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第2話:邂逅




「おい、大丈夫かよ。いくら何でも今回ばっかりはまずいんじゃ…」

「大丈夫だってば!一回入ったことあるもの」

深夜2時。昔風に言うと丑の刻。奇妙な雰囲気で満ちている。

電信柱の後ろにこっそり隠れ、今回ターゲットにした建物の中を覗く。流石に人の気配はない。


この【支援センター】は数年前に新設された。地域団体による活動が主で、職業案内や脱ホームレス支援に力を入れていた。

が、少し前から何やら様子がおかしい。敷地面積が異常に増え、行政機関の人間が度々立ち入るようになった。

「こっちの情報によるとだな、ここ最近〈収容者〉が増えているらしい」

「〈収容者〉?」

「麻薬中毒の浮浪者だよ」

悠人はいつもと変わらぬ淡々とした口調だ。

アキが言う“こっち”の情報というのは、アキの父親が所持するパソコンの機密ネットワークからハッキングしたソフトの情報である。アキの父というのは大層お偉い警察官で、そんじょそこらのお巡りさんとはわけが違う。つまり、アキが仕入れて来る情報というのは、警察の捜査報告書から得たものなのだ。

「でも、いきなり麻薬だなんて…」

「問題はそこだった」

アキは少し力んだ様子で身を乗り出した。まだ続きがあるらしい。

「誰かが薬をばらまいたとしか考えられない」

「こんなにあからさまに?」

「そうだよ」

今度は悠人の声のトーンが上がった。楽しいのはここからだと言わんばかりだ。

「“mC”は何をするにも躊躇しない。きっと今回は新薬の実験だったんだよ」

“mC”。

初めて聞いた。早羽のキョトンとした顔を見て、直ぐ様アキが注釈を入れる。

「“mC”は麻薬密売組織〈モノトーン・クラッチ〉の略称だ。組織の規模は日本最大。世界的に見ても3本の指に入るほどの組織だ。そいつらが今、この町に来てる」

アキは武者震いでもするかのように瞳を見開いて、これから突入する施設を凝視した。

なぜアキと悠人はこんなにも意気込んでいるのだろうか。早羽にはまったくその理由がわからなかった。この施設に何があるというのか。一向にテンションが上がらない。第一、夜中に怪しい施設に忍び込むなんてくだらない。ただの肝だめしじゃないか。今回は悠人の〈イタズラ〉に賛成しかねた。

−期待ハズレだったら施設に火でもつけて帰るかな−

そんなことを考えていた矢先、後ろから足音が近づいて来た。3人とも一瞬身構えたが、すぐに安堵のため息が溢れた。

「なんだ…水乃とフェルか。驚かすんじゃねーよ」

「あ、ごめん」

宗太は日本に帰って来たフェルエールを迎えに行っていたのだ。宗太は相変わらずだが、フェルエールは少し痩せた気がする。

「フェル、お疲れさん」

「あ…はい。ご迷惑おかけしました」

フェルエールは要請があると母国へ戻り、政府に対抗する反乱軍の切り札として“殺し屋”をやっている。そのたびに“悪魔の子の再来”と騒がれ、今ではすでに賞金首だ。

「今回は肝だめしなんですか?悠人さんにしては珍しいですね」

悠人はフェルエールの顔を見上げ、うふふと笑った。

「恐怖レベル最大級のね!ショックで死んじゃうかもよ」




施設は意外なほど無防備だった。アキのピッキングで難なく侵入経路を確保し、どんどん施設の奥深くへと歩を進める。悠人を先頭にして歩き、周りの物音に耳をそばだてた。懐中電灯はつけているものの、やはり夜の建物には薄気味悪い空気がある。光が届く範囲はとても狭く、生み出される暗闇がなお一層恐怖心を煽る。

「着いたよ」

悠人が声を潜めて話す。

「ここから先、懐中電灯は消さなきゃいけない。もし何か見えても、絶対に大声なんか出しちゃいけないよ?」

「………」

4人は無言で頷いた。

悠人は、じれったいくらいゆっくりと扉を開けた。スライド式の扉だったため、音もなく、すんなりと侵入できた。が、入ってすぐに出たくなった。

「な…なんだよ…この声…」

目の前に広がっているであろう空間の至るところから、ウー、ウーという呻き声が聞こえる。よく聞くと、薄い引き笑いや嗚咽、すすり泣く声も聞こえる。

「まだだよ…まだ光はだめだ」

みんな強がってはいるが、実際は相当怯えてるはずだ。この実態の見えない恐怖感。今までに味わったことのない感覚。

一歩、また一歩と辿々しく進んで行く。そろそろ出たい。そう思った、その瞬間。


バチィっ


「うわっ!」

火花が散るときのような、激しい音が頭上から降り注いだ。いきなり視界が真っ白くなり、暫く目を開けることができなかった。

誰かが5人の侵入に気付いたのだ。そして電気をつけた。

「ひっ…」

息を飲む声がした。たぶんアキだ。今にも泣き出しそうな、喉元で詰まったような声だった。

一体何を見たのだろう。目を覆っていた手をゆっくりと除けていく。顔に張り付いた指を一本ずつ引き剥がすように。見たくないというのが正直な気持ちではあったが、もちろん好奇心には勝てなかった。

「う、ぅわぁっ!…なっ…なに…なんだよ…何なんだよこれ!!」

部屋は灰色の檻で仕切られた孤独な空間で満ちていた。そしてその檻の中には、狂人と化したヒトたちが無造作に放り込まれている。涎を垂らしていても気にしない。早羽のすぐ横では、背の高い男が鉄柵にしがみついてこちらを睨みつけている。目が合うと、ニタァっと笑って、腕を伸ばしてきた。

「さ、触んなっ!」

反射的にその手を避け、後ろに飛び退いた。脳に直接響くような悲壮感溢れる声は四方八方から響き渡り、ある種のトランス状態に陥りそうになる。

「誰か来ます…」

フェルエールが腰に差したサーベルの柄に手をかけた。緊張が走る。入口とは反対側にあるもうひとつの扉が、音を立てて軋む。

「なんだ…ガキか」

現れたのは二人の男。まだ若い。武装している様子はない。しかしすでにフェルエールは剣を抜き、男たちとの間合いを詰めていた。

「待て!!ただのガキじゃない!」

「うおっ!」

フェルエールはサーベルの尖端を一人の男につきつけた。すかさず反撃しようとするもう一人の男には、早羽が銃口を向ける。

「なんだこいつら…銃だの剣だの持ってやがる」

「キミたち、ここに何をしに来たんだ?」

フェルエールの剣先に威嚇されている男はプロレスラーのようにがっちりとした体型をしているが、喋り方がトロい。頭の回転は鈍そうだ。

一方で、早羽の銃の標的となっている男は極めて小柄。帽子をかぶっているため顔はよく見えないが、口調はとても穏やかで動揺などはしていないようだ。

「おもしろ半分で肝だめしに来ただけだ。特に何かしようってワケじゃない」

「ほぉ」

小柄な男は侵入者一人一人をじっくりと見た。まるで品定めでもするかのように。

「あなたたちは僕たちを見逃してくれさえすればいいんです」

「ダメだと言ったら?」

フェルエールをしっかりと見据え、小柄な男はからかうような表情で聞いた。

「もちろん斬ります。あなた方を殺してしまっても構わない」

フェルエールは容赦なく即答する。それに呼応するかの如く、銃を握る早羽の手にも力が入る。

「威勢のいい子供たちだね。それに、みんな見込みがある」

そう言って、小柄な男は帽子をとった。

切れ長の綺麗な目、整った容姿、彼が纏う空気、コバルトグリーンのピアス、余裕のある微笑み、立ち振る舞い、存在感…。彼が持つもの全てに魅了された。なぜなのか。はっきりとは分からない。

「今は見逃してあげる。だけどひとつ、条件がある」

「…何だよ」

「俺たちのチームに入らないか?キミたちの力を見込んで言ってるんだ。特に、そこのキミ」

「俺…?」

その男が指差した先にいたのは早羽だった。まるで何かの魔術にでもかかったように、早羽は惹かれていた。

きっとこいつは組織の中でもトップクラスにいる人間だ。そういうオーラがある。

−そしてそれは多分、俺が目指しているもの−

“桜屋”のリーダーになったのも、自分が何か世の中に影響を与え得る組織のトップにいたかったから。

「考える時間はもちろんあげよう。俺たちはあと1週間はここにいる。仲間になりたいやつは、またここにおいで」

男はやんわりと笑った。つられて微笑んでしまいそうなほど、とても穏やかに。

「待っているよ」




第2話:邂逅 end


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