をよぎった。




「アキさん、大丈夫でしょうか?」

「...分からない」

正直、早羽は動揺していた。この大事な作戦を前に、まさかアキを失うことになるとは。戦力的な損失というのももちろんあるが、アキが“桜屋”時代からの仲間だということが、追い討ちをかけるように早羽を焦らせていた。

「とにかく、作戦は続行だ。アキは死んだわけじゃないんだ」

「…そ、そうですよね!アキさんならきっと帰って来ます」

明るいトーンで話してはみたものの、フェルエールは早羽の心の内を察していた。


応答がなかったのはきっとアキが無線を投げ捨てて逃げたからだ。そして逃げ切った。だから、敵はイライラして無線を踏み潰したに違いない。


色んな理由をこじつけてアキが生きていることを証明しようとする。

こんな気持ちになるのは久しぶりだ。失いたくないと思う。

「時間だ。しっかり手順を踏むよう、みんなにも釘刺しとけ」

「了解です」




数年前、早羽たちが“mC”に加入したころ、水乃宗太は一人悩んでいた。

「うーん…僕はどうしたらいいんだろうね。早羽たちとは一緒に行きたいけど、僕は行動派じゃないから」

パラパラと聖書を捲り、何か救いを求めるように文字を追った。自分の意思がどこにあるのか分からない。自分はどうしたいんだろう?

教えてください。教えてください。

「あ…」

ふと、あるフレーズに目が止まった。

「The empty sky. All, sky. To be how empty. It seems to be wind…」

−空っぽの空。全部が空。なんと空しいことか。まるで風のようだ−

宗太はその言葉の中に、今の自分の姿を見た。空っぽ、そう空っぽなんだ。今までも空っぽだった。早羽たちを見ているだけで、一緒にイタズラをしただけで、不思議に満ち足りた気持ちになっていただけだ。

僕自身は何もしていないじゃないか。

「早羽たちについていくだけの僕じゃ、もうダメなんだ…」

ぼんやりと空を見上げ、続々と流れる雲を見た。今のソラは空っぽなんかじゃない。きっと背中を押してくれているんだ。

「何か、始めよう…かな」

それから宗太は学校をやめ、ふらりと何処かへ姿を消した。




第4話:兆候


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