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「レーヴェ……本当に大丈夫なの?」

「うん……こうやって横になっていれば,直に良くなる……」


その日の夜,レーヴェは自室のベッドに横になりながらそう言った。

ナタリアの一件から,彼の容体は優れない。

常に体調の気だるさがあるようだった。

オリヴィアも出来る限りの手は尽くしたいが,呪いを受けた際の治療法など知らない。

そもそも存在するのかも分からない。

不安しか残らなかったが,彼は割と楽観的だった。


「昔にも,別の呪いを受けたことがあってね。その時も,一日眠っていれば元に戻っていたんだ。言ってしまえば,風邪みたいなものさ」

「風邪……確かに熱はあるみたいだけど,それで治るのかしら?」


彼が言った通り,確かに熱っぽさを感じる。

息遣いも少々荒く,頬も紅潮している。

気休めかもしれないが,オリヴィアは風邪を引いた時と同じように看病をすることにした。


「じゃあ取りあえず,お水とか氷枕とかを用意するわね」

「……待って」

「えっ?」

「今は……傍に居てほしい」


だがレーヴェは,去ろうとするオリヴィアの袖を摘まんで引き留める。

身体だけでなく,精神面でも多少弱っているのだろうか。

その様子は見た目相応の少年に見えて,彼女は少しだけドキリとした。


「……うん」


レーヴェには常に与えられてばかりだった。

だからこそ,自分も何かを与えたい。

そんな思いもあって,オリヴィアは微笑しながら頷く。

答えを聞いた彼は,ホッとしたように息を吐いて目を瞑った。


それから暫くはそのままだった。

話しかけるといった無粋な真似もしない。

気まずくもない沈黙の中,オリヴィアはただ彼の傍に居続けた。

時間が経って,彼女は彼の様子を窺う。


「レーヴェ,寝ちゃったの?」


小さく囁いたが,反応はない。

レーヴェはそのまま寝息を立てていた。

不老不死の彼に睡眠は必要ないのだが,今回ばかりはそういう訳にはいかない。

魅了の呪いがどれだけ辛いものなのかは,オリヴィアには分からない。

彼もどういった容体なのかは殆ど語らない。

しかし苦しんでいる様子を見ると,何も出来ない自分がもどかしく感じられた。


「何か,私に出来ることがあれば」


意味もなくそう呟くと,急に背後から人の気配を感じる。

この別荘内に,他の人はいない筈だ。

嫌な予感がして,驚いて振り返る。

すると扉の前に,以前やって来たもう一人の珍客,ジェイドがいた。


「これは一体,どうなっている?」

「貴方は……!」

「呼び鈴を鳴らしても反応がなかったからな。夜逃げでもされたのかと思ったが,思い込みが過ぎたみたいだ」


ナタリアが出て行ってから,戸締りを完全に忘れていたことを思い出す。

そしてジェイドが今晩,答えを聞きに来ることも思い出した。

しまったと思いながらも,今は彼の期待できるものは用意できない。

レーヴェがこの状態では話し合いも出来ないだろう。

ジェイドはオリヴィアのことを知っているので,彼女から距離を離し,部屋の中に入ろうとはしない。

それでも一応,彼女は今までの事情を話すことにした。

顛末を聞いた彼は,徐々に眉を顰めて最後には溜息をついた。


「あの女郎めろう,強硬手段に出たのか。これなら,周囲を警戒しておくべきだったな。しかし彼が誘惑を断ち切ったのは,運が良かった。今まであの呪いを受けて,正気だった奴はいないからな」

「彼女のこと,知っているの?」

「敵対勢力のことはある程度調査している。魅了の呪いを持つ,ナタリア・トライドール。呪いに掛けられた者は,彼女に対して盲目的な愛情を抱くようになる」

「盲目的?」

「何でも言う事を聞くようになる,という話らしいな。一説によると,つま先に口づけをすることすら,躊躇いなく行うとか」

「……」

「まぁ見た所,彼はその域に達していない。それどころか,自我が呪いを上回った。300年以上生きたことが理由なのか,生の呪いがある程度相殺させたことが理由なのか。何にせよ,心配する必要はないだろうな」


遠目ながらも観察し,ジェイドはそう判断する。

呪いに関してはそれなりに詳しいのかもしれない。

オリヴィアは眠るレーヴェから背を向けて,彼と対面する。

物理的な距離を感じながらも,彼がここに来た理由を問う。


「それで……貴方がここに来たのはレーヴェを殺すため,よね?」

「そういうことになる。しかし,彼がこの状態では碌に話も出来ない。それに,俺一人では彼を殺せない」

「前に言っていたわよね? 私の呪いに,レーヴェを殺す力があるって」

「あぁ。だから今日は,君を説得しようと思う」


ジェイドはそんなことを言った。

彼は感情的ではなく,計算高い男だ。

何らかの脅しや交渉する情報を持って,此処にいる。

オリヴィアに心当たりがあるモノとすれば,それは自分自身の素性だった。


「貴方は,私がオリヴィア・ザーヴァルドだと知っている。それを盾にする気?」

「まさか。俺はそこまで非道な男じゃない。誰かを陥れる,という真似だけは誓ってする気はない」

「だったら,どうやって私を説得するというの? 言っておくけど,私はレーヴェを殺す気なんてないわ」


彼を殺すなど,出来る筈がない。

仮に死の呪いなくして実現しないのだとすれば,オリヴィアは手を貸す気はない。

そう言うしかなかった。

するとジェイドは彼女を見据えて言う。


「本当にそう思っているのか?」

「何を……」

「君は年単位で彼と共に暮らしている。なら,彼の望みが何なのか気付いている筈だ」


ジェイドは既に,オリヴィア達の心理を見抜いていた。


「自分自身の死。不老不死として永遠に生きることを定められた彼にとって,死は唯一の救いなんだ」

「……」

「これまでも,彼の不死性を利用しようと企む者達がいたらしい。彼の肉体を食せば同じ不老不死が得られる……といった残虐で,荒唐無稽なものも含めてな。皆,不老不死という絶対的な力を羨み,妬み,蔑んできた。現に,ナタリアの件もそうだ。彼自身,こう思っている筈だ。自分さえいなければ,周りを巻き込まずに済んだと」

「……それも,予言の石で知ったの?」

「それだけじゃない。皆の成果だ」


掛けていた眼鏡を指で整えながら,彼は断言する。

そこには,ルーファス家としての誇りがあるように見えた。

元侯爵家の娘であるオリヴィアにも,多少なりの理解はできた。

とは言え,頷く訳にはいかない。

レーヴェがいなくなることが何を意味するか,考えるまでもない。


「分かっている。彼が斃れれば,死の呪いを持つ君は一人残されてしまう。それを危惧しているんだろう?」

「べ,別に私は……」

「なら,俺達の所に来ればいい」

「何ですって……?」


だがその恐れすらも,ジェイドは見抜いていた。


「今回の件,元々君の助力なしには果たせない。彼の生を終わらせることが出来たなら,君はトライドール家の次期当主を討ち果たした英雄として,ルーファス家で称えられることになる」

「な……!」

「無論,ザーヴァルド家の者であることは隠す。それに俺達は呪いに関する研究も行っている。例え死の呪いを持っていようとも,君を丁重にもてなそう」


彼はレーヴェの死後,オリヴィアがその身に相応しい地位に就くことを提案した。

敵対勢力の最重要人物を斃した少女。

確かにルーファス家としては,これ以上ない成果だ。

英雄として称えられても不思議ではない。

オリヴィアは右手を握りしめ,落ち着かせるように自身の胸に添えた。


「レーヴェを殺して,私だけがそんな思いになれって言うの?」

「言った筈だ。死は救いだと。今を生きること,それ自体が彼にとって苦痛に値するものなんだ。そんな彼を救えるのは,君以外にいない」


レーヴェが今までどんな思いをして生きてきたのか,オリヴィアは知らない。

知っているのは,親しい人は全員先立ったという話だけだ。

両親も,兄弟も,親友と呼べるものも皆,彼の前からいなくなった。

死の呪いによって全員から見放された,当初のオリヴィアがまさにそれだった。

最早死を望む以外に,残された道はない。

だがレーヴェは,その死すらも願えない。


オリヴィアは視線をレーヴェの方へと移す。

彼はベッドの上で,ただ眠りに落ちていた。

彼女の反論がないことを悟ると,ジェイドは懐から小さな器具を取り出し,それをゆっくりと床に置く。


「これを渡しておく」

「……それは?」

「簡易的に血を採取できる器具だ。これで小瓶に溜まる程度,君の血を入れておいてほしい」

「何のために?」

「彼を殺すため。それには君の血が必要なんだ」


生の呪いを打ち消すための,重要なものらしい。

オリヴィアの答えを聞くよりも先に,ジェイドは背を向ける。


「彼が目覚めたら言っておいてほしい。明日の昼頃,ラサンの街にある喫茶店で待っている。そこで改めて,君に話した内容を伝える」


ラサンとは,いつもレーヴェが商売に赴いている街のこと。

ジェイドはそれ以上何も言わず,別荘を去る。

彼女らに手を下すことなく,再び暗い森の中に消えていった。

嵐のような男だったが,オリヴィアの心中は穏やかではない。

目の前に置かれた器具を辛そうな表情で拾い上げる。


「レーヴェ……私は……」


オリヴィアは採取具を両手で握りしめた。




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